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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第三章  三島由紀夫
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第26話  関孫六(せきのまごろく)

 翌々日の営業終了後。カレンさんと山川さんとの『報告会』のため、着替えを済ませた私は約束通りスタジオへと向かった。


 二人はまだ来ていないようで、だだっ広いフローリングの空間は真っ暗だ。ガラス扉を開けてなかに入り、もはや慣れた手つきで壁際の照明スイッチを入れていく。


「あ、そういえば」


 明かりが入ったところで私は声を漏らした。スタジオ前面、鏡張りの一部が扉として開く箇所が少しだけ開いている。奥が用具倉庫になっていて、ステップ台やバランスボール、ストレッチマットといった、レッスンで使われる様々な用具を収納している場所だ。


 時間に余裕もあるので、私はするりと倉庫内へ入っていった。もちろん三島由紀夫のノート探しのためである。プールのボイラー室をはじめ、他にも入れる場所は色々と調べてきたけれど、ここはまだだった。


 スタジオの半分くらいある空間はなかなか広く、何かを隠すには不自由しなさそうだ。とはいえさすがに目につく場所には置かないだろうから、倉庫の奥のほう、普段はほとんど使われていない古びたゴムチューブなどが無造作に置かれている、木製の棚から見ていくことにする。


「うわ、きったないなあ」


 長年放置されて変なべたつきが出ているゴムチューブを、ぶつぶつ言いながらかき分けたとき。その向こうに小さな段差があることに、私は気づいた。棚の背板部分に細長い木製のパーツがくっついて、階段のような形になっている。

 なぜこんな形に、と触ってみるとそのパーツ部分がカタカタと揺れた。どうやら背板に添って置いてあるだけの、完全に別の何かのようだ。目を凝らしてみると、木目や色もかなり違うようだった。


「何かしら」


 あらためて手前に引っ張ると、案の定、完全に背板から離れた。横幅は五十センチくらい、高さと奥行きが手のひら程度の、どうやら細長い箱のようだった。


「これって……」


 細長い箱。そのままでは無理だろうけど、丸めればノートの一冊くらいはじゅうぶんに入るだろう。つまり――。

 ついにお目当ての物を発見したかもしれない、と私はどきどきしながら箱を取り上げた。深身先生にも、すぐに連絡しなければ。


 と、思った瞬間。


「ちょうど良かった。それ、出してもらえる?」

「!!」


 心臓が口から飛び出そう、とはまさにこのことだ。ハッとして振り返ると、倉庫の入り口からカレンさんがこちらを覗いていた。


「ご、ごめんなさい! たまたまこんなの見つけちゃったから、何かなって。あの――」


 よく考えたら、カレンさんにはノート探しをしていることは告白してあるし、何よりそのためのミーティングなので何も焦る必要はない。けれどもこのときの私は、完全に動転してしまっていた。


「大丈夫よ。それ、あたしのほうでも、もえちゃんに見てもらおうと思ってたの。着替えてくるからちょっと待っててね」


 慌てるこちらの姿がおかしかったのか、微笑とともに言い残して、カレンさんはいったん姿を消した。


 とにもかくにもほっとした私は、見つけた箱を抱えてスタジオのなかに戻ってきた。同時に、ちょっぴり拍子抜けもしながら。カレンさんはこの箱について、「あたしのほうでも見てもらおうと思ってた」と口にした。つまり、もともと知っているもの。ということは、残念ながら三島由紀夫のノートを収めた箱とかではないのだろう。ただそれでも、何かのヒントにはなりそうなものがなかに入っているから、ああ言ってくれたのだろうか。


 冷静になるとともにあらためての興味も湧いた私は、一足先になかをあらためさせてもらうことにした。箱を床に置き、自身もぺたんと座り込む。

 軽い緊張とともに蓋の部分を持ち上げる。まず目に入ったのは、黄ばみかけた白い布だった。箱の下側に敷き詰めるとともに、両側を折り返して何かを覆っているようだ。

 下唇を軽く舐め、息も整えてから、私はその折り返し部分を広げた。

 そうして現われた物体は――。


「刀?」


 大切そうに収められていたのは、やはりノートなどではなく、細長い日本刀のようなものだった。

 脇差というのだろうか、柄の部分まで入れると五十センチ程度で、箱にぴったり収まるサイズをしている。さらによく見ると、鞘の部分には妙に直線的な字で《関孫六》と彫られてもいた。鍛冶屋さんの銘だろうか。

 いずれにせよ、価値のある骨董品とかだったら大変だ。私は刀に直接触れないよう気を付けながら、ふたたび布を被せた。

 

 慎重に蓋も閉め直したタイミングで、鏡越しにカレンさんの顔が見えた。戻ってきたようだ。隣には山川さんもいる。


「お疲れ様で――」


 笑顔になりかけた私の声は、けれども途中で止まってしまった。

 思わず鏡を二度見する。たしかにカレンさんと山川さんだ。それは間違いない。


 ただ、その格好が異常だった。


「ど、どうしたんですか、二人とも!?」


 彼女たちはなぜか、ベージュ色の詰め襟姿になっていた。両方の肩から腰にかけて小さなボタンがずらりと並び、襟と袖の部分は鮮やかなグリーン。どこからどう見ても、昔の軍服みたいな格好だ。


「あの……」


 私の声が上ずったのは、二人の妙な姿に対してだけではなかった。それがコスプレというにはずいぶんリアルというか、明らかに〝本物〟と思えたからである。生地が立派な感じだし、何よりカレンさんも山川さんも、軍服のはずなのに違和感なく完璧に着こなしている。


「その刀、せきのまごろく、って読むの」


 軍服姿のカレンさんが微笑んだ。男装の麗人めいた姿は、

 

 うわ、宝塚みたい……。


 などと、どうでもいいことを一瞬考えてしまうほど様になっている。


 ただし。彼女の微笑だけが、どこか不自然だった。

 いつものカレンさんじゃない。妹を見るような、こちらも笑顔にさせてくれるような、あの温かい笑顔がそこにはなかった。

 代わりに向けられるのは無理に作ったような、まるで仮面のような微笑。

 

 自分でも気付かないうちに、私の肌は粟立っていた。

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