第25話 じつは凄い人!?
タマさんのウエイトリフティングは、私なんかより遥かに上手だった。
アクション映画などでよくある、じつは達人でした、というご隠居が簡単に相手をやっつけてしまうシーン。あれと同じものを見た気がする。
「どうじゃ、お嬢ちゃん。七十五のスナッチにしては、なかなかのもんじゃろ」
「は、はい」
嬉しそうなタマさんは、ついこの前「ひ・み・つ」などと言っていた実年齢を、みずから暴露してしまっているのにも気づいていない様子だ。けど私は、それどころではなかった。
「タマさんて、じつは凄い人だったんですか!?」
あっけに取られるあまり大雑把すぎる質問をしてしまったが、当の本人はバーベルを静かに降ろしてにこにこと笑っている。
「いや、選手としては大したことなかったよ。結局、オリンピックにも出られなかったしな」
「え……」
結局出られなかった、ということはつまり、それに近いところまでは行っていたということではないのか。
「まあ、同階級に三嶽さんとかがいたしなあ」
相変わらず笑っているタマさんに、私はおそるおそる聞いてみた。三嶽さん?
「三嶽さんって、あの東洋の魔術……じゃなかった、〝東洋の力業師〟さんですか?」
「おお、なんじゃお嬢ちゃん、詳しいな。その通り、東京、メキシコオ両リンピックで銅メダルの三嶽英二選手じゃ。会ったことあるのか?」
「いやいや、あるわけないじゃないですか!」
会ったことはないけど、その人と同じバーベルで筋トレを覚えた、というのをどう説明したものか。
困っていると、タマさんの方が先に気づいたらしい。
「ん? ちと待て、お嬢ちゃんの名字はたしか――」
「はい、早坂です」
「ということは、もしや」
「……はい」
深身先生に続いて、ここにも我が家のことを知っている人がいたようだ。ポンと手を叩いたタマさんは満面の笑みを浮かべた。
「そうかそうか! お嬢ちゃん、あの早坂鉄工所の娘さんか! 道理でトレーニング上手なわけじゃ。そうかそうか、ハヤサカかあ。ハヤサカの血筋なら納得だ、うん」
普段、名字で呼ばれることなどあまりないので、連呼されるとなんだか恥ずかしい。
「ん? ちゅうことは、前の東京オリンピックにバーベルを提供した職人さんは、お嬢ちゃんの――」
「はい。曾祖父みたいです」
「そうか、ひいおじいさんか。まあ、そうなるわな。うん」
ますます嬉しそうに、大きく頷くタマさん。
「じゃあ、お嬢ちゃんは四代目ということだな」
「はい。……って、違います! 私が工場を継ぐみたいじゃないですか!」
「なんじゃ、違うのか?」
「今のところ、そういう話にはなってません」
「ふーん。なら婿の一人や二人もらえばいい。で、工場はご主人に任せて――」
「いやいや! 私の人生、勝手に決めないでください!」
そもそも「一人や二人」ってなんだ。イスラム教じゃあるまいし。日本は一夫一婦制なのだ。
「もったいないのう。そんだけバーベルかつぐのが上手けりゃ婿のなり手ぐらい、いくらでもいるじゃろうに」
「…………」
バーベルをかつぐのが上手だと、なんでお婿さんのなり手が増えるのだ。意味がわからないし、もはやつっこむ気も起きない。我が雇い主もそうだけど、どうしてうちの商売に詳しい人はこう、ちょっと変わっているのだろう。
などと考える一方で、「お婿さん」というところでなぜか深身先生の顔が思い浮かんでしまった私は、慌てて頭を振りイメージを打ち消した。
「そ、それよりタマさんがそんなに凄い人だったなんて、カレンさんや山川さんも知ってるんですか?」
ごまかすようにして話題を変える。
「ちいとも凄くはないが、それはさておきどうじゃろうなあ。ここで運動するにしても、朝の掃除とか、こうした営業終了後のときに軽くやる程度じゃからな」
「じゃあ明後日、聞いてみますね。ちょうど三人で集まるし」
言葉通りこの日の勤務中、私は山川さんと、ジムのカウンターにふらりと現れたカレンさんとの三人で次のような会話を交わしたのだった――。
「ごめんね。例のノートの件、まだ色々聞いてる最中なの」
「こっちもよ。ノートって聞くと、自分の筋トレノートについて語り出しちゃうメンバーばっかりだし。ああ、暑苦しい」
「人のこと言えないでしょうが」
「何よ、自分だって相当の歴女っぷりを発揮してるくせに」
「どういう意味よ」
「もえちゃん、『こざくら会』でカレンちゃんと一緒にお参りに行くときは気をつけてね。やたらと熱く薀蓄を語られて、しかも出てくる話が古事記だの日本書紀だのババくさい話ばっかりなんだから。さすがは高校生のときに、好きだった先輩にバレンタインのチョコあげたのはいいけど、それが鳥居の形しててドン引きされたほどの女だわ。おほほほ」
「な……!! あんた、それだけは他言無用って約束でしょうが!」
「あら、そうだっけ? ごめんあそばせ? ついでに言うと、飼ってる猫の名前はアマテラスとツクヨミだったわよね。キラキラネームってやつ? ていうか、こんな性格のアラサー女が猫飼い始めたら終わりよねえ。ますます男から遠ざかって--」
「やかましいっ! この筋肉オカマ!」
「まあ! 何よ、この巨乳ラテン顔!」
毎度ながらの子供の喧嘩である。お客さんがいない時間で助かった、と苦笑しつつ私はすぐに二人に頭を下げた。
「お二人とも、本当にすみません。そもそもあたしの仕事なのに」
「いいのよお。もえちゃんは、あたしの後継者ですもの。血よりも濃いプロテインの絆で結ばれてる仲じゃない」
どんな仲ですか、とはあえてつっこまないでおく。
そんないつも通りの会話のなか、気を取り直したカレンさんから提案があったのだ。
「ね、中間報告じゃないけど、一度三人で集まって進捗状況を確認しない? それぞれの情報を照らし合わせると、何か新しいきっかけが見つかるかもしれないし」
「あ、いいですねそれ! でも大丈夫ですか? お二人とも忙しいのに……」
「気にしないで。あたしたちも好きでやってることだから。なんか、お宝探しみたいで楽しいじゃない。あ、楽しいなんて言っちゃいけないか。もえちゃんにとっては、ちゃんとしたお仕事だもんね」
「そんなことないです! どうもありがとうございます!」
そうして明後日の夜、三人でレッスンスタジオに集まり、『第一回報告会』と銘打ったミーティングをしようということになったのだ。
「三人で集まる?」
不思議そうな顔をしているタマさんに、私は差し支えない範囲で説明した。
「ええ。ご存知かもしれないですけど、カレンさんと山川さんがそれぞれ幹事をしてる、『こざくら会』っていう歴史サークルと『空飛ぶ円盤研究会』っていうUFO研究サークルがクラブ内にあるんです。そっち関係のお話で」
「ああ、そうかそうか。『こざくら会』と『円盤研究会』じゃったか」
さすがはタマさん、二つの同好会についても知っているようだ。
「ではお嬢ちゃんも、どっちかのメンバーなのか?」
「いえ、私は入ってないんですけど、メンバーさんのお話とかを聞かせてくれるそうです」
間違ったことは言っていないが、詳しく話せないのが少々心苦しい。タマさんもいい人だし、この際彼にもノート探しの件を素直に打ち明けてしまおうか。
一瞬そんな考えがよぎったものの、なぜかタマさんの方が複雑な顔をしている。
「どうしたんですか?」
「あ、いや、なんでもない。UFO研究と歴史マニア、な。おっぱいさんも筋肉オカマも、仕事もそれくらい熱心にやってくれればなあと思ったんじゃよ。はっはっは」
笑って頭をかいたタマさんが、思い出したようにマシンのエリアへと離れてゆく。
「さて、じゃあチェストプレスを見ておくか。鍵はわしが持っとるから、お嬢ちゃんはトレーニングが終わったらいつでも帰っていいぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
今の顔は、なんだったのだろう。
一瞬だけ気にかかったものの、残りのトレーニングを終えシャワーを浴びた時点でもう、私はそのことをすっかり忘れてしまっていた。




