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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第二章  クロキ・スポーツクラブ
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第23話  姉妹みたい

 この日の勤務も、私はフロントにヘルプで入っていた。


 スポーツクラブのフロントというのは結構忙しく、入退館の受付や電話の応対はもちろん自販機や販売スペースのメーカー対応、見学案内などなどその業務は多岐に渡るので、決して見栄えのいい女の子が笑顔で立っているだけでは務まらない。


 自分の見栄えがいいかどうかはさておき、それでも今日はたまたま、エアポケットのように落ち着いた時間が生まれた。隣ではカレンさんが人手の足りないシフト表とにらめっこしながら、「どっかにもえちゃんみたいな子、もう一人いないかしら」などと嬉しいことを呟いてくれている。


 思わず苦笑したあと、私は意を決して声をかけてみた。


「あの、カレンさん」

「ん? どうしたの?」


 さらりと髪を揺らしながら小首を傾げられて、同性にもかかわらずドキリとしてしまった。会員さんからプレゼントやメールアドレスを渡されることも多いみたいだけど、この人ならそれも当然だろう。


「じつは私――」


 気を取り直して、肝心の話題に入る。


「うちのクラブで探し物をしてるんです」

「探し物?」

「はい。あの、カレンさん、作家の三島由紀夫って知ってますよね?」


 思い切って伝えてみた。


 やはり私には、この人や山川さんが三島由紀夫のノートに関わりがあるとは思えない。だったら素直に事情を話して、協力してもらったほうがむしろ早いはずだと考えたのだ。それに協力を仰いだからといって、特に問題になるような品でもないだろう。


「え? 三島由紀夫? ああ、うん」


 カレンさんは長い睫毛を瞬かせて、きょとんとしている。それはそうだろう。なんの脈絡もなく、いきなり昭和の文豪の名前を出されたのだ。


「あの人がボディビルをやってたって、ご存知ですか?」

「え? ええっと……そういえばそんなこと、山川さんが言ってたような……」

「その三島由紀夫さんのトレーニングノートが、うちのクラブに残ってるっていう話があって――」


 形のいい顎に指を当て、何かを思い出すような仕草をしていたカレンさんは、私の言葉を聞いてもう一度目を丸くした。


「もえちゃんは、それを探してるの?」

「はい。正確にはうちの大学の先生が、なんですけど。ちょっと頼まれて」


 深身事務所や『フィットネス・ハンター』うんぬんの部分は、ややこしくなりそうなので、とりあえずあとにしておく。


「ふーん。聞いたことないわねえ。あ! だからいつか、トレーニングノートの話とかしてたんだ?」

「はい。ごめんなさい、なんだかこっそり探るみたいな真似して」


 素直に頭を下げると、微笑とともに「ううん、全然」と答えが返ってきた。この人がそう言ってくれるのが一番嬉しい。


「じゃあ、もえちゃんがうちでバイトを始めたのは、もともとはそのため?」

「はい。『クロキ・スポーツクラブ』には、三島由紀夫のノートがあるはずだからって」

「ふーん。そうだったんだ」

「すみませんでした。でも今は、ここでバイトできて良かったって本気で思ってます。カレンさんたちがとってもいい人で、こうやって思い切って相談事もさせてもらえるくらいだし。うちのクラブのこと、私、お世辞抜きに好きです」


 すると、カレンさんの笑顔がさらに優しくなった。


「ふふ、ありがとう。じゃ、あたしのことも好き?」

「え?」


 コンマ数秒、固まってしまった私を見て、今度はおかしそうに声を出して笑っている。


「あはは、ごめんごめん。そういう意味じゃないってば。前にも言ったけど山川さんじゃあるまいし、あたしはストレートよ」


 もちろん私もそっちの気はないのだが、なんだか顔が熱くなってしまった。お風呂でも同じようなことを言われたし、こんなに綺麗なお姉さんに迫られたら、その気がなくても傾いちゃう人だっているんじゃないだろうか。


「ちょっとやだ、もえちゃん。耳まで真っ赤よ? それこそ山川さんに見つかったら、またからかわれちゃうってば」


 ますます笑われて「すみません」と頭を下げたが、答えを返していないことに気が付いた。


「あの、私もそういう意味じゃなしにカレンさんや山川さんのこと、好きです。いつも可愛がって下さって、面倒見てくれて。本当にありがとうございます」

「ありがとう。あの筋肉オカマは、おかしなエクササイズまで教えてくれちゃうしね」


 いたずらっぽく両手を身体の前後に回して見せたカレンさんは、「そっか。もえちゃんの探し物かあ」と呟きながら、もう一度こちらの顔を覗き込んできた。

 褐色の瞳に、私が映っている。


「その話、山川さんにもしていい?」

「はい、もちろんです」

「ありがとう。じゃ、あたしたちのほうでも『こざくら会』や『空飛ぶ円盤研究会』の会員さんとかに、それとなく聞いてみるわね。あ、もちろん詳しい話は伏せておくから安心して」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「お安い御用よ。どっちのサークルも会員歴が長いメンバーさんもいるし、誰か手がかりになるようなことを知ってるといいわね」

「はい!」


「それにね」と続けたカレンさんは、また優しい微笑を向けてくれる。 


「もえちゃんが、あたしたちのことを好きって言ってくれて本当に嬉しいわ。そのノート探し、できるだけ協力させてね。そんなに貴重な物なら、あたしもなんだか興味あるし」

「ありがとうございます!」


 胸が温かくなって、私も大きな瞳をじっと見つめてしまった。


「あ、また女同士で見つめ合っちゃった。お客さんにまで誤解されちゃうかもね。あはは」

「ご、ごめんなさい!」


 ふたたび赤くなった私の脳裏に、「姉妹みたい」と言ってくれた会員さんの言葉が甦っていた。

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