表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第二章  クロキ・スポーツクラブ
21/35

第20話  大人って凄い

 ロッカールームの奥にある大浴場は、珍しく空いていた。


 『クロキ・スポーツクラブ』は、お風呂の一部が露天になっていてそれも売りの一つだが、たまたま今日は利用者が少ないようだ。シャワーを浴びてから、先に入ったカレンさんを探しているとサウナルームの扉が開いた。


「もえちゃん、こっちこっち」


 長い髪をしっとり湿らせた彼女が手を振っている。笑顔で会釈しながら、招かれるままにサウナルームへと入った。


「サウナ、苦手?」

「いえ、むしろ好きです。トレーニングのあと、私もいつも使わせてもらってます」

「良かった。あたしも好きなの。ここから出て、冷水浴びると気持ちいいのよね」


 向かい合って座る褐色の肌は、みずみずしくていつも以上に綺麗だった。うっすらとにじんだ汗が玉になって、豊かな胸の谷間につたい落ちている。


「カレンさん、本当に胸、大きいですね」


 つい口にしてしまった。それに引きかえ私のほうは、水の弾き方こそ負けていないかもしれないものの、さっき浴びたシャワーの水滴が、谷間などつくりようもないささやかな坂道の上を実にスムーズに流れている。人生は不公平だ。


「触ってみる?」

「え?」

「たしかにおっきいほうだけどさ、これはこれで疲れるのよ? やっぱり肩も凝るし」


 言いながら立ちあがったカレンさんは、私の目の前でくるりと背中を向けた。


「ちょっと脚、開いて」

「カ、カレンさん!?」


 どうしていいものやら、よくわからない。


「そのままじゃ、膝の上に座っちゃうでしょ?」

「え、あ、いや……」


 どうやら背中越しに、本当にバストを触らせてくれるらしい。しかしこの体勢は……。


「そっか、もえちゃんはこういう態勢で誰かとくっついたことないのね。やっぱり恥ずかしい?」

「……!」


 図星を指されて、私の顔はますます上気してしまった。他に誰もいなくて助かった。


「じゃ、いいわ。膝の上に座っちゃうね。重かったり痛かったりしたら言ってね」

「は、はい」


 そうして肩越しに微笑まれた直後、目の前一杯に綺麗な背中が広がった。膝の上にゆっくりと体重がかかる。しかし重いというほどでもない。むしろ温かくて、


「柔らかい……」

「あはは、お尻乗せただけで何言ってんのよ。ほんとに柔らかいのは、こっち」


 カレンさんはおかしそうに笑いながら、思わず声を漏らした私の両手を取った。


「はい、どうぞ」

「し、失礼します」

「ふふ、ほんと、もえちゃんって可愛いわね」


 導かれるままに両手を添えたそのバストは、本当に大きくて柔らかかった。掌からこぼれるほどだ。


「揉んだりしてもいいわよ?」

「え、でも」

「大丈夫よ。もえちゃん相手に感じちゃったりしないから」

「そ、そんなことしません! …………じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ」


 そんなことがどんなことなのかはさておき、私は誘惑に逆らえず、少しだけ両手に力を入れてみた。


「わ、ほんとに大きい」


 感動するとともに落ち着きを取り戻した私は、そっと左右から寄せてみたり下から持ちあげたりと、自分の胸では味わえない感触をつい色々と楽しんでしまった。


「あらあら。もえちゃんってば、覚えると意外に大胆になるタイプなのね」

「ご、ごめんなさい!」

「あはは、冗談よ。でも、ちょっとはわかってくれた? こんなのが二十四時間くっついてるんだから。ブラだって大きいのは高いし」

「たしかに。Fカップでしたっけ?」

「うん。アンダー七十の九十二。もえちゃんぐらいのときはもうワンサイズ下だったのに、二十歳すぎてからも成長しちゃって」

「……羨ましい悩みです」


 アンダーバストこそそう変わらないので、余計に悲しくなる。


「じゃ、今度はもえちゃんのおっぱい、触らせて?」

「え? で、でも私のなんて小さいから、触っても面白くもなんともないですよ」

「だーめ。あたしにだけこんなエッチなことしといて。他のスタッフにも言っちゃうわよ? もえちゃんてば意外に大胆でグイグイ来るの、って」


 なかば予想していた展開とはいえ、一応は抵抗をこころみたが無駄だった。山川さんが言っていた「あんなことや、こんなこと」も、あながち的外れではなかったかもしれない。


「揉んだだけじゃないですか! しかもエッチなことなんてしてないし……って、あ、や……ちょっと」


 知らない人が聞いたら意味のわからない否定をしている間に、いたずらっぽく微笑んだカレンさんは、「えいっ」と意外な力で私の腕を取り後ろに回り込んでいる。

 長い脚の間に腰をおろす格好にさせられた私は、妙に慣れているその仕草に、(大人って凄い)などとおかしな感心をしてしまうばかりだった。


「そうだ。約束通り、先に肩揉んであげるね」


 言うが早いか、カレンさんは私の肩に手を添えて丁寧に揉みほぐし始めてくれた。


「あ……気持ちいい……」

「でしょ? こう見えてもなかなか上手いって、よく言われるのよ」


 誰に、とはさすがに聞けなかった。カレンさんぐらい綺麗なら、ボーイフレンドの一人や二人、いることだろう。


「今、誰に? とか考えたでしょう?」

「す、すみません」


 あっさり見抜かれていたらしい。やっぱり大人にはかなわない。


「残念でした。正解は母親よ。あたし実家暮らしだから、よく母さんの肩を揉んであげるの」

「そうなんですか」


 意外と言っては失礼だが、やっぱり意外だった。独身なのは知っていたが、お洒落なマンションでシングルライフを満喫しているようなイメージを勝手に抱いていたからだ。


「もえちゃん、ウエストも細いのね」


 気が付くと肩から背中、腰と気持ち良く揉みほぐしてくれたその手が、腰骨の辺りを優しく包んでいる。


「ウエスト()、ってなんですか」


 すっかり安心して身を任せるようになっていた私は、軽く頬を膨らませてみせた。「あはは、ごめんごめん」という声をサウナルームに響かせながら、両手がさするような動きで上のほうへと戻ってくる。


「肌も白くて綺麗ね。ザ・日本人、って感じ」

「……それってお尻が大きくて、胸が小さいってことですか」


 もう一度、頬を膨らませて振り返った途端、


「ひゃ……」


 思わず妙な声が出てしまった。

 脇から回された手が、まさぐるように私の胸全体を覆っている。


「ふーん。たしかにAカップっぽいかも」

「ちょ……カレンさん、ずるいです」

「でもこれぐらいなら、頑張って寄せれば谷間もつくれるわよ。貧乳っていうより微乳って感じじゃないかな」

「本当ですか!?」


 二人羽織りのような格好のまま、思いっ切り嬉しそうな声を出してしまった。


「うん。それにもえちゃん、やっぱり姿勢がいいから、そんなに気にすることないわよ」

「ありがとうござい……きゃん!」


 自分がやったのと同じように優しく揉まれただけだが、なぜか小動物のような声が漏れてしまい、むしろそっちのほうが恥ずかしかった。


「あはは、ほんと可愛いなあ」

「ちょ……カレンさん、揉みすぎですってば」

「だって気持ちいいんだもん。もえちゃんの彼氏さんになる人が羨ましい!」

「そんなマニアックな人、いませんよ……」


 言っていて自分で悲しくなったが、頭の片隅に一瞬――ほんの一瞬だけ、冴えない縁なし眼鏡が浮かんでしまった。いや、きっと気のせいだ。気のせいに違いない、うん。


 と、私の胸に手を添えたまま、カレンさんがささやくように呟いた。


「マジで可愛くて羨ましい」

「え?」

「あたし、もえちゃんのこと、好きよ」

「ええ!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ