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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第二章  クロキ・スポーツクラブ
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第19話  空飛ぶ円盤研究会 

「……は?」


 突拍子もない言動には慣れてきたつもりだけど……今度はUFO? 

 UFOって、つまり未確認飛行物体のことよね? 英語の頭文字だから正式名称は、ええっと……。

 

 面食らってどうでもいいことを考え始めてしまった私をよそに、山川さんはジェファーソン・スクワットのときと同じくらい嬉しそうな顔で語り始めた。


「うちのクラブでね、会員さんたちと一緒に『空飛ぶ円盤研究会』をつくって活動してるの。休館日に屋上でプロテイン飲みながら観測会をしたり、無重力下に慣れた宇宙人にはどんな筋トレを勧めればいいかを議論して、みんなでトレーニングプログラムを考えたりするの。楽しいわよ~」

「…………」


 思わぬ趣味を明かされたものの、結局そこも筋トレかい! と心のなかでつっこんでしまった。というか、そんな奇特な趣味につき合う会員さんがいるのにも驚きである。おそらくは普段から山川さんとよく話をしている、やはり筋トレマニアの方々だろう。


「どう、もえちゃん? 今度一緒に屋上で円盤観測会してみない? 宇宙人と知り合えれば、筋肥大とかバストアップとかに効果的な未知の技術を教えてくれるかもよ?」

「あ、ありがとうございます。考えときます。あは、あはは……」


 バストアップという言葉に、一瞬だけだが食いつきそうになってしまった自分が悲しい。とはいえ、私は基本的にオカルト系のものには興味がないし、そもそも信じてもいない。


 またしても引きつった顔で苦笑するしかないところに、いいタイミングで助け舟が現れた。


「ちょっと山川さん、もえちゃんまで『空飛ぶ円盤研究会』に引きずり込もうとしてるの?」

「あ、カレンさん!」


 ちょうどエアロビクスのレッスンが終わったスタジオの方から、派手な蛍光イエローのシャツを着た彼女が歩いてくるところだった。美味しそうにボトルの水を飲むたび、大きな胸が揺れている。


「お疲れ様です。カレンさんも早番だったんですか?」

「うん。お疲れ様。スタジオに入るときもえちゃんが見えたんだけど、楽しそうにバーベル担いでたから声かけなかったの」


 ラテン美人のフロントチーフは、笑って彫りの深い顔をタオルで拭った。私と同じように、会員さんに交ざってレッスンを受けていたらしい。


「すみません、気がつかなくて」

「ううん、全然。おたがい仕事終わってるんだし、気にしないで」


 そう言いながら、同じように汗びっしょりになってスタジオから出てくる会員さんたちに、小さく頭を下げたり手を振ったりしている。

 会員さんの間では「ダブルの綺麗なチーフさん」としてカレンさんもよく知られているが、なかには「あら、姉妹みたいねえ」などと笑って手を振り返してくれるおばさんもいるのが嬉しい。


 会員さんたちが行ってしまい、あらためて私と山川さんを交互に見たカレンさんは、呆れたように笑った。


「山川さんの『空飛ぶ円盤研究会』は、楽しいけど気をつけたほうがいいわよ。円盤にこじつけてプロテイン入りの巨大ホットケーキを屋上で焼いたり、プレート持ったまま変な踊りで筋トレしたりする、ちょっと変わったサークルだから」


 すかさず山川さんが言い返す。


「ちょっと何よ! もえちゃんに、おかしなこと吹き込まないでちょうだい! もうフロントに貸してあげないわよ。ていうか、あんたのその無駄に立派なおっぱいこそ、ほんとはUFOに頼んでおっきくしてもらったんじゃないでしょうね」

「そんなわけないでしょ!」

「ふん、どーだか。Gカップのあたしに追いつこうとして、こっそり円盤呼ぼうとしてるんじゃないの~? 言っときますけど、UFOは〝う〟らでこっそり〝F〟カップ〝オ〟ーバーの略じゃありませんことよ? お~ほほほ」

「そんなのわかってるわよ! 大体、宇宙人がいるとしても胸がセックスアピールの象徴っていうことを知ってるかどうかわからないじゃない。そもそもあたしたちみたいに、性別が男女なのかどうかだって――」

「あらやだ、セックスだなんて生々しい。カレンちゃんてやっぱりエロいわ。やらしいわ。淫らだわ。やあねえ、欲求不満のオンナって」

「そういう意味じゃないわよっ!」


 チーフ社員同士の会話のはずだが、いつもながら子供のじゃれ合いになっている。しかもこの手の会話になると、さすがに山川さんのほうが一枚上手のようだ。


 と、その目が私にも向けられた。


「ほらほら、カレンちゃん。欲求不満どころか彼氏いない歴イコール年齢のもえちゃんだっているんだから、あんまり刺激しないように――」

「違うって言ってるでしょうが!」

「や、山川さん!」


 揃ってつっこまれても、当の本人はしれっとふたたびバーベルを手にしている。やれやれ。

 もはや諦めたという態で首を振り、カレンさんはあらためて私に向き直った。


「もえちゃん、トレーニングはもう終わったの?」

「あ、はい。今は山川さんに、新しいエクササイズを教わってたところです」


 そのきっかけは、彼(彼女?)のお喋りを封じるためではあったけど。


「ああ、あの変な格好?」


 やはり見られていた。


「何よ、ジェファーソン先生考案のトレーニングに対して失礼な」

「誰それ? アメリカの大統領?」

「そっちじゃないわよ!」


 私の方を見たまま、カレンさんは山川さんと口だけでやり合っている。もはやベテランの漫才コンビみたいだ。

 つい微笑ましく見ていると、逆に彼女からもにっこりと笑いかけられた。


「自分のトレーニングは終わったのね? ちょうど良かったわ」


 残業かな、と一瞬思った。山川さんも口にしていた通り、最近はフロントの手が足りないときは私も手伝っているのだ。自分で言うのもなんだが、前のクラブで慣れていることもあってそれなりに重宝してくれているようである。


 しかし、続けられたのは予想外の台詞だった。


「じゃあさ、一緒にお風呂入ろ?」

「え?」


 一緒に、お風呂? 


「ああ、安心して。あたしはストレートだから」


 目を丸くした私を見て、カレンさんは苦笑している。背後から「とかなんとか言って、わかんないわよ、もえちゃん。この巨乳女に、お風呂であんなことやこんなことされちゃうかもしれないから気をつけてね」という声がするが、じろりと睨んだだけで今回はこちらとの会話を優先してくれたようだ。


「ここんとこフロントも手伝ってもらってるし、たまには肩ぐらい揉ませてもらおうかと思って」

「はあ」

「それにね」


 いったん言葉を切ったカレンさんが、いたずらっぽく耳元に顔を寄せてきた。温かい呼吸と、この人らしいトロピカルな香水の匂いに思わずドキリとしてしまう。


「本当にAカップかどうかも、たしかめたいし」

「ちょ……! カ、カレンさん!?」


 小声で囁いてくれたにもかかわらず、あわてて周囲を確認してしまった。さいわい後ろの山川さんもノーリアクションなのでほっとする。


「あはは、冗談よ。でも、嫌なら遠慮なく言ってね」

「いえ、別に嫌じゃないですけど……」

「ありがとう! じゃ、先に行って待ってるわね」

「あ、はい」


 なんとなく押し切られてしまった感もあるが、すぐに私は気を取り直した。


 三島由紀夫のノートに繋がる情報を、何か得られるかもしれない。たとえカレンさんが直接関係なくても、そういうことに詳しそうな会員さんの名前をあらためて聞くことくらいはできるだろう。なにせ向こうはフロントチーフなのだ。胸の大きさをたしかめられるのは恥ずかしいけど、女同士だしなかば公然の秘密(?)みたいになってしまっているから、そこはもう諦めることにする。


 すると、背後の山川さんにポンと肩を叩かれた。


「ジェファーソン・スクワットはもういいから行っていいわよ、もえちゃん。むしろあのデカパイチーフにAカップの実力、思い知らせてあげなさいな。貧乳は武器――」

「山川さんっ!!」


 ノーリアクションだったのはカモフラージュで、ばっちり全部聞こえていたらしい。

 耳まで真っ赤になった私は、「じゃ、じゃあ失礼します!」とカレンさんの背中を慌てて追いかけた。

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