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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第一章  深身公人
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第10話  助手、決定

「そんな名前で依頼されることも、最近は増えていますね」


 自ら淹れたカプチーノを美味しそうにすすりながら、我が雇い主、『フィットネス・ハンター』こと深身公人氏は笑っている。


「二年くらい前でしょうか、たまたまスポーツ科学関連の執筆依頼が重なった際、合わせて珍しい論文とか、大昔の貴重なトレーニング器具を立て続けに発見してしまいまして。そうしたらいつの間にか、執筆抜きの宝探しや、同じように貴重な品の査定とか下取りみたいな依頼まで入るようになってしまったんです。まあ、どうせ自分でその過程をルポにして出版社に持ち込むので、むしろ二度美味しい仕事になっているんですが」

「じゃ、じゃあ、自分もトレーニング好きで大学の図書館も顔パスっていうのは?」


 悔しいので、「イケメンで格好いい」という部分は省いておいた。


「なんか、勝手に尾ひれがついてるみたいですねえ」

「え……」

「トレーニング好きなのは本当ですが、それは〝やる〟ほうじゃなくて、〝見る〟ほうです。スポーツ科学によるアプローチによってヒトの身体が変わっていく過程、さらには身体が変わることによって、その人が笑顔になるような瞬間を見るのが、僕は好きなんです。これは何も、アスリートが結果を出すような場合だけに限りません。リハビリや運動療法を通じて、お年寄りがふたたび歩けるようになったり、大怪我をした方が元気に社会復帰するようなときもです。僕は、そういう光景を見ていたい。自分自身は医師やトレーナーじゃないから何もできないけど、皆さんの努力の過程や背景なんかをしっかりと観察して、世のなかに伝えたいと思っているんです」


 長台詞とともに真っ直ぐ見つめられ、不本意ながら一瞬だけ(本当に一瞬だけだ)、ドキリとしてしまった。

 気持ちをごまかすように、空のマグカップをもてあそびながら重ねて尋ねる。


「と、図書館顔パスっていうのは?」

「それも単なる噂ですよ。取材や調査の過程で色々な大学図書館に出入りして、司書の方と顔見知りになったりもしているので、大方それを目にした人が勘違いしているんでしょう」

「そうだったんだ……」


 尾ひれのついたうわさ話はともかくとして、深身先生がスポーツ業界で知られた『フィットネス・ハンター』だというのは、まぎれもなく事実らしい。

 今度アカネちゃんにも教えてあげよう、と思いながら私は話をもとに戻した。


「てことは、今回のクライアントさんも先生の評判を聞きつけて、三島由紀夫のノートを探してくれって依頼してきたんですか?」

「ええ。しかも、自由が丘の『クロキ・スポーツクラブ』にある可能性が高い、って調査先まで指定して」

「そこまでわかってるなら、自分で調べればいいのに」


 しごくもっともな疑問を口にすると、深身先生の笑顔が困ったようなものになった。


「そうもいかない事情があるから、僕みたいな者に依頼されたんですよ」

「ふーん。クライアントさんが、有名人とかってことですか?」


 思いついた可能性を上げてみたが、先生はますます困ったように笑うだけだった。


「クライアントさんについて詳しく訊くのは、勘弁してください。個人情報的なものは、いかに親愛なるもえさんとはいえ、お答えできないんです」

「え?」

「守秘義務、というやつでして」


 いや、それはわかるけど。ていうか、得意の「親愛なる」をこんなところで出すな。


「でも、あたしは先生のアシスタントですよね。それでもダメなんですか?」

「ええ、すみません。残念ながら素性に関しては、よほどのことがなければ他言無用、と先方も仰っていますので」

「ふーん」

「いかに親愛なるアシスタントで、アキレス腱が綺麗で、スクワットのときに胸が美しいもえさんといえども――」

「だから、親愛なる、はいりません! しかもいちいち、スクワットのとき〝に〟って、限定しなくてもいいです!」


 お約束の天然セクハラ発言に対し、間髪入れずこちらもお約束の抗議をしておいた。


「まあそんなわけなので、もえさんにはさっそく来週、アルバイトの面接に行っていただきます。ジムスタッフ急募、なんて貼り紙がずっと出されているようですし、あなたのアキレス腱や胸の美しさなら採用されるのはほぼ確実ですから」


 相変わらず、こちらの抗議はまったく聞こえていないらしい。にこにこと話を続けられて、私もこれ以上は諦めた。ついでに言うと、褒められているはずなのにまったく嬉しくない。


「あ、それと、無事に三島由紀夫のノートが見つかったあとも、問題なければそのまま働き続けていただいて結構ですよ。せっかくジムスタッフになれるんですし」


 深身先生には、別のクラブでフロントの経験があること、本当はジムを担当したかったことなどを昨日のうちに伝えてあった。話を聞いてますます嬉しそうな顔をしていたのは、つまりこういう理由だったのか。




 その後、『クロキ・スポーツクラブ』のホームページを見せてもらいながらその場で電話をした私は、先生の言葉通り、翌週の面接を経てあっさりとアルバイト採用されることとなった。


 ちなみに深身事務所のアシスタント料は、『クロキ・スポーツクラブ』のアルバイト代とは別にしっかり支払ってくれるという。それを聞いて、度重なる天然セクハラ発言を大目に見てあげることも、自分のなかですぐに決定したのだった。

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