その熱狂は伝播して
「場所はここでいいんだよな」
てっちゃんからもらった紙に書いてあったのは『体育館裏』。あんまりというか全く来たことなかったなこんな場所。体育館裏に呼び出しといえば相場は不良にボコられるか告白の二択だが。てっちゃんから不う良からの手紙をもらうわけもないし、そもそも我が校に不良などいない。たしかに先輩で少しやんちゃしている人はみかけるが、あの人たちが問題を起こしたという話は聞いたことがない。
となると。選択肢は一つになるわけだが……
いやいや何が選択肢は一つだ。もっとあるだろ。フィクションに毒されすぎである。まあこれから来るメンバーなんてのは限られているわけでその人たちを鑑みても告白の線は薄いだろう。もし実篤がきたら一発殴ろう。あいつだって男子だから体育館裏への呼び出しがどれだけ動揺をさそうかを知っているだろうし。
「というか、盛り上がってんなー」
体育館がかすかにゆれいるような気さえする。たしかこの時間は有志によるフリーステージだったか。
「やぁ、おまたせ蓮水君」
後ろから声がかかる。この声は。
「鬼無里先輩……?」
振り返るとフードを目深に被った人が居た。黒色のギターケースを背負っている。色々突っ込みどころがあってこまる。その困惑が伝わったらしい。
「おっと、すまない。さっきまで少し人に追われていてね、巻くためにフードを被ったままだったよ」
そういいながらフードをとる。見慣れた鬼無里先輩の顔が表れる。化粧っけがないというのに相変わらずお奇麗で。鬼無里先輩は口元に手をあてて笑う。
「そういえば少し挙動不審だったようだけど、やはり体育館裏への呼び出しというのは期待するものかい?」
やだ、ばれてーら。
「そそそ、そんなわけないですよ!」
「そうかやはり今日すでに二人から告白されてる猛者は言うことが違う」
そこに触れるのはやめていただきたい。
「その様子を見ると二人の告白は断ったようだね」
「はい」
「君をさ、ここへ呼びだしたのは聞きたかったことがあったからなのさ。君はちゃんと自分の気持ちと相手の気持ちに真正面から向き合ったかい?目をそらさずに」
俺は思い返す。何回も間違えた。相手の気持ちから逃げて逃げて、自分が傷つかないように自分の殻を作り出した。でもその殻を俺は打ち破ると決めたのだ。生まれ変わると決めたのだ。
俺は真摯に100パーセントの気持ちを答える。
「はい!」
「……そうかい」
鬼無里先輩は寂しげにほほ笑んだ。しかし直ぐに切り替えるように頼もしいいつもの笑みを浮かべて校いった。
「今からステージにあがるんだ。君もよかったら聴きにきてくれないかい」
「先輩、ギター弾けたんですね」
「ああ、かっこいい先輩でありたいからね。隠れて練習してたのさ。ほら一緒に来るといい、蓮水君には一番近くで見てほしいから」
先輩に連れられて体育館裏の出入り口から入る。階段をあがると体育館のフロアにでることなく直接体育館のステージ脇へと繋がっていた。体育館脇には先輩のバンドのメンバーと思われる方たちが。体育館裏への呼び出しはここの通路を使うためか。
バンドの皆様は鬼無里先輩に負けず劣らずお奇麗な人たちでした。ちらりと小窓から体育館のフロアをみる。照明が落とされたフロアには生徒がひしめき合っていた。よくみると最前列には鬼無里先輩の名前が入ったうちわとか持ってる人もいる。さっきの追われてたのって文字通り追っかけじゃ……
ほぇーとその熱に圧倒されていると鬼無里先輩がこちらへ寄ってきた。
「許可がとれたから、このステージ脇で見るといい」
「ありがとうございます」
本当に特等席だな。ファンの人たちに申し訳ない。
「ああ、それと」
鬼無里先輩が俺の肩をグイっとつかむ。急激に近づく先輩の顔。あわやそのままというところで少し右にずれる。そのまま鬼無里先輩は耳元で囁いた。
「君のために歌うから」
***
ライブは盛り上がった。某男性組バンドの曲を2曲続けてひいた。音程の幅が広く難しい曲を完璧に近い音程で先輩は歌い上げていく。
一生懸命に歌う姿はとても美しかった。
「頰が熱い」
観客たちの盛り上がりに当てられて頰が紅潮している。断じて先輩の行動による紅潮がひいていないわけではないない。
そして二曲目が終わる。
「次で最後の曲になります」
先輩がそう言うと、フロアからえ〜とかもっと聞きたい!等の声が聞こえる。
「最後の曲はーーーー」
一瞬の静寂ののち、再び音が奏で始める。
この曲は片思いの男性の曲だ。最後の曲ではあるが、ゆったりとした曲。一つ一つの音が綺麗に溢れ出る。
他の人が好きな彼女が好きで好きでたまらなくて、でも告白する勇気などない。どうか僕に告白する勇気をください。君を好きだと叫ぶ力を僕にください。
こんな溢れんばかりの思いを伝える曲だ。
いつしかみんなは鬼無里先輩の歌声に飲み込まれていた。観客たちは静まり返り、ただ楽器と先輩の声だけが響く。
そしてその幸せな時間は終わりをつげ、日常へと回帰する。
一拍。
「ーーーーーーーーーッ!」
万雷の拍手で鬼無里先輩たちは讃えられた。黄色い声援が止まることを知らない。
本当にカッコよかった。ステージ上の鬼無里先輩は誰よりも輝いて見えた。
鬼無里先輩がまたマイクを口に近づける。
ざわざわとしていた会場が静かになる。鬼無里先輩の声にみんなが耳をすませる。
それは予想外の言葉だった。
「僕は蓮水くんのことが好きです」
時が止まったかと思った。
畳み掛けるように続ける。
「僕は!遠江 蓮水くんのことが!」
先輩は大きく息を吸った。
「大好きですっっ!」




