決着は劇的でなくたっていい
大変時間をかけてしまい申し訳ございませんでした。想定していた道のりから外れ、着地点を見失っていました。それではどうぞ。
夜が明けた。
起きてきたみんなに謝罪と感謝をして、それからみんなで朝食を食べた。霞が主導で花凛さんと実篤が手伝ってできた普通の日本の朝御飯。他の四人?あれだね、キッチンが狭いからさ。
そして鬼無里先輩、実篤、花凛さんは家に帰っていた。
鬼無里先輩はいい顔になったとかっこよく微笑んで、実篤はバンと背中を強くぶっ叩いて、花凛さんはいたずらげに拳をチラつかせながら帰った。それから俺は霞と話をした。伝えなければならないことがあったから。
***
「さて……」
俺は玄関のドアを開けた。太陽の光が眩しい。今日も暑くなりそうだ。
その陽射しの中に冬香は立っていた。
「こんにちは、逢いに来ちゃった」
「ああ、俺も会いたかった」
「両想いだね私たち」
「両思いか、確かにな」
ずっと考えていた。忘れようとしても忘れられず。ことあるたびに思い出した。人と関わるたびに痛みを感じた。俺がこんな気持ちになっていいのか?と。
昨日とは違い冬香と向き合ってもなんともなかった。心臓の鼓動はいつもと変わらないリズムを叩いている。
そうして相対した冬香は何も変わっていなかった。当たり前か。中学の時からそれほど時間は経っていない。
「今日は何処にデートへ行こうか?」
約束もしていない事をさも当たり前のように言った。
「俺の行きたい所でもいいか?」
そう言って俺は冬香を追い抜いて先導する。冬華は嬉しそうに俺の横に並んだ。
「うん、もちろん。蓮水の行きたいところが私の行きたいところだよ」
そう言って冬香は俺の手をぎゅっと握る。
「ダメ?」
「いいや」
俺も握り返した。恋人繋ぎではない。それでも冬香は楽しそうだ。
歩きながら冬香と話をした。冬香が最近見つけたお気に入りのお店。学校への教師への文句などたわいもない内容だった。そうして通い慣れた道を歩くこと20分。
「ここって……」
「うん、俺たちの中学校だ」
俺は冬香と共に始まりの場所へとたどり着いた。数ヶ月もかかってしまった。
***
事務室で手続きをして校舎の中へと入る。卒業生だと言うと割と簡単に入れてもらえた。大丈夫?防犯意識。
日曜日だというのに校庭では野球部が駆けずりまわっていた。懐かしい雰囲気だ。
冬香は静かだった。俺の手を握ったまま視線を下に下げていた。
来客用のスリッパで三年生の時の教室を目指す。歩きにくいのはスリッパのせいだけではなく、冬香の足取りが重くなっているせいもあるだろう。
でも冬香は立ち止まってはいなかった。だから俺も先へと進んだ。
そしてー
「着いたね」
冬香が静かに言う。初めて見る冬香だった。
教室のドアを開ける。掲示物の違いはあるが、あの日のあの時のままの教室がそこにはあった。日差しが教室に入らないようにカーテンがかかり、薄暗かった。
二人でゆっくりと教室に入った。
「私ここには来たくなかった、この場所に来るとこういう気持ちになるってわかってたから。何か大事なものを失くした時のような壊した時のような気持ち」
冬香はうっすらと寂しげに笑う。
「可笑しいよね。だって幸せなはずなのに。高校は違うけど大好きな蓮水と付き合っていて幸せなのに。悲しいことなんて一つもないはずなのに。何故だか心がきしむの」
冬香の目から涙が溢れた。口もとは不細工に笑みを作りながら、泣いていた。
俺は中学のあの時強く願ったことは、ほっといてくれということ。その言葉は冬香の中の俺への関わりを全て消してしまった。出会わなければ会うこともない、話すこともない。そのように冬香の記憶を変えてしまった。いや、多分俺との記憶を頭の奥へと押し込んでしまったのだろう。そのようにして俺の願いは俺の力で効力を発揮した。
しかしそれで完全に冬香との繋がりが消えるわけではなかった。思いおこせば決別した後も冬香は元気が無かったように思える。落ち込む理由なんて消えてしまったからない筈なのに。違和感は中学の最後の方から感じていたのであろう。
あとはきっかけだけだった。それが学園祭の写真。俺が写ったあの集合写真。俺の力が弱まったからなのか、それとも俺がそう望んだからなのかはわからない。
きっと冬香は思い出した。忘れさせられた思いを思い出した。
同時に思い出したくもないことも思い出す。何故忘れたのかを。その原因である自分の行動を。罪悪感が冬香に突き刺さる。
だから自分自身を傷つける記憶を冬香は奥にしまい込んだ。そうして自分の都合の良いように記憶を作り変えた。そのせいでできたのが再会した冬香だ。そのせいで今苦しんでいるのだろう。
なら俺にできることは。真正面から自分の思いを伝えるだけだ。あの日できなかったことを。
「冬香……」
「何?」
「ありがとう」
俺は深々と頭を下げた。
「俺はお前がいなかったら霞がいじめられていることも気づかなかった」
「実篤とか冬香とかそのほかのクラスメイトとかとそれなりに楽しく中学生活を終えて、それでいじめられている霞に気丈に振舞わせて家では家事をやらせる」
「そんな最低最悪な兄になっていたんだ。冬香がいなければ」
「だからありがとう。俺を助けてくれて」
「そして霞を救ってくれてありがとう」
俺はこんな大事なことを言わずに逃げたのだ。屋上で冬香が言ったことに間違いはない。ただ図星をつかれただけ。不甲斐ない自分が許せなくてただ冬香を突き放した。
自分が綺麗なはずがないのに、綺麗なものだけを見ていたくて目を背けた。屋上でも放課後の教室でも。ただそれだけのことだった。
「やめて。やめてよ!」
顔を上げると冬香は耳を抑え髪を振り乱しうずくまっていた。
「私はお礼を言われることなんてしてない!良いことなんてしてない!霞ちゃんの我慢も蓮水の優しさもただ自分のためだけに利用しただけ!私が貰うべきなのは罵倒だけ!感謝なんて……!」
全てを思い出したのだろう。冬香は真っ赤な目でそう言った。息が荒い。頬も紅潮している。
「俺さ」
静かに俺は言った。
「ここに来る前さ霞と話したんだ。中学の時のことを全部話した。あいつには内容をぼかしながらしか報告してなかったから。俺は良い所しか言わなかったから。俺と冬香がやったこと。いじめっこたちがやったこと。冬香がどういう目にあったかということ」
実篤に相談しなかったようなことまで裏事情まで全てを話した。
「そしたらあいつはなんて言ったと思う」
冬香は体を強張らせて座り込む。
「『悔しいですが言います。助けてくれてありがとうございました』ってさ」
悔しいですがはいるのだろうか?と素直に思う。
冬香は驚いたように目を開く。
「『理由はどうあれ貴方は兄さんの手助けをしたのでしょう?なら、ありがとうございました』」
「『私はあの時いじめを我慢することしかできなかった。辛かったのに悲しかったのに苦しかったのに。誰でもいいから私を助けて欲しいと思っていました』」
「『気づかない、気づいても見て見ぬ振りをするクラスメイト。貴方は気づいた。そして行動してくれた。そこに我欲があるとか、もっと早く助けれたとかそんなのはどうでもいい。その事実さえあれば私は貴方にありがとうと思います。本当にありがとうございました』」
冬香はやった事は褒められた行為でないかもしれない。ただ自分を苦しめ続ける必要はないはずだ。赦されることがあってもいいはずだ。
そしてある手紙を手渡す。霞からの手紙だ。霞の言葉を伝えた後に渡すように頼まれた手紙だ。
震える手で冬香は手紙を開ける。そこに何が書かれているかは知らない。
ただそれでも冬香はわずかに笑った。
そして改めて俺は。
「冬香、ありがとう。そしてごめん。俺はあの時間違えた。お前を責めて、長く長く苦しめた。あまつさえ忘れようとさえした。それをする資格なんて俺にはないのに」
冬香の行動を罪とするなら罰を与えることができたのは霞だけだった。
「そんな俺とまた友達になってくれないか?」
厚顔無恥にも俺がは言った。自らが断った縁を取り戻そうとした。
「俺はまた一緒にお前と話したい、遊びたい、笑い合いたい。どうかこれからも俺と一緒にいてください」
俺は再び深く頭を下げながら冬香に手を差し出す。この手を握ってくれることを願いながら。
頭を下げたまま返事を待つ。時計の針の進む音だけが耳に届いた。
「まるで告白だね」
柔らかい感触が手から伝わる。顔を上げる。冬香と目が合う。二人で笑い合う。
俺は冬香の手を引き立ち上がらせた。
「「ごめん、ありがとう、今日からよろしく」」
「『私の兄の彼女面するな。遠江 蓮水は私のものです。あなたのものでもましてやあの女のものでもありません。触るな、触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。触るな。さわるな。さわるな。さわるな。サワルナ。サ、ワ、ル、ナ。
P.S.私はヒロインのようにかっこよく救ってもらいました。羨ましかったらあなたも兄の手を取ったらどうですか?』」




