惚れられたら負けというのは正しくないときもある
普通こういう時は女性は平手打ちではないのだろうか。グーで殴ったら殴ったほうだって痛いはずだ。そんなことまでして俺を痛めつける必要などないのに。花凜さんは八つ当たりを理由におれに発破をかけようとしてくれているのがわかる。だがそれは無意味だ。俺にはわからないから。やる気がおこったて何をしていいかわからないから。
「蓮水は考えすぎなんだよ」
花凜さんが一転小さな声で言った。考えすぎ?考えなしの間違いではないだろうか。
「私は蓮水が何を怖がっているかわかるよ」
俺は何も怖がってなんかいない。怖がっていたとしても今は関係がない。
「蓮水はさ人からの好意がこわいんだ。それが本物の好意かわからないから。それが自分の体質に起因するものなのかわからないから。だから全部を否定する。勘違いなんだって」
「……だってそうじゃないですか。中学の時なんで冬香があんなにおかしな行動を起こしたのか。なんでクラスメイトまでおかしな行動を起こしたのか。普通だったのに。そう普通だったんですよ。じゃあ可笑しいのはそっちじゃない。俺なんです。あの強烈なまでの好意も俺の体質が可笑しいから起こったことだと考えれば合点がいきます」
俺にあそこまで思われる魅力があるはずもない。ならば原因はわかる。
結局俺は人付き合いはできないのだ。その人の心を操ってしまうかもしれないから。
そして人外づきあいもできないのだ。俺は人外を体質的に引き寄せる。惹きよせてしまうのだ。
俺はきっと矛盾している。独りでは寂しいと思っている。でも人の感情が信じられない。霞からの親愛も鬼無里先輩、実篤からの友愛もそして花凛さん、てっちゃん、アリーから向けられるおそらく恋愛だと思われるものも受け止められない。
「もういいじゃないですか」
そう言って諦めようとした。しめようとした。
言った瞬間、花凛さんに胸ぐらを掴まれる。
「ふざけないでよ」
静かに強く言われた。
「私たちの感情を蓮水が勝手に偽物と決めないで。私たちの感情は私たちのもの。蓮水の力が何?体質がなに?私たちの心を操れるなんて傲慢にも程がある。勝手に決めつけて、勝手に突き放して。蓮水が一番自分自身に振り回されているんじゃないの?」
そうなのかもしれない。もう否定の言葉も出てこない。ズブズブに自己嫌悪にはまって身動きが取れない。ただ花凛さんの瞳を見つめていた。
「蓮水は言ったよね。私を救ってくれた時に。自分の為に私を助けたと。じゃあ私もそうする。私は自分の為に今の蓮水を助けるよ。自分が好きになった蓮水を取り戻したいから」
やめてほしかった。俺は中学のあの時から少しも変わってなんかいない。微塵も成長なんてしていない。ならば花凛さんが好きになった俺はどこにいるのだろうか?そんな幻想を追っかける行為はやめてほしい。
「私は蓮水を助けたい。なんの答えも出せず。縛られたまま停滞を選んだ蓮水を引っ張りたい。蓮水はどうしたいの?蓮水の本当の願いを教えて?」
本当の願い?
「お願い……私の好きな人を私にとってのヒーローを救わせてください」
花凛さんの懇願は痛かった。
花凛さんは目を真っ赤にしていた。俺は本当にこれでいいのだろうか。俺は花凛さんにこんな顔をさせたっかったのだろうか。
俺は何がしたかったのだろうか?中学の時たしかに救おうとした気持ちは本物だ。嘘はない。冬香になんとも言えない感情も抱いた。あえていうならば失望。そこの嘘はない。
ではきっと嘘があったのはあの場所だ。冬香がいじめられていた時俺は何を思ったのか。
あの時あの場所でけじめをつけなければならなかったのだ。自らの苦しみから逃げる為に顔を背けた。臭いものに蓋をした。俺はあの時真っ向から向き合うべきだったのだ。そして俺は……俺は…………
「俺は皆んなに笑っていて欲しかったんだ」
そうだ俺は霞の悲しそうな顔を見たくなかった。冬香の寂しそうな顔を見たくなかった。クラスメイトが互いに言い争う顔も見たくなかった。
そして俺は……
「やっぱり人と縁を切るのは寂しい。俺は自分に感情を向けてくれる人と一緒にいたいよ。もっとちゃんと友達になりたい」
涙がこぼれた。胸が熱かった。どうしようもなく叫びたかった。
「ありがとう、蓮水。なら私はそれに協力する。たぶん霞ちゃんたちもみんな応援するよ」
そう言って花凛さんは優しく微笑んだ。
俺は自分を受け止めよう。俺の力は俺のものだ。掌握できないわけがない。
そして信じよう。皆を。みんなの気持ちを。
何かもを言い訳にして止まっていた俺はもう終わりだ。今まで持っていた気持ちを劇的に変えることはできないけど。花凛さんが勇気を出してくれたように、俺もきっと前に進んでいけるから。
その為にはまず真正面から向き合おう冬香と。過去に区切りをつけてまた歩いて行けるように。