蛇足
「うす」
「ん?ああ実篤か」
教室でボーっとしているところに実篤が話しかけてきた。そのまま前の席に勝手に座る。
「七瀬とケンカでもしたのか?」
「ケンカか……まあそんな所だ」
「クラスの奴らが騒めいてるぜ。あんなに仲良かったのに全然話してるところ見てないって」
「うん、まぁそうだな」
どうにも歯切れの悪い台詞を返す。
「単純なことでケンカしたわけじゃないんだな。お前らがそんなになるなんて。いつもならお前ら二人とも速攻で謝罪するタイプだもんな。七瀬はちょっとひねた謝罪になるけどさ」
決して複雑なことではない。ただ単純と呼べるものでもない。結局俺はよくわからないのだ。俺は冬香からどういう言葉を貰いたいのか。俺は霞に何を言えばいいのか。
「なぁ、実篤。今日お前の家行っていい?相談に乗ってほしいことがある」
一瞬キョトンとしてこちらを見るがすぐに破顔して言った。
「いいぜ」
「悪いな」
***
「やばい、やばい」
放課後の廊下を走らない程度に急ぐ。実篤と一緒に帰っていたが、教室に忘れ物をしたので一人学校に帰ってきた。
「……」
一応ちらりと霞の教室を除く。
誰もいない。異常なし。
流石にそんなすぐにはやらないよな。安心して教室に向かった。
自分の教室に着くと中に人が話しているようだ。話の口調からしてなんだか言い争っているみたいだ。 まじかよ。入るには入れないじゃん。
ちょっとだけドアを開けて中の様子を覗く。
覗かなければよかった。
中に居たのは冬香とクラスメイトの女子二人。ドアを開けたことで話の内容が聞こえてくる。言い争っているのではなかった。ただ一方的に冬香が責められていた。二人がかりで聞くにたえない言葉を冬香に向けてぶつけていた。冬香はただ唇を噛み締めていた。
あんな冬香は初めてみた。冬香もなんで言い返さない。お前なら……
俺は何を続けようとしたのか。何を期待しているのか。冬香とケンカしてそれなのにわけもわからない願望を押し付けて一体何がしたいのか。
つくづく嫌になる。
俺はおもいきってドアを開けた。
「蓮水……」
「「蓮水くん!?」」
3人一斉にこちらを見る。
「……何してんだ?」
「えっと、なんで戻って……」
「盗み聞きして悪かった。だけど何やってんだ?二人で一人を責め立てて、冬香がお前らに何かしたのか?」
冷静に喋っているつもりだ。外からはどう見えてるか知らないが、俺はそうしてるつもりだった。
女子二人はなにかコショコショ話している。「なんで?」とか「話が違う」とかが聞こえてくる。
そのうち一人がおずおずと言葉を発す。
「だって……冬香ちゃんが霞ちゃんをいじめてたんでしょう?」
「はぁ?」
なんでそんな話になっているんだ。
「誰からそんなこと聞いたんだよ」
「女子の間ではそういう噂が出てるよ。だから、蓮水くんと冬香ちゃんが急に話さなくなったて」
俺の行動もまた噂に拍車をかけたわけか。
「はっきり、言っとく。霞は冬香にいじめられたわけじゃない。それにいじめの話を蒸し返そうとするならやめてくれ。もう終わったことだ」
許せないこともあったが、このことを俺が責める立場にはない。まだ感情がぐちょぐちょしてるがそれだけははっきりしている。
「というか仮に噂が本当だとして、お前らが冬香を責めるのはおかしいだろ?霞の友達だっけか?」
霞の交友関係を把握しているのわけではないが、仲が良いとは思えない。
もしくはただ弱いものいじめをしたいだけで、霞のことを理由にしたのか。
二人ははっきりとせずにモゴモゴしている。
「言わないなら、私が言ってあげようか?」
急に冬香が言った。
「あなたに何がわかるのよ?」
「わかるよ。薄っぺらいあんた達のことなんて簡単にわかる」
口が裂けたような笑みを浮かべた。
「悔しかったんでしょ?妬ましかったんでしょ?蓮水と仲が良くていつも一緒にいる私の存在が。だからこうして強く当たった。うさを晴らすために。そしてあわよくば蓮水に近づこうという魂胆。霞ちゃんを蓮水が大事にしていたことを知っていたから。それをいじめてたという私を責めてね」
場違いなほどに軽やかに語った。
「でも残念だったんね。私は私だから蓮水と一緒にいたの。あんた達が私の立場にそんな簡単になれるわけないじゃない。それにねぇ、蓮水は優しいんだよ。だから霞ちゃんのことで私を虐めても無駄。そんなのアピールにもなるわけないじゃん。あんた達二人は私と蓮水を舐めすぎ。こんなに簡単なこともわからないの?」
「さっきまでずっと俯いてへこんでたくせに、急に何言ってのんよ!?蓮水くん!こいつが言ったこと全部嘘だから」
「さっきのは凹んでるフリ。ほら見て。こうしてボイスレコーダーでばっちり録ってるし。あんた達の醜い所を。蓮水に見せたくなかった所を。これで蓮水に泣きついて仲直りのきっかけにしようと思ってたけど必要なかったね。だって蓮水はこうして私を助けてくれるんだし」
「ひどい……騙してたの……」
「ひどいなんてあんた達に言える言葉じゃないけどね」
「ーーーーー!」
「ーーー」
だんだんとだんだんと世界が遠くなるような感じがする。
冬香の言う通り俺はいじめをしていたやつがいじめられて悦ぶような精神はしていない。さっきだって冬香が責められてたのを見て気持ちが悪くなったぐらいだ。なんでそれをわかってくれなかいのか。
そして冬香はそう言うことがわかってて、何故あんなことをしたのか。アナタガスキダカラ。イッショニイタイカラ。それを理由にいじめを見逃して、結局は俺と距離をおかれている。
気持ちが悪い。
恋は盲目。それは思考能力まで鈍らせてしまうようなものなのか。それなら俺はそれだったら俺は……
人なんか好きにならなくたっていい。
力がすっと抜けたような、内から新たな力が湧き上がるような不思議な感じがした。
「もう俺に……」
何かがせめぎ合っている。最後の一線を越えるのを止めようとするような。陳腐な言い方をすればそんな感じ。
俺の雰囲気の変化に言い合いをやめて3人が俺に注目する。
「俺に……」
3人を見据えて、言い放った。
『もう俺に関わらないでくれ!』
ブチんと電源が切れるように、三人の瞳の熱がなくなった。




