奇襲・奇襲
夕暮れの路に二人。
俺と花凛さんは隔絶された空間にいた。確かに花凛さんの後ろに先輩たちの姿が視界に入ってはいたが、俺の目は花凛さんに吸い込まれていた。
『君のことだよ』
さっきの言葉がまだ俺の前に漂っている。咀嚼されるでもなく宙ぶらりんのままだ。
だから俺は花凛さんの次の言葉にだけ集中していた。
「今日は楽しかった!」
えっ?
拍子抜けになるほど花凛さんは朗らかに言った。胸に手をあて大切なものを抱えるようにしながら。
「蓮水には前も言ったよね。二人きりの保健室で。私が自分の体質を自覚してから、普通の人たちと違うような気がして、どんどんドツボにはまっていった話を。それで友達と遊んでいても、彼女たちの言葉に何も感じなくなったって」
彼女たちには悪いことしちゃったな。そう花凛さんは呟いた。きっとそれは花凛さんの進歩なのだろう。彼女の友達たちは花凛さんを突き放したわけではないはずだ。ただ、花凛さんが自分と他人を明確に区別してしまっただけなのだ。
ここからは俺の妄想だ。彼女たちはずっと変わらず花凛さんのことを友達だと思っていたとだろう。花凛さんが心あらずのときも笑顔で花凛さんに話しかけたに違いない。保健室で聞いた話ではそんな素振りはなかったのだから。
きっと今でも花凛さんから近づけば、友達にでもなんでもなれるだろう。
「だけど蓮水が私のことを救ってくれたおかげで、また戻ることができたの。またみんなと楽しめる私に戻ることができたの。最初はただ蓮水と一緒にいたいっていう理由で入部したこの部活だけど、部活の仲間と話すことが遊ぶことがどんどん楽しくなっていった。入学当時、笑顔だけ貼り付けていた私では考えられないぐらいに」
「俺は助けてなんかいませんよ。自分の益のためだけに行動したまでです。花凛さんの悩みは花凛さん自信が克服したんですよ」
「嘘だよ」
その言葉に喉の奥からヒュと息が漏れでる。
間髪いれずに花凛さんが言葉を紡ぐ。俺の言葉に機先を制すように。
「蓮水はそんな理由がなくても助けてくれたよ。だって私の後もそうだった。孤独を嘆く少女がいたら蓮水は自分の持てる限りを使って助けたじゃん。そこにいくら理由をつけても、なんで助けたかってなんて決まってるよ」
花凛さんはこちらへと一歩踏み出す。
「そうしたかっただけなんでしょ。助けたかったんでしょ。慰めたかったんでしょ。手を差し伸べたかったんでしょ。笑って欲しかったんでしょ。それが君の理由だよ。それが蓮水の優しさなんだよ」
やめてほしい。
人が勝手に俺のことを語るなとそう言いたくなった。
でも言えなかった。
別に花凛さんの言葉が本当だなんて認めるつもりはない。花凛さんは見えていないだけだ。本当の俺はもっと利己的で気持ち悪い考えをしている。今も俺はそう思っている。そうやって花凛さんの勝手な理想に反論したかった。
でも言えなかった。
花凛さんの目はただ俺を見ていたから。少しだけ潤いをたたえた目で俺の見えないところを見つめるように。
そして花凛さんはもう一歩踏み出した。
「そんな優しい蓮水が、私のことを救ってくれた蓮水が、大好きです」
ーーーーーーーーーーーーーっ!
「突然ごめん。こんな楽しい日の最後に。でも止められなかった…」
「今日さ。蓮水と一緒に写真撮ろうってなった時に、他のみんなはすごい行動早くて。蓮水とどんな写真を撮りたいのか。蓮水にどんな自分を見せたいのか全然迷ってなかった」
「それで蓮水が楽しそうに写真を撮ってるの見てさ。あせった。すごいあせった。でも同時に何かが吹っ切れっちゃった。蓮水のことが欲しい。改めて強く強くそう思ったの」
「だから私が今日着ていたのはウェディングドレスだったの。蓮水の執事服は黒だったけど、タキシードだから。そういうことを妄想してた。ごめん重いよね。今だってそう、誰かが告白してしまう前にあなたに思いを伝えようと思ったの。誰にも取られたくなかったから…幻滅したかな…私がこんな女で…でも、本当にーー」
「蓮水が好き。大好きです」
ーーーーーっ!
花凛さ\\\ただの\\\だ。俺には\しさなんてもので\\\してない。\\さんのを\\\のもただ自分が\かっただけだ。俺が\しかっただけだ。それで\\だった花凛さんに手\\\\べたんだ。俺の\しさを\\\ために。
ああ、クソ。
何も頭に出てこない。いうべき言葉がわからない。
考えようとしても頭にノイズがはしったかのように、邪魔される。
俺は花凛さんに何を言えばいいのだろうか。
俺は花凛さんと付き合いたいのか。断りたいのか。とりなしたいのか。有耶無耶にしてしまいたいのか。
前まで決めていた返事も言葉に出ない。
俺は
「俺は」
俺は…
「俺は…」
俺の気持ちは…
「俺の気持ちは…」
その時だった。
バフっと背中に衝撃。
誰かが背中に抱きついてきたようなそんな感じ。
俺が何事かと振り向く前に俺の動作は止められた。
「みーーつけた☆」
その聞きなれた声に。




