彼女らの思いは彼に届かず
「《あなたを愛しています》」
彼女は、鼻で笑った。
「いきなり何?もしかして色仕掛け?かわいいことをするのね」
「《あなたの流れるような髪が、小さく柔らかそうな唇が、パッチリとしてこちらを捉える瞳が、真っ白でスラリとした手足が、あなたの全てが愛おしい》」
彼女は、あまりにも拙い言葉をバカにした。
「ナンパでももう少しマシな台詞を言うわよ?そもそも今まで敵対していた相手にそんなものが通じるとでも?」
「《届きます。僕の言葉は力を持ってあなたの心に届きます。こんなにも想っているのだから》」
彼女は、表情をにごらせた。
「はぁ。馬鹿もやすみやすみ言いなさ………い?」
「《あなたのことをもっともっと知りたい。でも今は何も知らない。あなたが僕の名前を知っているのに僕はあなたの名前を知りません。あなたの名前はなんですか?》」
「言うわけな…がっ!何これは?どうして今私は?」
「《苦しまないで、自分の気持ちに素直になってください》」
「わた、わたし、私の名前は!ぐっ……!マリー・ベロニカよ」
「《マリーですか。あなたにぴったりのいい名前ですね。名前を知れた。そんな些細なことがとても嬉しいです》」
「…………」
彼女は、目を閉じて耳を塞いだ。
「《耳を塞がないで、目を閉じないで。五感で僕を感じてください》」
「やめて……」
「《やめません。僕の気持ちがあなたに通じるまで》」
「ーーーー!」
彼女は、蹲って丸まった。
「《あなたにもっと近づきたい。近くに来てはくれませんか?》」
「ーーーンン!」
彼女は勝手に動き出した自分の足を叩いた。
「《そんなに自分の足を叩かないで。あなたの身体を大事にしてください》」
「……何なのよこれ!?違う!違う!」
彼女は、僕の方まで歩いてきた。
「《やっぱり……まじかで見る方が綺麗だ。僕は変態じゃないはず何ですけど……あなたの匂いに酔ってしまいそうだ》」
「クソッ!誰か!誰かいないの!」
「《誰かを呼ぶなんてそんな無粋なことはやめてください。僕はこの二人きりの時間を大切にしたい。そしてあなたと触れ合いたい。どうか僕の縄を解いてください》」
彼女は、僕の縄をナイフで切ってくれた。
「《どうもありがとう。でも、そんなナイフはあなたの手には似合わない。捨ててください》」
彼女は、ナイフを自分の肩に突き刺した。
「どう!この痛みで!あなたのの催眠術から目覚めるはず…」
「《やめてください。あなたの身体が傷つくと僕が悲しい》」
「なんで……こんなの……こんなのおかしすぎる……そんな目で私を見つめないで」
「《改めて言います。僕はあなたのことを愛しています。あなたは?》」
「こんな気持ち…知らない!知らないのに!私じゃない!これは、お前は、私じゃない!」
彼女は、身体を抱いて震えている。
「《何度でも言います》」
彼女は、膝から崩れ落ちた。
「《僕はあなたを》」
彼女は、潤んだ目で僕を見つめた。
「《愛しています》」
彼女はーー
***
俺はとりあえずベロニカさんの肩の止血をすることにした。スマホで説明を読みながらなんとかこうにかやってみる。
ベロニカさんは壁に寄りかかりながら放心していたので抵抗されることなくすることができた。
「よし、完成です。俺が言うのも何ですがお大事にしてくださいね。救急車も呼んでおきましたから」
俺は一方的に話しかけるとドアの方へ向かう。コンクリートの壁にピッタリな銀色の武骨なドアだ。
「……待って」
「はい?」
ベロニカさんは手で肩を抑えながら、目の焦点をこちらに合わせてきた。声は掠れていた。
「あの時あなたは何をしたの?」
「ちょっと本気で口説いただけですよ?」
その答えにベロニカさんは口元を歪めるように笑う。目は全く笑っておらず完全に怯えている。
「そう、答える気は無いのね。ごめんなさい、引き止めて。もうあなた達には関わらないわ。関わりたくもない。もうあんなことをされるのはこりごりよ。自分の心が勝手に塗りつぶされていくような恐怖なんて。もう二度と」
「それはどうもありがとうございますは……おかしいか。まあいいや、それでは」
俺は扉を開けて、同じような雰囲気の廊下に出る。何これ廃ビル?
ドアが閉まる直前、ベロニカさんはこちらに聴こえるか聴こえないかぐらいの声でたずねた。
「あなたは……何者なの?」
あなたと同じ人間です。




