テコ入れというのは失敗することが多い
あれから、花凛さんが話してくれなくなった。教室などでは俺から話しかけることはまずないので、花凛さんと話すためにはあちらのアクションを待つしかない。えっ?何で話しかけないかって?
ばか、お前。俺にわざわざそんなことを言わせるのかよ。男子が女子に話しかけるのは恥ずかしいだろう。もういわせんじゃないよ。 花凛さんは授業中、休み時間にこちらををチラチラと見てくるだけだ。
部活もテスト期間に入ってしまったためないのもまた起因しているだろう。まあ、花凛さんはいつもはそんなキャラじゃないから大丈夫だろう。ほっとこう。
目下の課題としては花凛さんよりアリーさんにある。端的にいうと、なつき過ぎた。
***
ケースその一 『食事』
「蓮水」
「何ですか?」
「一緒にご飯食べよ」
「一緒に食べてるじゃないですか」
夕飯を食べながら突然トンチンカンなことを言いだしたぞ。てっちゃんと霞も頭にはてなマークを浮かべている。アリーさんを首を横に振ると、自分の横をポスポスと叩く。
俺と霞、アリーさんとてっちゃんで隣り合って座っているのからアリーさんが叩いた場所は丁度てっちゃんとの間のところになる。
「そこに行けばいいんですか?」
アリーさんはコクコクと頷く。まあ、別にそれぐらいなら。俺は立ち上がって移動する。霞が『あっ……』という声を出しように聞こえたが気のせいだろう。
というかこの席順だと霞が左利きで俺が右利きだから霞と肘がちょいちょい当たって食べにくいんだよね。霞に何回も場所を変わろうって言ってるんだけどな。
取り敢えずてっちゃんとアリーさんの中間くらいに腰を下ろす。すっとアリーさんとてっちゃんがシンクロするように真ん中に詰めてきた。
狭いんだけど。
「蓮水、あ〜んして?」
空気が凍る音がした。
「へ?」
「蓮水、あ〜んして?」
いや、別に聞こえていないわけじゃないんだよ? そんなに期待されるような目で見られても困るんだけど。雛鳥のように口を開けて待たれても。
「無理です」
「どうして?」
「いいですか。こういう事をするのは恋人同士ぐらいしかいないんですよ。俺とアリーさんは恋人同士ですか?」
「ううん」
「そういうことです」
「じゃあ、今から恋人ね」
「間違えました。あ〜んは恋人じゃなくてもやりますよねはい。親愛の表現でした。ということで、よーし頑張っちゃうぞー」
もはや、やけくそだった。自分がつくった食事で遊ばれたくないのか、霞が不機嫌オーラを出しているが、俺は見て見ぬ振り一択である。
うん。それにアリーさんがキラキラとした目でこっちを見てくるおかけで、恋人というか子供に食べさせてあげるみたいであんまりこちらも構えずにできそうだった。まあ、照れ臭いけどね。
「じゃあ、はい。あ〜ん」
やっぱり餌付けぽかった。
***
ケースその2『入浴』
突然だが俺は一番風呂である。霞が年長者を敬うという理由で譲ってくるからだ。まあ、基本的に俺は紳士だから、れでぃーふぁーすとを信条としているのだが『兄さんは、私の残り湯がいいんですか?それは……』と言われてしまってはこちらが意見を抑えるしかない。
いつも俺の意見はねじ伏せられている気もするが気のせいのはずだ。 ちなみにじいちゃんは離れの風呂を使っている。
そんな感じで今日も少し熱めの風呂を楽しむ。花凛さんのことをどうしようかという答えを出す気もない問いを考えつつ天井の水滴を眺める。
ガラガラ
だからだろう、ドアの方を全く見ていなかった俺はくもりガラスのドアの向こうでガサゴソしていたのに気づかなかった。ドアを開けて入ってきたのは全裸のアリーさんだった。タオルなどは持っていない。湯気さんは仕事をしていない普通の風呂。
その視覚の情報が脳にと届くまでやけに時間がかかった気がした。そのせいで目をそらすのも目を瞑るのも遅れた。俺の認識が追いつき慌てて目をそらした時には、それはもうはっきりと脳にインプットされていた。
透き通るような肌のアリーさんの肢体を。 頭の中でそのことしか考えれなくなるようだった。完全に目を奪われた。魅了された。あれ?アリーさんってサキュバスだっけ?
「入るね?」
「あ、どうぞ」
アリーさんが湯船に入ってきた。太ももに柔らかい感触。俺の両手はアリーさんに掴まれ、アリーさんを抱きしめるように前に。
ピチョンと天井から水滴が垂れた。
ポクポクポクチーン
「キャァァァァ!」
悲鳴をあげた。俺が。
色々動作が遅れたが、脱兎のごとく風呂場から逃げ出した。
脱衣所で息を荒げながら四つん這いになる俺(真っ裸)。何処からどうみても変態だった。いや、あのまま湯船にいても変態だったからなんの変わりもないか。ダメじゃん。
「もう出ちゃうの?」
寒いのかドアを少し開けて顔だけ出しながらアリーさんがこちらに問いかけてくる。夕飯の時と同じキラキラとした期待にこもった目だがあの体を見てしまった今、正直無邪気さとかは覚えなかった。 健全な男子高校生だから。
俺は四つん這いをやめあぐらをかいて座る。もちろんアリーさんには背中を向けている。
「え、ええ、もう温まりましたから」
「そう、じゃあ出る」
「ファ。ちょ待っ」
ガラガラ
「兄さん?悲鳴が聞こえたんですけど……一体何をしているんですか?」
風呂場のドアと脱衣所のドアがシンクロして開いた結果、俺に天国と地獄がもたらされた。
人の裸を見て天国とか言ってる俺気持ちわる。
「弁解をさせてください。霞様」
「滅」
いや、俺は妖とかじゃな……アッ
***
ケースその3『就寝』
「てっちゃん。アリーさんと寝てはくれまいか?」
クハハハ。先に対策を立てれば、こっちのもんよ。俺はもうあんな目にあいたくないんだよっ。あの夢のお風呂タイムの後何が起きたと思う?ふっ蹂躙さ……
さあ、てっちゃん、空気を読んで協力しようぜ。
「いやや」
「どうして?」
「そっちの方が面白そうだから!」
「はっはー出るとこ出るぞおらー」
「むむ、それはてっちゃんの出るとこが出ていない体を揶揄しているのか!」
「被害妄想乙。今の第二形態はそれなり出てるじゃん」
「女性に向かって胸が膨らんでいるとかお尻が出てるとか言って、失礼でしょうが!」
「まだ、食べているでしょうが」
「「イエー!」」
馬鹿二人だった。結局てっちゃんと楽しくお話はできたが、何も解決していない。
「あっ、そうだ。てっちゃんとアリーさんを誘って三人で寝ればいいんだ」
俺はこの時色々おかしかっただと思う。狂ってやがる。この提案があたかも、最良のように感じたのだから。少し考えればわかることだろうに。俺の精神の疲弊具合に涙が出てくる。クロニクル。
そして
「なぁ。アリーさんにてっちゃんや」
「「みゅ?」」
やだ、何それかわいい。
「なんで一つの布団で一緒に寝ているんですかね?」
俺を真ん中に両端にてっちゃんとアリーさんが寝ている。オセロだったら俺は女子になる位置だ。それはオセロか?
「「狭いから」」
「ならもう二つ、いやもう一つ布団を引こうよ」
「「寒いから」」
「絶対変わらない。しかもそれは一つの布団に無理矢理三人が入ってるせいではみ出してるからでしょう」
「「わかった」」
二人とも俺の腕を抱え込むように寄ってきた。
「まさかの墓穴」
そしてその行為によってフラッシュバック。風呂場の記憶。今の腕の感触と合わさって。
鎮まれ〜静まりたまえ〜荒ぶる魂よ〜
「ふふふ」
アリーさんの方を見ると小さく笑っていた。やっぱり無表情より笑顔が似合う。
「こんなに楽しいのは久しぶり」
「こんなに嬉しいのは久しぶり」
「こんなに温かいのは久しぶり」
「こんなに心地よいのは久しぶり」
「こんなに…好いのはひさしぶり……」
アリーさんは眠りについた。 その寝顔は何の不安も抱いてない赤ん坊のように穏やかだった。




