叱られる理由でよくわからないのは連帯責任
許嫁。なんて甘美な響きだろうか。その漢字2字若しくはひらがな5字からなる言葉は私たちに愛と勇気を教えてくれるのではなかろうか?
私たちではなく同士と訂正しよう。
また、許嫁とは数多くのドラマを生んできた。ラブコメにおけるハーレム要因は言わずもがな。望まれぬ政略結婚。権力に屈し男の欲望を満たすだけの結婚。それを助け出す主人公。式場に乗り込み駆け落ちをする主人公達に皆さんも心を震わせたのではないだろうか。
そういう面から言っても本来、許嫁とは一般人には到底関わりのない習慣である。古来より名家、貴族、王族に許されてきたものである。
ああ、あとあいつとか、あれあれ何て言ったかな。そうそう小さい頃の結婚の約束を破って金髪美人とくっ付いた自称公務員の三大嫌い主人公の一角を担う男とか。そこは寺さん一択だろうがぁぁぁぁ!
……失礼。つい本音が心の奥底から湧き出てきた。
それはともかく、許嫁とは過疎ってもいない町の一般人には何の関係もない話である。ましてや実は王族でしたなどとというフラグの王子のような設定はない。
では、そんな貴方の前に許嫁が現れたらどうしますか?しかもそれは自称でもなく、貴方の親御さんが連れてきました。とても美人です。
喜ぶ?、驚く?、戸惑う?、とりあえず立ち上がって壁に頭を叩きつける?そんなことをしてもそれは夢ではありません。
兎にも角にもとりあえずやったぁーとはならない。
***
空気が重い。息が詰まりそうだ。くそっ。体も冷えてきやがった。体をさすろうにも、この場から逃げ出そうにも体が鉛のようで動かない。まるで深い泥沼の中にはまったようだ。こんな過酷な状況がこの世にあるなんて聞いてない。
ああ、ついに絶望がその口を開く。
「で、お父さん。説明してくださるんですよね?」
親父にオンリー絶望だけどね。さあ、宴の始まりだ。血祭り血祭り。
親父の爆弾発言後、親父は正座。許嫁(本人未確認)の方には部屋に入ってもらってお茶を出すところまで流れるように移行した。
ちなみにその許嫁の方だが両手で湯呑みを持ってお茶を飲んでいて、かわいい。少し飲んで熱さと苦味に驚き、舌を出していて2倍かわいい。
しかし、二カ月ほど前には俺もああして正座をさせられていたと思うと感慨深いものがある。
「あれ、兄さんはなんで人ごとのように立っているんですか?そっちに座ってください。」
そう言って霞は親父の横を指差す。
Why?
「えっ、いや俺何にも関係ないよね?」
「兄さんまずは座ってください」
「そうだよ、お兄ちゃん。関係あるなしもまずは座ってからじっくり話し合おう」
「それは何かおかしくないか?」
「「いいから、Sit down」」
……まあね、俺も座りたかったしね。ああ〜どっこいしょ。
「では話を戻しますけどあの方は誰ですか?」
あれ?俺の話し合いはいずこへ?
「だから言ってるだろうにあれは蓮水の許嫁だって」
ザンっ
親父の膝の前の畳にフォークが突き刺さる。
「な・ん・で、そんなものが兄さんに居るのですか?お父さんは自分の家が名家だとでも思っているんですか?こんな歴史しかないただの平々凡々とした家を。そしてそれを体現して見せたかのような兄さんに許嫁など要りますか?兄さんですよ。兄さんの子種など私が欲し……ゴホン、この世に残しておくのももったいないものに何の価値を見出してるんですか?」
「お兄ちゃんのが欲しいなぁ♫」
てっちゃん、やめてくれ。そのタイミングで誤解しか生まない冗談を言うのは。というか霞の口からあんな言葉聞きたくなかったなぁ。
「いや、こんなことを思春期の娘にいうのもどうだと思うが、何も許嫁だからといってその男女のあれこれををすると決まったわけでは」
ザンっ
頭にフォークが突き刺さり気絶する親父。
「娘にセクハラですか?訴えますよ?」
ちょっとぉぉぉぉぉぉ!今日の霞さん危なっかしすぎるんじゃないですかね!情緒不安定にも程があるよ。実は全然余裕がないの!?
というかてっちゃんも『うわぁ、いっちゃてるわ』みたいな目で霞を見てないで止めてよ!
「では、兄さんはこのことについてどう思いますか?」
「あっ!それは私も知りたいかにゃ!」
こっちに矛先を変えやがった。
くそ、考えろ考えるんだ。ここで、選択肢を間違えたらバットエンド一直線だぞ。なんで許嫁というか甘々な話題なのに死が選択肢にあるんだよ。ひぐらしとかうみねことか鳴いてそう。
➀許嫁ができて嬉しい!→変態→badend
➁許嫁なんていらない!→嘘つき、変態→badend
➂無言を貫く→➀だとみなされる→変態→badend
➃逃げ出す→やましいことがある→変態→badend
➄理路整然と誤解を解いてみる→うるさい、変態→badend
はい、詰みました。
何が一番辛いかって、最後変態認定されてからのバットエンドがなかなかきつい。
このイベントまでに信頼度を上げてこなかった俺のミスですね。
ならば、見せてやる選択肢外の答えを。俺のターンドロー。
「俺、好きな人がいるんだ」
見たかこの俺の完璧な答えを。好きな人がいるという体で、許嫁は遠慮したいアピールをしつつも、好きな人に操をたてる感を出して清廉なイメージをあたえる。ふっ完璧だ。
あれ?反応ゼロ。というか女子二人活動を停止している?
「(ちょっと待ってください。今兄さん何て言いました。スキナヒトガイル?ええと言葉の意味がよくわからないんですが、これは外国語ですかね。でも突然外国語で喋り始めたのもおかしいですね。…まさか好きな・人が・いる。そんな兄さんに…そんな…一体どこの女が私の兄さんを誑かしたの?こんなことなら早くから花凛さん潰しておけば…いや、ちょっと待ってください…これは私への遠回しのアピールなのでは?そう考えれば納得がいきます。どうして急にそんなことを言い出したかも。少し兄さんに冷たくしすぎたようですね。それで心配になってアピールを始めんたんですね。そんなことをしなくても相思相愛、以心伝心ですのに。全くもう♫これだから兄さんは)」
霞はなぜだか超光速で頭を動かしているようだ。
てっちゃんは再起動すると、膝立ちになって俺の頰を撫でる。
「お兄ちゃん、待ってたよ」
「へっ?」
「やっと私を好きになってくれたんだね?やっとライクもラブもほとんど同じだということに気づいてくれたんだね」
「えっいや?」
「ううん、何も言わなくていいよ。一緒にお義父さんと戦おう。二人の前にもう止められるものなんてないんだから」
俺の頰を持ったまま、ゆっくりと顔が近づいてくる。俺は咄嗟に立ち上がろうとするが、正座で足が痺れその場で尻餅をついてしまう。
「もう、恥ずかしがらないで」
あの朝にパッとやれたようなものとは違う。俺に唇を見せつけるかのようにゆっくりとゆっくりと近づいてくる。
だんだんとだんだんと。
「あの」
「あひゃい!」
耳のすぐ近くから音が聞こえてきた。許嫁さんがしゃがみこんで俺たちとちょうど顔をわせるところまで接近していた。
ずっと放置させられてたからなんか言いたいことがあるのだろう。
「アリーは アリー・ウィーク。宜しく……です。」
「ど、どうもです」
まさかの自己紹介だった。天然なのかな?