外の世界と内の世界と自分の世界
「てっちゃん!どこだ!」
洞窟に駆け込む。洞窟の中は外の影響を受けておらずまるで別世界のように静かだった。ただ、洞窟の明るさは外の光に準しているのか、薄暗い。だから、てっちゃんの居場所はすぐに見つかった。洞窟の草原でほのかに光っているてっちゃんが座っていた。
「……お兄ちゃん?」
てっちゃんが、弱々しい声で振り向く。
「ごめん」
「何で、お兄ちゃんが謝るの?」
「俺がもっとうまくやっていればお前が、あんな扱いを受けずに済んだのに。もっと早く子供達の意図に気付いてれば……俺がそれを唯一理解できたのに」
あの村の中で、俺だけはてっちゃんが山に住んでいる事を知っていたんだ。そしててっちゃんの心配を俺は何もしなかった。天狗だから大丈夫だろうって勝手に思っていた。いや、そんな事を考えてもみなかったと言った方が正しい。
「お兄ちゃんはな〜んにも悪くない」
「だが」
「怖がられるのが怖くて、村の人達と交流してこなかった私の不備」
「……」
「さっき、弁明も弁解もしなかった私のせい。話せばわかったかもしれない。でも怖くて逃げてしまった私の行動がすべて」
「……あんな中で言える訳が」
「恐れちゃったんだ。自分の方がよっぽど怖い存在なのに。だけど、大丈夫。全然平気。慣れてる。むしろお兄ちゃんが私のためにそんなに一生懸命になってくれてラッキー。お兄ちゃんとふ、二人きりになれて……なれてばんばんざい……」
「なら何でそんな声を出すんだよ」
「声?」
「そんなにか細い声で、今にも泣き出しそうな声で、なんで強がるんだよ……」
「そんなことない」
てっちゃんは少し声を荒げ、強く否定の言葉を発する。でも、なら
「ならその天狗の仮面を外してくれ」
「ーーッ」
その水が滴り落ちる仮面を外してくれ。
「逃げたかったら逃げればいい。無理だと思ったら諦めていい。苦しかったら叫べばいい。泣きたかったら泣いていいんだ。隠す必要もない」
そんなの我慢することなんて辛すぎる。きつすぎる。心が壊れてしまう。だから何処かで抜かなければならないんだ。
ドンッ
てっちゃんが仮面を外して俺の腹の辺りに飛び込んでくる。目を真っ赤に腫らした顔で。
「あぁぁぁ!」
ただ、ひたすらなきじゃくるてっちゃんの背中を俺は撫で続けた。この小さな身体にどんなに溜め込んでいたことだろうか。涙が止まることなく溢れた。
***
「落ち着いたか?」
「うん、グズッ ありがとう。お兄ちゃん」
長い時間泣いたてっちゃんは、もう落ち着いていた。何かしらの言葉を発しながらぐずっていた時のことはもう取り繕っている。てっちゃんもひと段落したようだ。
今のてっちゃんは俺があぐらをかいた上に向かい合うように足と手で抱きしめた状態で座っている。顎が俺の肩の上に置いてあり、先ほどの言葉も俺の耳を直でくすぐり、大変こそばゆい。
子供が両親に抱きつくの同じことかな。自分を安心させるために抱きつくとかいう。
今はこんなに可愛い娘なのに成長したら罵倒の言葉しかいただけないなんてお父さん悲しいよ。話しかけては無視をされ、洗濯物は別々に。家庭での居場所などないお父さん。
「なんか変なこと考えてにゃい?」
「べ、別にあなたのことなんか考えてないんだからね!」
「あむ」
「ひゃん!」
首筋を噛まれた。甘噛みされた。
「次面白くないこと言ったら、もっとひどくなるにゃ」
「理不尽すぎる!だけどもっとひどいこと(意味深)か……あれ?ちょっとされてみてもいいんじゃないか。これ」
「がぶ」
「めちゃくちゃ痛い!」
そういう感じで、酷くなるんですね。わかりました。もう喋りません。面白いこととかハードルが高過ぎて迂闊に発言できない。
「ありがとう」
「えっ?」
「いや、お礼を言ってなかったなと思って」
「お礼ならさっき聞いた」
「あれは、泣いているのを慰めてくれた分。今のは、遊んでくれて、気にかけてくれて、追いかけてきてくれて、謝ってくれて、励ましてくれて、そして怖がらないでいてくれた分」
「いいよ」
「そして、さよなら」
はい?さよなら?何故?
気づいた。てっちゃんの身体が薄くなっていることに。
「本当は、一人でひっそりと消えようと思った。でも、お兄ちゃんが追いかけてきちゃったからなぁ〜」
「これはどうしてこんなことに?」
「言ったはず。天狗は消滅するって。てっちゃんは村の人たちから、存在を否定された。だから……もう」
「そっか……大丈夫」
「え?」
「だってきっと子供たちは、お前に感謝してるよ。どうなったかはきっと理解してないけど、てっちゃんに助けられたってことはわかってる。だから、子供たちには存在を認められてる。むしろ望んでるんじゃないのか」
「でも、村の大多数の人にはもう拒絶されているから」
「何人に拒絶されたら、消滅とか決まってんるの?」
「決まってないけど」
「なら、きっと大丈夫。大人の常識にガチガチにかたっまた考えより、子供たちの純粋な思いの方が絶対に強いから。だから、少しだけおやすみなさいだ」
てっちゃんはキョトンとした顔を晒している。かわいい。そしてひまわりのような笑顔が咲いた。
「はぁ〜やっぱりお兄ちゃんってバカぽい。本当に高校生?もう、こんな気持ちで消えてく天狗きっと過去にはいなかったよ」
「そりゃよかったな。みんな大好きでしょ?世界初とか世界新」
てっちゃんは首筋から顔を離すと、俺の顔を正面から見る。てっちゃんの黒々とした瞳に今にも吸い込まれそうだ。
「じゃあね、お兄ちゃん。おやすみなさい!大好き!」
唇に幽かに何かが触れた。




