主人公科・終盤目・精神論種
人間が自分の肌から透けて見ている血管はほとんどが静脈らしい。動脈というのはもっと中心にあるのである。だから手首の表面を切った所でそう簡単に死ぬわけもない。まあ痛いもんは痛いけどね。
俺は手首から血をドクドクと流しながらそんなことを思っていた。
「ちょ、ちょっと何やってんの!」
英さんが慌てたようにこちらの手首を掴んでくる。
「いや、まあ考えたんですけど。結局はおにを満たせればいいなら、血を提供しようかなと思いまして。ほら俺は多分うつくしひめの血が濃いと……おっ?」
ーバンっ
英さんに手首を掴まれたまま押し倒されていた。こんな短い期間に女子に二回も押し倒されてるとかどんな勝ち組だよ俺は。
英さんの目から理性の光が消えてるけど。これはビンゴかもな。蓮水くん大勝利なんじゃないでしょうか……って英さんが掴んでる所超痛いんですけど。何?これもおにの力なの?だからあの時も片手でスマホ割れたのか。
あっそうだ一応試してみるか……
「《英さん、手の力を弱めてください》」
………………ふむ弱まる気配なし。まあそりゃそうだよな。これができたらあの童話でもうつくしひめは自力で逃げれてたんだから。
大人しく英さんもといおにが満たされるの待つとしますか。
あれ?英さん?
***
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぃたい。ぅいたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。
今すぐにその血に貪りつきたい。
そんな感情が私の中を蠢いていた。私は私の中で漂っていた。考えることはできる。ただ、身体がうまく動かせなかった。外の状況もなんだかテレビを見ているように把握していた。
ああそうか。これが私の本能なんだ。そして今、ギリギリで止めているのが理性。ねぇそうなんでしょ?私の中のおにさん?
自分の欲求の根源を辿るとそこにはおにが立っていた。不思議な感じだ。蓮水くんの話なんて信じていなかったのに、まさか私の中でおにと出会うなんて。
……あっこれが私の痛い妄想という線もあるか。もしくは夢。願わくは後者であった方が心理的ダメージは少ないかな。
まあこの際どっちでもいいか。あなたから苦しいほどの飢餓感が伝わってくるのは事実なんだから。
身が擦り切れそうなほどに求めている。ねぇ貴方を満たせばこれは消えてくれるの?
でもねお生憎様。満足させる事はできなさそう。だってーー
今、私が押し倒している人のことを想う。遠江蓮水くんとのあらゆる場面を思い出す。
階段で初めて遭遇した時。一緒に部活動見学をした時。屋上で押し倒してしまった時。保健室で私の心情を吐露した時。ただクラスで話している時。喫茶店で私の悩みに乗ってくれた時。
どんな場面でもやる気の欠片もなさそうな顔をして。変なこととツッコミの時だけ少しテンションが上がったりして。女の子と居るのに普通に自分の世界に入っちゃうし。
だけどいつも文句も言わずに、あんなに振り回したのに優しくしてくれて。こんな私を受け入れてくれて。あなたと一緒にいる時が本当に楽しくて。遠慮なく寄りかからせてくれて。そんな人で。
蓮水くんがいけないんだ。こんな私に優しくしてくれちゃうから。
最初は利己的な目的で近ずいて、途中から少しの憤りと意地で付き纏って、そして最後にはーーー
私はもう満たされているよ。胸いっぱいに溢れているよ。きっとこれはあなたが昔、貰ったもの。崖で少女に助けられた時に湧き出たもの。
そう私、英 花凛は遠江 蓮水に惚れてしまったのだ。
***
英さんがまったく動かなくなった。何どうしたの?なんか俺失敗しちゃった?何かの琴線に触れちゃった?
ヤバいどうしよう。このまま血だけではなく肉まで食われちゃうかも。ハムハムされちゃうかも。やだ何それ英さんにだったらやられたいかも。
フラリと英さんが動き始める。顔がどんどん下がってくる。やっと血を飲んでくれんのかな。いや正直に言うと掴まれているところも切った所も結構痛いんだよね。早く済ましてくれるとありがたい。
英さんの唇が遂に俺の体を貪ってきた。それは手首などではなく………俺の唇(•)だった。
「ンーーーーーーー」
え?え?え?どういうこと?英さんの舌が躊躇いもなく俺の口の中を蹂躙してくる。なんかやばい。
そんな1時間にも思えるような接吻を終え、光が戻った英さんが一言。
「ふう……満たされた」
そう言って唇をぺろり。
……何が何を満たしたの?
俺なんかもしかして生気とか吸われちゃったの。おににそんな力があるなんて。大丈夫か俺。魂削られたんじゃない?
満足気に笑っている英さんをみる、ああきっと解決できたんだなと思うと毒気を抜かれる。一気に気も抜けたのか脱力感に襲われる。頭もクラクラするな。
これ貧血だ。グッバイ意識。
遠くで英さんが呼びかけているのを聞きながら俺は意識を手放した。




