#1-4 剥離 - detachment -
#1-4
死にたい────。
徐々に日の傾く薄闇の中で、僕は無意識にそう呟いていた。
このまま生きていても、同じ日々が続いていくだけ。
やりたい事も無い、才能も無い、そんな僕が幸せな日々を歩めるはずがない。
そんな考えが一瞬にして脳裏を過る。
深い寂しさ、思いや絶望や哀しみが心の奥底からどっと込み上げ、涙が勝手に溢れた。
ベッドに横たわり、ただ天井を見つめ、はっきりと目を見開いたまま僕は泣いた。
ただひたすらに、無為に過ごした「日々」が降りかかる。
誰にでも「好き嫌い」や「夢」なんていう「その人を形作る要素」があり、それに向かって歩みを進め、生きている。
でも、それが僕には無い。ただただ、無為に、無思考に、日々を生きていただけだった。
好きなことも、やりたいことも、叶えたい夢も、何も無い。
僕は誰かに先導されるままに、それにくっついて、何も考えず歩いていただけだったのだ。
僕は枕が濡れそぼるほどに、声を殺して泣きじゃくった。
薄闇が闇へと変わるまで、僕は泣いた。
泣き終わった後、僕は外から差し込むわずかな光だけで遺書を綴った。
両親への懺悔。
帰宅寸前に僕に酷い言葉を吐いた、優弥への憎悪。
死ぬ理由。
上手くはない字で好き勝手に綴ったその遺書を握り、僕はベランダへ出た。
ベランダにあったエアコンの室外機の上に無造作に遺書を置き、僕はベランダの手すりに手をかける。のぞき込むと、マンションの8階から見える景色は僕を地面へと誘っているようだった。ここから地上への距離なんてもう測れないくらいに地面は黒く染まっている。死神が微笑むかのような高い音で、遠くからトラックのブレーキ音が聞こえた。
汗が滲んだ僕の額を小さな生暖かい風が撫でる。僕はそれを合図にしたかのように、震える手に力を入れてベランダの手すりを掴んで身を乗り出した。
ゴォォォ
今度は先ほどとは違う大きな風が僕の体を煽った。
風を受けた僕はバランスを崩しそうになり、乗り出していた身を戻してしまった。
死ぬのが怖い────。
────怖い、怖い、怖い、怖い。
死の恐怖からか、自分が情けなくなったからか、僕はベランダにしゃがみ込み、また泣いた。
…………────「 俺信じてるんだよな、あれ」
突如僕の脳内に優弥の言葉がリピートされ、体の動きが止まる。
────「世界の何処かに「願いの叶う部屋」があるらしいぞ」
続けざまにその馬鹿げた文字列が思考の中に浮かんだ。
死にたい、でも、とても怖い。痛いのも、苦しいのも嫌だ。自殺を謀ったけれど、自分の臆病さ、与えられた恐怖を乗り越える事が出来ず躊躇して、情く泣いている。
臆病で、何の力もない僕がこの状況から脱するには、もう誰かに殺してもらうか、事故で死ぬくらいしか無かった。もう、僕は少しでも可能性があるかもしれないあの話」に縋るしか手段が思いつかなかった。
僕はこの時、とても強く、今まで思った感情のどれよりも強く、「死」を願った。
────その刹那、メッセージの受信を知らせるベルの音が部屋の中に響く。
………[[新着メッセージが一件あります。]]
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