#1-2 自己同一性 - identity -
#1-2
「あいつ、「404 Room<<ノットファウンドルーム>>」を探しに行って失踪したって……」
僕はこの時その事実を初めて知った。
失踪事件について知っては居たが、そもそもそんな「他人事」には特に興味もなく、その当事者が「八重崎」だと言う事も正直どうでもよかった。
しかし彼の話によると、二日ほど前に日本全国各地でニュースにもなった失踪事件らしい。
忽然と消えた彼の消息は二日たった今でも不明で、失踪の原因は彼の部屋にあった「404 Room」に関する異常な程の量の資料によって「404 Room」を探しに出た先での行方不明」と仮定されている。
「そうなんだ……それで?」
当たり障りのない相槌を打つ僕に対して、彼は呆れたような表情を浮かべながら軽蔑するように静かに切り出した。
「………まったくお前はいつもそうだよな。何を話しても興味無さそうだし。お前まだ行きたい学校とかも決まってねえんだろ?そんなんじゃやばいぜ。もうちょっといろんな事に興味を持てよ」
突然自分の核心を突かれたような発言をされ、僕は伏し目がちで彼から目を逸らす。
「お前に話した俺が馬鹿だったわ。じゃあな」
黙りこくった僕を後目に彼は自分の机からスクールバッグを掴んで足早に教室から消えていった。
僕以外誰も居なくなった教室で時計の秒針の音だけが鳴り響く中、彼の鋭利な言葉が僕の心に突き刺さり、僕の中で彼への憎悪が沸き立つ。
でも、思えば今までやりたいことや自分の将来、夢なんて事考えた事もなかった。
気づけば周りは夢へ向かって歩きだしていて、自分の個性を伸ばそうと頑張っている奴、周囲から評価を受けて才能を認められる奴、そんな希望に溢れきらきらした世界が周囲に溢れている中で、僕はたった一人取り残されてしまったように感じる。
僕は産まれてから今までの間、なんとなく日々を過ごし、なんとなく学校に通い、なんとなく勉強をし、なんとなく人生を歩んできた。それについて今まで何も考えた事もなかったし、それでいいんだと思っていた。
そう、僕には周囲から認められる才能も、夢も、個性も、やりたいことも、興味も、何も無い。
さっき彼から突然発せられた言葉で、僕はその事実に完璧に気づいてしまった。
薄々気づいてはいたが、僕はそんな事実から目を逸らしながら、知らないふりをしながらここまで過ごしてきた。
足早に成長していく同級生たちを見て認識した「自分がその速度に取り残されている」という事実から逃れる為、周囲に話を合わせ、あたかも自分もそうであるように振る舞っていたつもりだったのだが、周囲から見た僕は「同類」では無かった。
彼の言葉から察するに、きっと僕の振る舞いが「嘘」だと言う事は一目瞭然だったのだろう。
僕は今まで誰にも夢や希望を語った事が無い。
そんな人間の話には「説得力」が無い。
取り繕っていた「ハリボテ」は「だれがどう見ても偽物」だった事に、今まで僕は気づいていなかった。
この時、僕は「自分の無さ」に、絶望した。
しんと静まり返った教室の中で、今までの日々が僕の肩に重くのしかかる。
僕は机の上に散らばった教科書やプリントを静かにかき集め、自分のスクールバッグにしまい込んだ。椅子からゆっくりと立ち上がり、バッグを肩にかける。差し込む夕日の眩しさと暖かさが痛い。
誰も居なくなった教室は、「お前だけがこの世から取り残されているんだ」と僕に突きつけている様に思えた。
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