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人々が求めているのは、結果であり評価である

 理解されないものだな…

 実生活で、ある出来事が起こって、あらためてそれを実感した。


 結局、人々が求めているのは結果なのだ。表面的に見えている部分。中身ではない。

 中身が、良いものであるかどうか?それは、2の次。まずは、評価であり、結果である。


         *


 たとえば、ここに1つの作品がある。それは、音楽でも絵でも、何でもいいのだが…とりあえず、小説としておこうか。

 その作品を、名のある文豪が発表したとする。夏目漱石でも誰でもいい。

 その文豪が発表した作品と聞いてから、読む。すると、そのような読み方になる。

「フム。これが、漱石の作か。となれば、この部分は、こういうコトを言いたかったのではないだろうか?あるいは、こう解釈すべきか?作品全体では、こういったテーマを描きたかったのだろうな」などと、深く考えてみる。


 それに対して、それを無名の新人が書いたと知らされたとする。

 すると、読み方は、こうなるだろう。

「なんだ、これは?何が言いたいのかよくわからないな。文章も回りくどいし。もっと、読者に伝わりやすいように、ストレートに表現すればいいのに」

 読み方が適当になる。浅くなるのだ。


 これは、ちょっと極端に表現してみたけれども、大なり小なり、こういった傾向はどの作品に対してもあるだろう。


         *


 もっとわかりやすい例もある。

 ポイントや売り上げ数に応じた“数”である。


「あ!あの作品は、たくさん売れてからいい作品なんだ」

「これは、ポイントがたくさんついているから、おもしろいに違いない!」

 このような感じ。もちろん、中にはひねくれ者もいて、“数が売れているから”とか“世間の評価が高いから”という理由で、逆に見る目が厳しくなってしまう人もいる。

 これはこれで、正当な評価がくだせていないのだが、こういった人の割合はかなり低いだろう。多くの人は、“たくさん売れているから正義”となっている。

 中には、中身に全く触れずに「あの人は、有名だから」とか「たくさん売れている本だから」といった理由で評価を決めてしまう人さえいる。


         *


 逆を言えば、「売れていない作品は悪。価値はない」そういう発想につながっていく。

 ところが、そうとばかりは言えない。人々に注目されていないから、“先入観で価値がないと思われているだけ”こういうコトも多いのだ。

 実際の価値は高いのだが、読んでいる人が、それに追いついていなくて理解できていないという場合も多々ある。

 もちろん、“ただ単に駄作”というモノだってある。


 “真に価値が高いのに、認められていないだけ”と“評価もされていないし、単なる駄作”この2つを見極めるのは、非常に難しい。

 これは、小説だけではない。絵でも音楽でも映画でもアニメでも何でも同じ。その作品の作者が生きている時代には認められなかったものが、後の世になって非常に高い評価をされるというコトが起こるのは、こういう理由があるからなのだ。


         *


 さて、どうしたものだろうか?

 ここで、僕は悩む。

「現代の世界の人々に理解できない作品を生み出し続ける僕が悪いのだろうか?」

 それとも…

「それを理解してくれない人々の方が悪いのだろうか?」

 この結論しだいで、僕は生き方を変えなければならない。

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