悪いのは、作品か?それとも、読者の方か?
肩が重い…
ちょっと肉体的疲労が溜まっているな。ひさびさに、休みにしてもいいかも知れない。気が乗ったら、他の小説を書こう。乗らなければ、完全にお休み。
昨日の夜、寝る前にベッドの上で横になって、ひさびさに読書に没頭した。深夜にも関わらず、夢中になって本にかじりついていた。読んでいたのは、海外のSF短編。
そこで、ふと思った。
「これって、“小説家になろう”で発表しても、まともに評価されないだろうな…」と。
タイトルは、非常に地味。文体も堅苦しく、あらすじだけ読んでも、なんということもない。何がおもしろいのか、サッパリわからないだろう。SFだというのに、舞台は現実の世界。というか、現実にあり得たかも知れない世界。いわば、“架空歴史モノ”だ。
日本では、あまり有名な作家ではないけれども、海外ではそれなりに評価されている。いくつも、短編の賞を受賞もしている。
この作家の特徴は、非常に丁寧な描写をする所にある。逆を言えば、読みづらい。パッと本を開いてみて、1ページ目で挫折する読者も多いことだろう。途中まで読んでみても、何が言いたいのかよくわからない。けれども、最後まで読めば、意味がわかる。パッと世界が開けて、「ああ!そうだったのか!」と膝を打ちたくなる。まるで手品のようだ。
この小説を、このまんま“小説家になろう”のサイトに公開した所を想像してみる。もちろん、そんなものは規約違反だ。法律にも触れる。だから、実際にはやらない。ただ、想像はしてみる。すると、どうなるだろう?
きっと、このような批判の嵐だろう。
「タイトルが悪い」「あらすじがなっていない」「そもそも、基本的なストーリーがなっていない」「読んでいて退屈。眠くなる」「無駄な文章が多い。描写は、もっと簡潔にするように!」「最後まで読み通せませんでした」「1ページ目でブラウザバック余裕」などという感想であふれ返ることだろう。
そもそも、感想すらつかないか。評価ポイントは1ポイントも入らず、お気に入りもつかず。無数の作品の中にただ埋もれ、沈んでいくのみ。
さて、この場合、悪いのは作品の方だろうか?それとも、読者の方だろうか?




