ある小説家になれない男の話
さて、と。ここで、1つ、僕は残酷な話を書かなければならない。非常に残酷な話だ。
だから、できれば書きたくない。書きたくはないのだが、書かざるを得ない。その理由は、皆さん、ご承知の通り。僕は、小説の神と対決しようと目論み、究極の小説家を目指す者。そういう者であれば、誰でも残酷な話の1つや2つは書いておかなければならないものだ。きっと、小説の神であれば、そうするだろう。
では、始めようか。
ある所に、1人の少年が住んでいました。
少年は、「将来、自分は小説家になるのだ」と信じて疑いませんでした。「小説家になって、みんなから認められ、チヤホヤされるのだ」そんな風に考え、そうなった時の自分の姿をイメージしては楽しんでいました。
少年が自分で書いた小説を読ませると、周りの人達は、とても喜びました。
「わ~、凄い!」
「とってもおもしろいよ!」
「君ならば、きっと、プロの小説家になれるよ!」
みんなは、そんな風に褒めてくれました。
少年は、その時、まだ10代の若者でした。
それから、10年の時が流れました…
さて、少年は、一体、どうなったでしょうか?
実は、相も変わらず、小説を書き続けていたのです。周りの人達は、とっくの昔に就職し、仕事人としてマジメに働くようになっていました。それでも、少年だけは、小説を書くことに没頭していたのです。
いえ、実を言えば、没頭はしていませんでした。ボチボチと小説を書いたり、書かなかったり、あるいは書けなかったりする日々を過ごしていました。そうやって、時々、小説の賞などに応募しては、落選するということを繰り返していたのです。しかも、そのほとんどは1次審査での落選でした。
さらに、10年の時が流れました…
さて、少年はどうなったでしょうか?
もはや、少年とも言えぬ年齢に達し、男はそれでも小説を書き続けていたのです。
相変わらず、小説を書くことだけに没頭したりはできず、小説を書いたり、書かなかったり、書けなかったりを繰り返していました。そうして、小説の賞に応募してみたりするのですが、やはり落選ばかりでした。ただし、今度は、2次審査まで進めます。時には、3次審査まで通過することもありました。
けれども、そこまででした。決して、それ以上に進むことはありません。
さらに、10年の時が流れ、男は40代の年齢に達していました。
それでも、同じように小説を書いたり、書かなかったり、書けなかったりしています。
賞の方は、どうでしょうか?最終審査まで進むようになっている?いいえ、決してそのようなことはありません。結局、2次か3次審査止まり。男の成長は、ここで止まってしまっていたのです。
もう10年の時を進めてみますか?さらに、もう10年?それとも、ここでやめておく?
一応、見ておきますか。
50代になった時、男は小説を書くのをやめていました。プロの小説家になるのを諦めてしまっていたのです。その理由も聞きますか?その後、男がどうなったかも聞きたい?
でも、もしも、その質問の答が「男は、既にこの世には存在しなかった」だったら、どうします?
ま、この辺でやめておきましょう。
さて、プロの小説家になることを目指し、結局、そうなれなかった男の敗因は何だったのだろう?
小説の神に、その答を聞いてみるとしようか。
「そんなものは、簡単だ。答は、決まっている。アイツは中途半端過ぎたんだよ」
小説の神は、そう答える。
そこで、僕は質問を続ける。
「中途半端?何が中途半端?」
「何もかもだよ。書いている作品も、その執筆に対する姿勢も何もかもが、だ!」
その後、小説の神が語った話を要約しておこう。
第1に、書いている作品の内容。無難過ぎたのだ。
確かに、それなりにいいモノは書いていた。だが、それなりは、それなりだ。それ以下でない代わりに、決してそれ以上にもなれない。
「どうせだったら、毎回、1次審査で落ちるようなモノを書いておけばよかった。その方が、まだ見込みがあった。そういうのばかり書いている者は、いきなり、世間の脚光を浴びる日がやって来るものさ。ただし、それは、そいつが生きている間とは限らんがな」
小説の神は、そう語っていた。
第2に、小説に対する姿勢。執筆態度。
「書いたり、書かなかったりではいけない。書けなくても、書くんだよ。書きたくなくても、書くのだ。それができる者だけが、この世界では生き残る」
他に何人の小説家志望者がいると思っているのだ?その中でも抜きん出た存在にならなければならない。にも関わらず、「書けないから書かない」などと言っている内は、まだまだ甘い。そういった者達の中でトップに立つことなど到底できはしない。
それに、どうせプロになったら、そうせざるを得なくなるのだから。書ける時に書くだけでは駄目だ。書けない時でも書けるようにする。プロになる前から、そういう癖はつけておかなければならない。と、小説の神は、そう語った。
大きくわければ、この2つ。他にも細々したことはあるが、とりあえず重要なのは、この2つなのだと。そういう話だった。
そうして、この男のような人間は、この世界に無数に存在する。僕は、そういうタイプではない。僕が小説家になれないのは、もっと別の理由。“読者のコトを考えて書けない”とか、そういった理由。
だが、僕も彼らも“小説家になりたくてもなれない者”である点においては、全く同じなのだ。




