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鏡花の恋

 泉鏡花は、若い頃に1人の女性に恋をした。「どうやら、相手の女性も自分のコトを好いてくれているらしい」と、鏡花は察する。それは、そのしぐさや雰囲気から伝わってくる。

 けれども、鏡花は、その思いを素直に伝えるコトができない。それどころか、わざと意地悪をしてみせたりする。その女性が書いた文章を、徹底的に批判してみたりするのだ。

 あげくの果てには、愛する女性に、別の男を紹介したりする。

「君、この人と結婚しなさいよ」とかなんとか言いながら。


 僕には、この気持ちがよくわかる。鏡花は試していたのだ。相手の女性の愛が本物なのかどうか。もしも、本当に自分のコトを愛してくれていれば、どうなるか結果はわかっている。断るに決まっている。

「私は、そんな人とは結婚できません。なぜなら、別に好きな人がいるのだから」

 と、こういう答が返ってくる。返ってくるに決まっている。

 そうしたら、どうしよう?そうだ、次はこうだ。

「ほう。他に好きな人がいる?それは、誰なんだい?」と問いかける。

 相手の女性は、恥じらいながら、答える。

「それは、あなたよ」と。

 あるいは、答えなくてもいい。答えないというコトは、答えたのと同じ。「それは、あなたよ」と答えたいけれども、恥ずかしいから答えられない。そういう意味。ただ、頬を染めるだけ。それだけで構わない。

 そう、鏡花は考える。


 泉鏡花が、好きな女性に、別の男性を紹介してから、しばらくの時が経った。

 彼女が、鏡花の元を訪れる。開口一番、こう言い放つ。

「今度、私は結婚することに決めました」

「僕が紹介した男性かい?」

「いえ、違います。あの縁談はお断りいたしました」

 ほら、きた!次のセリフは決まっている。「結婚する相手は、あなたです」と、こうなるに決まっている。完全に計算通りだ。

 そこで、そのセリフを引き出しやすくする為に、鏡花はこう言ってやる。

「ほう。で、その結婚したい相手というのは誰なんだい?」

 ところが、相手の女性の口から飛び出した名前は、予想もしなかったものであった。

「この方です」と、教えられたのは、1人の挿絵画家の名であった。それは、泉鏡花が大嫌いな奴だった。心底嫌っていた!そう、その女性は、わざと鏡花が嫌いな人間と結婚するコトに決めたのだ。

 そうして、実際に嫁いでいって、数年後、病気になって死んでしまった。


 相手の女性の名は、薄氷。“薄氷”と書いて、ウスライと読む。

 いかにも幸が薄そうな名前である。“美人薄命”という言葉もあるが、その人生が短命に終わってしまったのにも頷ける。

 名前が全てを決めるわけではないだろうが、“名は体を表わす”とも言う。


 ネーミングのセンスからすると、師匠の尾崎紅葉が名づけたのだろうか?(泉鏡花の名も、紅葉が与えたと聞く)

 だとすれば、なんという名を与えてしまったのだろうか…

 だが、だからこそ、物語としては美しい。2人の恋は最高に美しく輝く。その名前からして、既に。


 僕は、泉鏡花の書いた作品を読み進めることができない。

 けれども、その人生には非常に興味が湧く。時には、心の底から共感してみせたりもするのだ。それは、このようなエピソードがあるから。好きな人に、素直にその思いを伝えるのは難しい。それは、大人になってからも同じ。その愛情が強ければ強い程、その傾向も強くなってゆく。

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