六本指の貴婦人
「六本指の貴婦人」
夏の太陽をじっと見つめているうちに、回りが暗くなってくる。瞳がチカチカと星を生み、気がつくと夜の国にいる。
夜の国の重力がずっしりと肩に食い込んできて、この国に住んでいる大人たちは皆、背をかがめて歩いている。
子供達だけが夜の重さに気付きもせず、はしゃぎ回って走っている。
空を見上げると、六本指の貴婦人が退屈げに針を空に並べている。
針は素晴らしく銀色に光り、一瞬のうちにすい星のように夜空に吸い込まれていく。
夜は重たくて腰を上げていられないので、大人たちはすぐに座ってしまう。
そこここに座り尽くす大人たちが、夜の貴婦人のちょっとしたいたずらに悲鳴を上げている。
貴婦人は白い指で針をすくい、つんつんと大人たちをつつく。けれど走り回ってとめどない子供達をつつくつもりは毛頭ないようだ。
大人たちの見るはかない夢は、昼の世界へいくことらしい。
六本指の貴婦人にとって、それは別に悪意あるちょっかいではないけれど、大人たちの心は傷つけられるのだろう。
私もそろそろ帰らないといけないのだが、夜行列車がまだ到着しない。
重い腰を上げて、いたいけな子供達の群れをかいくぐり、プラットホームに立つと、六本指の貴婦人がそっと指をのばして、プラットホームの線路を針で縫い上げていく。
長い銀色の糸が、夜の色に映えて、かなたへと消えていく。
夜行列車の汽笛の音がこだまする。
大人たちはあこがれの目で私を見つめる。
夜の国は私の故郷ではないのだから、夜の貴婦人も私をとめはしない。
夜の暗闇のはざまに、優雅にしなだれて座り、針で空を縫い上げていく。
子供達が夜の重さを知るまでには、六本指の貴婦人の海図はできあがるのだろうか。
汽笛が響き、私は列車に乗り込む。
夜の境目に吸い込まれていく銀色の針の線路を伝って夜行列車は消えていく。
この次に夜の国を訪れるのはいつのことになるだろうか。