覚めない悪夢
白い部屋、消毒液の匂い。ここは病院だった。
私は病室で目を覚ました。
駆けつけてきた看護士さんやお医者さんの話によると、どうも私は高い所から落ちたらしい。頭も打ったらしく、いろいろ質問攻めにもされた。疲れた。
事態があまり呑みこめない。ワンダーランドは? ラビは? あれ全部夢だったの?
混乱して医者の質問に答えられないでいると、ゆっくりでいいと言ってそこで切り上げられる。
とりあえず、自分でも頭の中を整理してみようと思った。看護士さんが一人残ってくれて、質問に答えてくれるみたいだ。
「あの、落ちたって聞いたんですけど、どういう状況だったんですか?」
「あまり詳しいことは聞いていないのだけれど、ビルの外階段から落ちたらしいわ。老朽化かなにかで、急に階段が壊れて、バランスを崩したんじゃないかって話よ」
「どのくらい寝てたんですか?」
「そうね……二週間くらいかしら。頭を打ったみたいだけど、そこまで高くなかったから、他に大きなけがはなかったのよ。それは不幸中の幸いね。でも、打った場所が場所だから、どうなるかわからなかったの。目が覚めて本当によかったわ」
「家に帰れます?」
「明日から検査で、数日拘束されるけど、何も危険なところがなかったら帰れるわ」
「……お父さんに連絡できますか?」
「さっき連絡したら、すぐ行きます! って言ってたわよ。もうすぐ来るんじゃないかしら? ……いいお父さんね」
来ないでほしいから連絡したかったんだけど、とは言えない。心配させて申し訳ないなー、とは思う。
とりあえず、今の私の状況はなんとなく、わかった、気がする?
看護士さんに鏡を見せてもらったけど、頭に包帯を巻かれて、ちょっと大げさじゃない? と思った程度。いたって普通な一般日本人女子高生的な顔。
そう、一般的日本人。
短めの黒髪、ちょっと色素は薄いかもしれないけど黒目で、いたって平凡な顔。
あんな月みたいにしなやかな銀の長髪じゃない。あんな海みたいな深い青目じゃない。あんな人形みたいにきれいでかわいい顔じゃない。
うん、私はやっぱりアリスじゃなかった。
でもやっぱりアリスの夢は、私の記憶に刻みついている。アリスと私は同じだったんだって、思ってしまう。
何でだろう? あれはただの夢? それとも本当に起きたこと? でもそんなはずないじゃない。だって現実はここだって、頭ん中が肯定してる。
じゃあ、なんだったの? 簡単に全部夢だったと割り切れない。説明つかないけど。
そう、だってあの世界だったら姉さんが、まだ、いたかもしれない。まだ会えたかもしれない? だって一回会ったんだもの。
それこそ願望が夢になって出てきただけなの? だって会えるはずないものね。
あぁ、だめだ。わかってるけど、わかりたくない。頭も心も整理がつかない。
とても疲れて、ぐったりとベッドに横たわる。看護士さんが布団をかけてくれて、何かあったら呼ぶように言って離れて行く。
ありがたい。少し一人になりたかった。
そう思った矢先に、病室の外からダッシュ音が聞こえてくる。
うるさいなぁ、病院で走るなよ。
イラッとしてたら、その音が私の病室に到達した。
え、ちょっと?
「××! 目が覚めたって!?」
……あれ?
「お、父さん?」
「あぁ! よかった。心配したんだぞ、××! 姉さんみたいにお前までいなくなるんじゃないかって……!!」
お父さんはそのまま私のベッドまで走ってきて、私を抱きしめた。
さっき出て行った看護師さんがちょっと迷惑そうに覗き込んできたけど、仕方ないとでも思ったのか、肩をすくめて部屋の扉を閉めてくれる。
お父さんが、スミマセン。
じゃなくて!
「あぁ、××! ××!」
どうしよう。呼びかけられているようなのは理解できるのに、その内容が理解できない。
そういえば、医者の質問にも答えられないものがあった。たぶん、その答えは、これだ。
「お父さん、仕事は?」
「早退してきた! ××の事が心配で……」
「誰の、ことが、心配って……?」
「? お前だよ、××」
「……それ、私の名前?」
「!?」
力いっぱい抱きしめてきたお父さんが、今度は恐る恐る離れて行く。そして肩に手を置いて、私の顔を覗き込んだ。
目を合わせて、私の言葉の真意を探ろうとしてくる。
「××……?」
「……」
「××、お前、自分の名前……」
「ごめん、状況で呼ばれてるってわかるけど、わからない」
理解できない。音として理解できるけど、頭の中に残らない。それが私の名前だと言う気持ちにもならない。
あぁ、そうだ。アリスって私の名前じゃないって、それだけはわかったけど、本当の名前なんて覚えてなかったじゃないの。
あの夢は、本物だ。わたしはきっと、夢の中に名前を置き忘れてきた。それが、あの夢が現実だって言う証拠だ。
ほかにもきっと、もっとたくさんの記憶を残してきたんだと思う。夢から覚めたから、少し思い出せる幅は広がったけど、まだ開けてないカードは半分もある。
それだけの記憶を、私はまだ思い出していない。
でもどうしよう。もうあの夢に戻る方法なんてない。
わからない。
ナイナイ尽くしで、いやになる。
絶望に彩られたお父さんの顔から眼をそらした。見続けていることなんて、無理。
忘れてきた記憶の中で、重要なのはどれくらいだろう。日常生活には戻れるかな。でも、家族の生活的にはどうかな。
ラビ、あんたが誰かから聞いたことは事実ね。現実も、悪夢。マシかなんてわからない。いっそあの世界で、誰かのために死んだ方がよかったのかもしれないわね。
悪夢は、まだ続く。
いまいちけがの程度とか、どのくらいの高さから、とかはわかってませんが←
まあ、白兎の恩恵とか、そういうワンダーランド補正がかかったものと思われますな(適当




