夢覚めて、悪夢に起きる
ジャックの助言により、グレイからもらった笛を吹き鳴らして走る。どうも私と会う前にディーとダムに会ったらしく、そこで事情の説明はされたとか。
まぁ、それだとありがたい。私は説明できるような状況じゃないし。
でもさ、確かに今は救援してほしいよ? 助け欲しいよ? だからって笛吹き続けるのは危なくないか? エースに場所教えてるようなもんじゃんか。
一回も後ろを振り向かないけど、エースの気配でも感じているのか、ジャックはくねくねずっと走り続けている。
もうここがどこだかわかんないし、グルグル同じとこ回っているのかもしれない。これからどうすればいいのかもわからない。思考停止感がすごい。
囮になるって、私ががんばるって言ったのに、結局今はジャックに全部背負わせてしまっている。
突き刺さった剣は抜いたけれど、それで余計出血が酷くなってるみたい。腕を伝ってぽたぽた垂れて来てるし、大丈夫じゃないよね?
手を放して他の道に行けばジャックは見逃してくれるかなって思うけど、まずジャックが私の手を放してくれない。ジャックだけ逃げればいいのに、それをしてくれない。
私はどうしたらいいの。ねぇ、無力で無能な私はどうしたらあなたたちに報いれるの?
「アリスぅ? 大丈夫?」
ずっと前だけむいて走ってたジャックが、突然後ろを振り返ってきた。
「?」ピィっ
「いやさ、そんな体力なさそうだったから、笛吹いて走るのは厳しいかなぁってぇ? ごめんねぇ。もうちょっと余裕があれば抱き上げるんだけどさぁ」
「……」ぴぃぴぃ
「あははっ。何言ってるかわかんないけどぉ、吹き続けてねぇ。頼んだよぉ!」
普通に笑いかけてくれるジャックに、安心してしまう。さっきとても怒っていたから、それなのに味方してくれて、混乱してしまったから。
だからいつも通りの笑顔がちょっと落ち着く。まぁ、そんなこと思ってしまう自分が汚く思えるのだけれど。
「あっ、やばっ!!」
後ろを見ちゃったからか、ジャックが道を間違えた模様。うっかり袋小路に迷い込む。
「あ、はは、は……かなりやばめぇ?」
「そのようだな?」
すぐに出ようと思ったけれど、時すでに遅し。エースが出口をふさぐように立っていた。
ジャックは辛そうに剣を構える。……辛そうにってエースに向かっていることもあるんだけど、顔色がヤバい。息もちょっと荒い。前私を持って走ってもそこまで疲れてなかったのに……。
「ジャック、も、いいわよ……」
笛をポケットに突っ込んで、走り続けてがくがくな足を無理やり前に出す。ジャックの前に出ようとしたけど、それは止められた。
「ダメだよぉ。何のために俺が来たと思ってんのぉ?」
「でも」
「いーんだよ! だって俺達も来たからなっ!!」
ジャックに反論する前に、上から声が降ってきた。声というか、声と一緒にウサミミ美女も落ちてきた。
「ミカぁ!? どっからきたのよ!?」
「兎だかんな! 脚力には自信あるぜ?」
大ジャンプにも限りがあると思うのよ!?
「よぉよぉ騎士様お二人。それぞれな意味で世話んなったみたいだなぁ?」
ミカは私たちの間に入って、エースの事を睨みあげた。
「オメェの事は大嫌いなんだ。ぶちのめす」
「ちょっとぉ! ダメだって!!」
「うっせぇ! お前には礼を言っとくぜ。サンキュな。で、だ。とりあえず後ろ行け!」
「う、後ろに道は」
無いと言おうとしたら、後ろから熱気を感じた。何事かと思って振り返ると、ちょうど壁になっている生垣だけが燃えていた。別に他の生け垣とは離れているわけでもないのに、何故かそこだけが燃え上がっている。
ぽかんとしてると、生垣が燃え崩れて、生垣の後ろからグレイが姿を現した。
ちょっと、何のマジックですか……?
「すまない、ちょっと遅れたかな?」
「え、いや、え……?」
「おい、ここは陛下の大事な庭なんだがな?」
気障ったらしく帽子に手を当てるグレイに反応できない私の代わりに、エースが頭を抱えて文句を言った。
いや、ツッコミ所はそこじゃない。え、そこじゃないよね? 何? マジックは日常茶飯事なの?
「ふふっ、それは失礼。だが悪いね。ここに道を作らせてもらったよ!」
よくわかんないことを高らかに宣言するグレイを見て、エースが一言。
「修繕費は帽子屋につければいいか」
そこじゃないと思うのよ、エース……。
事態についていけない私の背を、ジャックがグレイの方に向かって押した。
「アリス、ぼぅっとしてないで行ってぇ!」
「え、あなたこそ!?」
「兎さんだけじゃ押さえられないし、二人っきりにしたら確実に殺るか殺られるかになるぅ!!」
それはそうだ、と納得するけど、でもあんたも瀕死に見えるから今は逃げた方がいいんじゃないかって言いたい。
抑えられないくらいに強いなら、エースは放っておいていいんじゃないかしら、とは言えないけど。守りたいの、わかってるから。
「帽子屋さぁん!!」
「わかってるよ!」
グレイが私の手をさらって走り出す。
「ちょっと、ジャック! ミカ!?」
「俺の頑張り無駄にしないでねぇ!!」
「行けよアリス! ……さようなら!!」
え、さようなら? さようならって何よ? もう会えないみたいな言い方に聞こえるの、気のせい? ちがうわよね?
ねぇ、ちょっと待ってよグレイ。何があったのかよくわかんないけど、話をさせてよ。
声にならないまま、グレイのせいで私の足は進んでしまう。すぐに曲がって、もう三人の姿は見えない。
「ねぇ、グレイ!?」
「悪いね、お嬢さん。私は話しながら走るなんて芸当、難しそうだよ」
すでにグレイはちょっと息が荒い。
「この引きこもりぃ!!」
「頭脳派と言ってほしいなぁ!!」
八つ当たり気味に暴言を吐いたら、グレイは一息に反論を返した。走り続けの私より呼吸リズムがおかしいのはなんで!?
どうしよう、頼りないとか思ってしまった。やっぱ私一人で走ったほうがいいんじゃ……。
「お嬢さん、舐めないでほしいね。これ、でも! 私は役付なんだよ?」
顔バレレベルじゃなくグレイには筒抜けな私の心の声は、ここでも届いてしまったらしく、グレイが私を振り返って怒ったように笑った。
「あー……くねくね曲がるのが悪いんだよ。直線ならまだ……ふふっ、全部燃やしてしまおうか!!」
グレイが壊れた。
呼吸が整ってないのに笑い始めて、ひぃひぃ言ってる。それからどこからともなく本を取り出して、生垣に突っこみ始めた。
「え、ちょっ!?」
ぶち当たる、と思った瞬間、生垣が一瞬で灰になった。
ぽかんとして見てたら、目の前にある生垣が次々に燃え上がって一本の道を作った。
わぉ、魔法かしら? なんてワンダーランド。
「あっはははは!! もえてしまっ、げほっ!」
走ってハイになってるのか、グレイは大きく笑い出した。次の瞬間には息できなくて咳き込んでたけど。
「?」
城の門が見えてきた。それと、たくさんの人……あれはトランプ兵。
あ、まずい。逃げ道をふさがれた。
「どうやら、正式に、捕獲、命令でも、出されたかな? はぁっ」
捕獲命令? でも戦闘開始したのって結構さっきの話よ? 早くない?
兵士達の人垣を前に、やっと立ち止まった私たち。グレイは私の手を放して、膝に手をついて息を整えている。
私もヤバめだけど、グレイよりは余裕ありそう。
「どう、するの? これ、さっきみたいに、燃や、したり、はしないわ……よね?」
生垣と人垣、似てるけど全然違う。
「私はやってもいいけれどね。ふぅっ。罪悪感もないし。けほっ、でも、君が嫌そうだからやめておくよ。うぅん、でも、はぁ、どうしようか? げほっ」
人垣がこちらを向く。見つかった。隠れてもなかったけど、状況は悪くなるばかり。
「お姉さん!」
「お待たせ!」
右と左、両方から声が響いて、人影が姿を現す。
「でぃー、だむ……なんでぇ……」
ちょっと、やめてよ、何? 皆続々と出て来てさ、助けに来てさ、これ、なんか、漫画の最後とかみたいじゃない?
最終回で、皆集結するみたいじゃない?
ねぇ、私死ぬの?
「死なないよ?」
「そのために来たんだよ?」
「「変なこと言わないでよ、お姉さん」」
二人が困ったように笑いながら、私に抱き着いてきた。
子供体温とその無邪気な感じにほっとするけど、鎌が、鎌がちょっと怖いデス! すぐ出したり消したりできるならしまってから抱き着いてほしかったかなっ!
「トゥイードル。私は後衛がいいんだが……早くきてくれないかっ!?」
グレイが何をしているか理解できないけれど、魔法? してるのかな。それで、兵士たちをとどめているらしく、包囲網の狭まる時間がゆっくりだ。でもやっぱ一人は厳しいらしい。
「「はーい」」
双子は元気よく返事をして、私から離れて鎌を持ち直した。
「そうだお姉さん」
「僕たち頑張るから」
「でもお姉さんは逃げてね」
「道案内はそこにいるからね」
二人が指差した先には、赤いベストの白兎。
「ラビ? ……ちょっと! 怪我してるじゃない!?」
赤いベストを染めるまだらな赤が、ところどころ茶色っぽくなっていて、普通の赤じゃないことを伝えてくる。……血じゃないの?
それに右耳の先っぽが、少しちぎれたようにギザギザになっている。顔色も悪いし、何があったの?
「……すみません、アリス。今は、逃げましょう」
そう言ってラビは私に手を差し出す。
その手を取るのに躊躇したが、まだそばにいた双子に思いっきり突き飛ばされて、ラビの胸に突っこんだ。
手を取るとかそう言うレベルじゃなく、ラビにぶち当たる。抱き留めてもらったが、足が限界近いんだって! 転ぶとこだったよ!?
「「ほら、早く行って!!」」
まだぼんやりしていた私の代わりに、ラビが私の手を取って走り出した。
「ちょっ」
またこのパターンですか。ソウデスカ。
「あぁ! 白兎!!」
離れて行く私たちに、グレイが大声を上げて言葉を投げかける。
「私たちは降りたよ!! トカゲもイモムシももういいと。チェシャ猫は勝手にすればいいと言っていたよ! これで半数だ!!」
よくわからないグレイの言葉に、双子も続いた。
「「僕たちもだよー!!」」
「あぁ、これで過半数! なら白兎、君の願い、叶えるといい! 君の好きに、するといい!!」
グレイの言葉が遠ざかっていく。私には理解できなかったけど、ラビはわかったようで、私の手をつかむ力が一瞬強まった。
ぴんと立った耳がちょっと垂れて、少し見える横顔が泣きそうに歪む。
「ラビ?」
「アリス、行きましょう。あなたの望む場所に」
「え?」
私の望む場所? それってどこよ? 私の望む場所なんて、ここにはなかった、よね……?
グレイと双子が開いてくれた道を走り抜けて、城の門を通り、森の中へそれていく。
木の根で足場の悪い道をラビはヒョイヒョイ走って行く。けど私はもう転びそうだ。
逃げなきゃいけないのはわかってるけど、そろそろヤバい。膝が大爆笑しそう。
「らびっ、らびぃ!!」
「すみません、失礼しますね」
そう言うとラビは私を抱き上げて、飛び跳ねるように走り始めた。
上下する感覚はあるけど、衝撃はそこまでない。麻痺っちゃってるのか、ラビの足が衝撃吸収するようにしてくれているのか不明だけど、楽。ちょっと息抜きできそうで、よかった。
しばらくそのまま走ってもらって、ある地点でラビが止まる。
「アリス、降りてもらえますか」
「あ、はい。……ありがとう」
ここがどこだかわからない。森の中には変わらない。
ラビの表情はすごく硬くて、青ざめていて、泣きそうで、辛そうで、話しかけづらい。
でも聞かないと始まらないわよね……。
「ラビ、あの……」
「アリス」
わざと、話しをさえぎるように、ラビが私に呼びかける。
そして寂しそうに笑った。
「すみません、アリス。巻き込んでしまって。でも、もう解放してあげます。そう、皆が許してくれたから」
「解放? 許す? どういうこと」
「わからなくていいです。わからないでください。私の我がままで、周りの全員振り回してしまいました。あなたにも、謝罪してもしきれません。それでも、申し訳、ありませんでした……」
そこでラビは頭を下げる。耳がペタンと下がっていて、とても哀れっぽい。
「ここがせめて良い夢になればと思っていました。ですが、あなたにとってはとても嫌な悪夢でしたね」
ラビは頭を下げたまま、話し続ける。
「一生責めてくれていていいのですけれど、忘れた方があなたのためでしょう」
「ラビ?」
やっとどうにかしないとと動き出した頭が、とりあえず口を動かした。
「現実こそ悪夢、という人もいますが、どうでしょうか。あなたの現実がどうか、ここよりもマシな悪夢でありますように」
急に顔を上げたラビと、目が合う。涙にぬれたルビーはキラキラ輝いていて、とても綺麗だった。
吸い込まれるようにその瞳を見つめると、とん、と肩を押される。
疲労の溜まった体は、簡単に後ろに傾いだ。崩れた体勢を立て直そうと、足を引いたら、そこには地面がなかった。
不思議に思って後ろを見ると、穴が見える。穴、穴だ。真っ暗な穴。底が見えない穴。
すべてがスローに見えて、ゆっくりと浮遊感に包まれているのを感じた。助けを求めようとラビに手を伸ばすも、宙をかく。
落ちる。
「さようなら。どうか、お元気で」
穴の縁に立ったラビの声が、何故か耳の傍で聞こえた。
どんどん光が遠ざかって、辺りは暗闇に沈む。私の意識も、暗闇に沈んだ。
そして私は目を覚ます。
白い部屋。消毒液の匂い。ここがどこだかわからない。
だけどなぜかはっきりと理解する。白兎の言っていた、私の望む場所。それは、ここだ。最初から望んでいた、私の帰る場所。
あぁ、私は、現実に目が覚めたんだ。




