突撃、正面のお城
時間は昼。私はアリス装備に身を包んで、カードをしっかりと持ち、城の真正面に立っていた。
私の隣にはトカゲさんのキャスケットを被ったチェシャ猫。帽子の色は若干薄らいだけど、まだ赤茶色が染みついている。
ネネはファンタジー能力でトカゲさんを探すため、眠っていた。だからチェシャ猫に背負われている。
ディーとダムは先に、違う道から入るらしい。グレイとミカは少し前にお別れした。何かあった時用にって、小さな笛を渡された。全員逃げるときは一回、トカゲさんを見つけたら短く二回、助けが欲しかったら何回もふけって。
でもさ、これ聞こえなくない? 門と城でさえかなり離れてるんだけど、門の外で待機してる二人に届くの? ミカは任しとけって胸を叩いてたけどもけども。
まぁ、そんなことどうでもいいか。
突入だ。
城の門と城の間にある薔薇の迷路を抜けている途中、それは急に現れた。
緑と赤の中、突然の黒。そこだけ闇に染まったようで、不吉で、一瞬気付かず通り過ぎた時、視界に引っかかってぞくっとする。
思わず立ち止まった私に、不機嫌そうなチェシャ猫が振り返った。そしてたぶん、先を促そうと口を開く。その前に、後ろから声がかかった。
「遅い帰りだな? むしろ、よく帰ってきたと言えるか?」
その声に、チェシャ猫も毛を逆立てて警戒を強めた。
チェシャ猫が最初気が付かなかったのもしょうがない。だってそこは横道だったから。そっちの方に私が立っていたから。
でも、動物が混じってる人は気配に敏感だって聞いたんだけど。なのに気が付かなかったんだ? 私より、気配に敏感なくせに、気が付かなかったんだ?
半分以上ぼんやりとした頭で、ゆっくりと振り返る。
その人も、ゆっくりと生垣の間から姿を現した。
「エース……」
「やぁ、アリス。護衛から逃げ出した挙句、無断外泊とは……思ったよりいい子ではないんだな」
見つかった。思ったより早い。しかもエースは無表情。確実に怒ってる。
これは、どうだろう。敵対してしまったということだろうか? それともまだ話してるから、大丈夫?
「そこにいるチェシャ猫は、ここでは大罪人でな。一緒にいると、君も罪人として扱わなくてはならないんだが……庇ったりしないな?」
『君も罪人として扱わなくてはならない』。なら、まだ私は大丈夫。庇ったら、ダメだけど。
いや、どうせ庇うんだ。ヤバいと思ってた方がいい。
ごめんなさいね、ディー、ダム。普通に帰れっこなかったのよ。謝れっこないわ。しかもチェシャ猫もいるのよ。例えまだエースが私を守る側だったとしても、女王様の命令でチェシャ猫討伐とか出てたら終わりじゃない。私も敵になっちゃうわ。
「私、今ゲームの最中なの。そっちこそ、邪魔、しないでくれないかしら?」
足ががくがくする。無意識に後ずさりそうになるのを、抑えた。
詰まりそうになる息を、意識して吐き出す。吐かないと、吸えない。吸わないと、頭が回らない。そう、言ってた。誰だっけ? まぁいいや。
さあ、さあ、働け頭。このまま切り抜けられる? チェシャ猫は、大丈夫? 冷静かしら?
「そう、ゲームの最中。邪魔しないでよ!!」
チェシャ猫がそう吠える。一応、建前は覚えてるみたい。キレてはいるけど、ちゃんとまともな対応はしてくれている。大丈夫。
「アリスの命を狙ったのにか?」
「そう、だからだよ! ゲームに負けたらアリス殺すの! それなら誰も邪魔しねぇだろ!?」
「はっ。それを俺が許すとでも?」
エースの言葉、聞き逃しそうだったけど、ギクッとする。
それ、どういう意味? 私を守るの優先するって? あぁあああ、ほんと、意味わかんない!
どっちにしろ、チェシャ猫は倒すんでしょ? なら、私のやることは一つね。大丈夫、揺らげない。
「ゲームの邪魔すんのはルール違反だぞ!!」
「それが、本当のゲームだったらな?」
バレテーラ? かまかけかしら? せっかく内容まで考えたのにね。でも、変なこと言ったら余計突っこまれそう。
ハッと鼻で笑うエースは冷静で、感情は読み取れなさげ。でも、こっちがどういう意味だとか聞くわけにもいかない。
「でも、私には数少ない希望なの。邪魔、しないでね?」
エースは動かない。襲ってくるようでもないけど、退いてくれそうもない。もしゲームだと信じても、後つけられそう。それは困る。
じゃぁ?
「チェシャ猫、あんたとエース、どっちが足速い?」
エースの視線からチェシャ猫を隠すように、前に出る。これで庇った判定される? 簡単に殺されるとは思えないけど、エースの表情が少し曇った。危ないかもしれない。
「直線なら、あいつ。……五秒、いや、三秒でも引きつけられたら、ここなら俺のが速い」
周りは薔薇の生け垣。猫ならするっと行けるみたいな? そうだね、猫には猫の通り道があるらしいし。ネネがいても関係ないかしら。
「でもさ、ふーん? 本当に囮になるつもりなんだ?」
後ろからうかがう様な声が寄る。エースに聞こえないようにか、とても小さな声で、耳元で囁かれた。
ネネが起きてたらいろいろ言われそうだけど、今は夢の中だ。大丈夫。……後がちょっと怖いけど!
「やる、やるわよ……ふぅ」
本当は多分言っちゃいけないんだろうなー。でもこれが一番動揺させられそうなんだよなー。傷つけるだろうなー。でも私、まだちょっとかなり、怒ってるの。良いよね? 少しくらい復讐したって。
すっと息を吸って、少し止めて。まっすぐエースを睨み付ける。でも、表情は極力なくして。
だってその方が、本気だって思うでしょ。むしろ笑った方がいいかしら? あの時のグレイみたいな狂った笑い。あれ結構怖いと思うの。どうかしら。
「あなた、私の姉さん殺したんですってね。どぉ、だっ、たぁ?」
今どうなってるかちょっとよくわかんないけど、声が詰まって変に伸びた。言おうとすると、ぶちぎれちゃいそうで、表情作るどころじゃなかったわ。顔の筋肉が痙攣してる気分。強張って引くつく感じ?
ホント、どういう顔してるんだか。
エースは怪訝そうに眉をひそめた。意味がわからないって顔。
「ふふっ、わかってよ。あなたが殺した、私の姉になりそうな人って言ったら、白兎が連れ込んだ人間しかいないじゃない」
私の言葉がしみ込むように、徐々に徐々に、エースの目が驚愕に見開かれる。
察しが悪かったのね、あなた。ここの世界の住人じゃない、わ・た・し。の、姉なんて、限られるじゃない。当たり前でしょ?
頭いいと思ってたのに、何で気が付かないのかしら? ねぇ、姉さんの事、忘れてて、思い出せなかっただけじゃないわよね?
唇の端が吊り上っていくのがわかる。もう意味がわかんなくなって、怒りが、悲しみが、混乱が、積もり積もって一周して、逆に可笑しくなってきちゃった。
「前回のアリス。あの人、私の姉なの」
エースの表情が、今度ははっきりと、歪む。嘘だ、信じたくないって顔。
ねぇ、エース。私だって信じたくないのよ。姉さんが何回も死んじゃったなんて! 殺されたなんて!!
「ねぇ! 姉さん殺したの、あんたよね! 何で、どうして!? 何で姉さんは殺されなきゃいけなかったの!? ほんの少し夢を持っただけだわ! それがなんで死ななきゃならないの!? 返せ! 姉さんを返してよ!!」
言ってるうちにヒートアップしてしまった。ここまでいうつもりじゃなかった。でも頭が真っ白になって、次々言葉があふれ出してくる。
殺してやりたいほど、憎いって、思えてきてしまう。
あああああああ!! 許せない! 姉さん、を、ころしたなんて!!
私が原因なのを棚に上げて……違う。私が何度も原因になったのなんて認めたくなくなったんだ、この場になって! だから全部エースになすりつけようとしてる。八つ当たりもいいとこね。
なんて汚いんだろう、私!!
そう頭の中の冷静な部分が理解していても、麻痺した大部分が勝手に口を動かしていく。
「このっ!!」
人殺し。そう言おうと思った。もしくは、裏切り者。かもしれなかった。
でも言えなかった。言う前に、剣が割り込んできたから。
エースと私の間を断ち切るように、剣が地面に突き刺さる。視界に映ったのは、血みたいな真っ赤。
「そこまでぇ!! やめてよぉアリス!」
ジャックだ。ジャックがエースをかばうように、私を睨みつけている。剣先は地面に埋まったままだけれど、怒気はこちらに向かってた。
何よ何よ。あんたはそっちの味方なの??
と、思ったけど……。
「うわっ!? ちょ、エースぅ!!」
背を向けていた方から斬りかかられて、慌ててジャックは体を半回転させて受け止める。
「そこどけ、ジャック」
「退かないよぉ! ねぇ、喧嘩しないでぇ?」
喧嘩ってレベルか?
「これが喧嘩に見えるのか?」
私の心の声とエースの実際の声が被る。あぁぁああ、腹立つな。
「喧嘩じゃなくてもぉ、ダメだったらぁあああ!!」
上から押さえつけるようだったエースの剣を弾き飛ばし、ジャックは私の方に向かってきた。思わず逃げ出そうとするけど、あっちの方が足速い。
簡単に手を取られて、そのままジャックは走り続ける。
「え、ちょっと?」
「逃げるよ、アリスぅ!」
ハぁ? 私を助けに来たの? 邪魔しに来たの? どっちなの?
そういえば、元々の目的はチェシャ猫のための時間稼ぎだ。あの二人はもういない。いないけど、できる限り足止めはしないといけないと思う。
「ダメよ、私っ」
「ねぇ! 俺の言ったこと憶えてないの!?」
まだ足止めしないと、そう言う前にジャックが私に向かって怒鳴った。
すごく、怖かった。
「俺、エースの事信じてあげてって言ったじゃん!! 全部エース一人のせいにしないでよ! エースのことよく知らないくせに、汚い手を使わないでよ卑怯者!!!!」
卑怯者。その言葉がグサッと刺さる。
ええ、ええ。知ってるわ。ごめんなさい。私のせいよ。わかってるの。でも、私もそうだけど、傷つけたエースも許せないのは本当で。
でもやっぱり原因の私がなじる権利なんてない。罪を全部押し付ける権利はない。
卑怯者。それは、正論すぎて心が痛い。
汚い手。自分が責任逃れしたのを見透かされたみたいでとても心が痛い。
「ぐっ」
ジャックがくぐもった声を漏らして、思わず下がっていた頭をあげて彼を見る。
私の手をつかんでいる方の肩に、短剣が突き刺さっていた。そのせいか、私の手が痛いほどに握りしめられる。
「ジャック!?」
「だい、じょうぶぅ!! 俺、騎士だからさぁ、守るよ、アリス。だから頑張って走ってぇ!!」
結構痛そうなんだけど。引っ張られるように走ってるから、後ろ姿しか見えないけど、声が震えて辛そうなんだけど。
なんで私を守るわけ? さっきだってエースのために怒ってたじゃない。親友に刺されるほどなのに、なんで私の手を放さないわけ? このままエースに私を突き出せば、ほめてくれるんじゃないの?
そう思うけど、ジャックは私の手を放さない。直線の道は危ないと判断したのか、迷路の枝分かれを次々曲がっていく。私にはもうここがどこだかわからなくなった。
もう終着が見えない。私のせいで、騎士二人の仲が悪くなったの? 傷つけあうような関係に、私がしたの?
あぁ、私はまた色々なものを壊してしまったの??




