アリスが去ったお茶会議
「そうだ、アリス」
「何よ?」
「次はあっちの方へ行ってみるといいさ」
「ハ?」
「ふふっ、楽しい、が待っているかもしれないよ?」
「……分かった。行ってみるわ。素敵なお茶をありがとう」
「いいや。……またね、アリス」
「じゃーなーっ」
「じゃーねー」
どう納得したのかは知らないが、仕方なさそうに、けれど、ちゃんと私の言った方向にアリスが進んでいくのを見て少し口角が上がる。
「はー、あれが今回のアリスかぁ……気の強そうなやつだったな」
「そうだね。だが、時々はいたものだよ、ああいうアリスも」
「そうなのか?」
「そうだよ。断言してもいいね」
だって、全部のアリスを、“私”は見てきたのだから。
「ふーん、グレイがそう言うんならそうだろうなっ」
ミカは私に従順だ。本当に、まっすぐ私を見つめてくる……。
「ねぇ、グレイ」
「どうした、ネネ?」
今まで眠っていただろうネネがいつの間にか起き上がって私を見つめていた。
「狸寝入りかい?」
「どうしてカードを開かなかったの?」
「……」
いつものとぎれとぎれの言葉ではなく、いつもの眠たそうに少し開いた眼ではなく、私の言葉を無視して言った、その力の強いこと。
「ふふっ、どうしてだろうね」
「あなたは何を思ったの? 何を感じたの? どうしてあのアリスには協力的ではないの?」
「おいネネ! グレイに向かって何を……」
「落着けミカ」
銃を抜きかけた彼女に、制止の声をかける。
「っ、はい……」
本当に、彼女は私に従順だ。ウサギではなく犬なのでは?
そんなことより。あぁ、面白い、が止まらない。ネネがこうも反抗的だなんて……。
「今回のアリスはだめだった? だから見捨てるの?」
「見捨てるか? 見捨てるわけでは」
「だってそうじゃない? いつもだったらアリスに力を貸していた帽子屋、じゃないの?」
「……」
「グレイがあのアリスはいらないって言うなら、僕だけでも力を貸してあげる。あなたみたいな薄情者に、従ってなんかいられない!」
そう言ってネネは席を立とうとする。
「待ちなさいネネ」
「何?」
低く地を這う様な声。私に対する目線は凍てつくよう。
私は思わずにやけてしまう。そしてさらに冷たくなるネネの視線。
「まぁまぁ。……ネネはどうして白兎がここへ来るよう言ったと思う?」
「え? ルールじゃ……あれ?」
そう、そんなルールはない。では白兎の気まぐれ? そんな適当人間ではなかったはずだが。
「なんでだろうね。彼は今回のアリスに何を感じたのだろう。何を思って私の邸まで来させたのだろう」
「……」
「気になる、とても面白そうだ。今回のアリスは、彼を、いつもの彼でなくさせた。それはとても興味深い。だから私は今回いつもと違うことをしてみたくなったのだよ」
そう、白兎と同じように、違うことを。
「今回のアリスこそ、求めていたアリスかもしれない。真実、《主人公》となれる、ね」
「……」
「大丈夫だよ。あのアリスは、絶望の中だ。だからこそ、希望になれる」
「どういうことだ?」
「絶望?」
「あの目を見たかい? あれは生きる気力をなくした目だよ。生気のない、濁った宝石。心に大きな傷を抱えている、脆くて儚く、無限の可能性を秘めた原石」
表情は仮面をかぶっているようだった。感情は元々あったものをなぞっているだけ。滑稽な道化を見ているようじゃないか?
「あのままではだめだが、この世界でどうなっていくものか……考えるだけでゾクゾクするよ」
彼女の望んでやまない、けれど拒否したい世界。愛おしく、憎しむ世界。
「えーっと、グレイ? 俺にはあんたの言ってることわかんねぇよ。バカな俺にもわかるように言ってもらえね?」
「同じく。まぁ、僕はミカより頭いいと思うけど」
「喧嘩売ってんのか、ネネ?」チャキっ
「やる? ミカ?」じゃらっ
「こらこら、君たち?」
「「……」」
本当に、この二人は血の気が多くて困る。
「ともかく。彼女には期待を込めて、まだ様子見、ということだ」
私はそう言って席を立ち、空中からステッキを取り出す。
「グレイ? どっか行くのか? だったら俺も」
「ミカ、君はここの片づけをよろしく頼むよ」
「えー」
「……一つだけ答えて?」
「なんだい? ネネ」
「絶望が希望なの?」
「……今までのアリスは夢にあふれていた。無邪気に、純粋に。だからこそ、そのままではいけなかった。だとしたら、絶望を抱える彼女は、その絶望でもって私たちを……」
「そう、分かった……。それ、で……どこ、行くの……?」
眠たそうな喋り方。とりあえずは納得してくれたようで何より。
「ふふふっ、秘密だよ。君もお留守番だネネ」
「……りょう、しょう……」
さぁ、行こう。悪夢の続きを見るために。
見届けよう。私たちの行く末を。
聞き届けよう。この世界の断末魔。
最後まで、最期まで……
「でもまぁ、そんなすぐに終わってもらっては、楽しくないからその辺も調節しないといけないな……? 私の助言キャラが発揮されるのはまだまだだなぁ……♪」