やられてもやりかえせない、でも殴る
「アリスが思ったより強くて、僕は安心」
反撃の決意を固めたところで、上から声が降ってきた。
ここにはグレイと二人きりだと思って色々やらかした感がある私は、めちゃくちゃぎょっとした。顔もぐちゃぐちゃだし、グレイの服もぐちゃぐちゃしちゃったし、なんかもう、色々やばい。
あわてて周りをきょろきょろ。
「やぁ、ネネ。ぴったりだね? 時間でも測ってたかい?」
「うるさいよ、あなたじゃないんだから」
グレイが視線を上にあげたので、つられて私も見上げる。するとネネがふわふわと笑って、本棚の上に腰掛けていた。
「ふふっ、もう起きる時間だよ、アリス」
ネネはどことなく楽しそうに笑い、本棚から飛び降りた。落ちるかと思ってビビったけど、重さを感じさせないゆっくりさで床に足をつける。
……あ、ここって夢の中だったっけか。
ワンダーランドを感じて遠い目をした私の手を、ネネはさらっていく。
「アリス、帰ろう。現実の世界に」
「え、あ、うん。あ、でも!」
片手はネネの手に掴まれたけど、もう片手は本を抱きしめたままだ。片手で持つには少し重い。でも、手放したくない。
「どの道現実には持って行けないよ。それは《帽子屋》の記憶であって、本物の本ではないからね。すまないけれど……」
グレイが私の手の中の本を指差し、謝ってくる。
「それは、わかるわ……」
「頭では分かっても、気持ちでは分かりたくないかい? ……ギリギリまで持っていくといい。夢から覚めれば消えてしまうが、その重さを腕に焼き付けて?」
「……そうね、ありがとう」
姉さんの重さ、しっかりと腕に刻もう。片手だと落としてしまいそうで不安だけど、そのくらい姉さんの命は重いって。本の重さなんてたかが知れてるとは思うけど、それでも、この本の重さは、私には重い。
手を引くのは決まり事なのか、ネネが私の手を握って小さく謝ってくれた。
大丈夫って返して、ネネの案内に従う。
一回グレイと本棚の世界を振り返るけれど、気が付いた時にはもう後ろは何もなかった。ただよくわからない色が混ざり合った空間だった。
「すぐ、目が覚めるよ。迷わないでね。迷っても、探し出してあげるけど、夢の中で迷子になったら大変だよ」
くすっと笑うネネは可愛いけど、やっぱりいつものぽやぽやしたネネの方が少し安心する。
「そ、う? じゃあ、こっち、する……ね?」
くすくす笑いが止まらないネネは、うん、そっちの話し方の方が似合ってた。かわいい。
目が開いて、光を見て、ここはどこだったか考える。
あ、帽子屋邸。夢から覚めて、現実に。
……現実、現実……。
「寝ぼけてんのか?」
「どわっふ!?」
「うわっ!?」
急にウサミミ美人が視界を埋め尽くして、びっくりして頭突きしてしまった。申し訳ない。頭痛い。
「いて~よ、アリス……」
「ご、ごめんなさいミカ……」
そんな朝の目覚めだった。
って、朝ぁ!?
「え、丸一日寝てたの!? マジで!?」
「ネネん話だと、夢の世界からはちゃんと帰ったし、体が疲れて起きれなかったんじゃねぇかって」
「体が……」
「もしくは精神的に?」
「せーしんてきに……」
それ大分ヤバい状況なんじゃ?
「でもま、起きたならいんじゃね? 朝飯あるけど……先にシャワーでも浴びるか?」
ミカの言葉に、何もする気が起きないことに気が付く。体が重くて、頭が重くて。
姉さんの事を思い出して、でもやらなきゃいけないことを思い出して。
色々な記憶がのしかかってきて、身動きが取れなくなったような、そんな感じ。
でも動かないと。それにはまず何が必要か。
夢で泣いたからか、今も顔がカピカピしてる気がする。嫌なことを思い出したからか、変な汗もかいたかも?
「……シャワー借りようかしら? 一回水被って身も心もすっきりしたい気分」
「オーケー。じゃ、ちょっくら準備してくるな。ただ、水はやめろよ? 風邪ひくかもだかんな」
「へーい」
「あと、膝の傷もちゃんとすすぐように」
「わかったわ」
そうしてシャワーを浴び、すっ転んで見た目大袈裟な傷になったとこに消毒して、それからご飯を食べた。
フランスパンみたいなやつにベーコンとレタスを挟んだ、がっつり目のサンドイッチ。
でもなんかお米食べたくなってきた。おいしいんだけどね、ミカの作ってくれたサンドイッチ! グレイの淹れてくれた紅茶もおいしいんだけどね! 麦茶も恋しいかな!!
「ふふっ、それで? これからまずは、どうするかい?」
今日は屋敷内の一室で、外にあるどでかいテーブルじゃなく、四人分でちょうどいい丸テーブルを囲んでいた。
もう三人は朝ごはん食べ終わっていたのか、私だけがもぐもぐしてる中、正面に座ったグレイがにやにや笑って聞いてくる。
私だけ食べてるって、なかなか恥ずいんですが。観察されてる気分。やめてくれよ。
とりあえず口の中に入ってたものを飲み込んでから考える。気分的に飲み込みづらくなった。食べ終わるまで何も考えたくはなかったけど、どうせ頭の片隅にずっと引っかかったままだから変わらないか。
さて、どうしよう。
「そうね、まずはチェシャ猫と合流かしら? それから城に突撃ね」
「それは、また……ずいぶん、直球だね?」
さすがにもっと対策練ってくるだろうとでも思っていたのか、グレイは呆然としたように呟いた。
「まともに作戦練るような頭、私にはないわよ」
そう言ってから、サンドイッチの残りにかぶりつく。咀嚼しながら頭を動かした。
ある程度の道は知ってるけど、そんなの大きな道だけ。罪人を閉じ込めておくような場所なんて知らない。心当たりもない。
ならそこは投げるしかないし……ディーとダムがいれば協力してくれるかしら? 一応カードになってくれたわけだし。でも道知ってるかな?
だとしたら、ラビはどうだろう。宰相さんだし、道は知ってそう。でも、協力は微妙。……でも、ねぇ、前回のアリスが私の姉だと知っていた? それなら少し、ラビに苛立ちを覚える。なんでそれなのに私を連れてきたの。わざわざ姉妹で連れて来て、意味はあったの? ……考えても仕方ないし、言っても解決するかわからないけど、ちょっと、イラつく。
でもそれは今は置いておこう。トカゲさんを優先しないと。
前回のアリスについて後悔しているなら、ラビは私に負い目があるはず。実際にかなり思いつめてるみたいだった。
ならそこをつけば協力してくれるかしら? それはさすがにラビが可哀想? 当然の報い?
憎しみと良心が戦いそうだけど、そもそも会えるかわからない。
ジャックはどうかな? ……エースと仲良しなら無理かしら。
エースは言わずもがな。というか、城に潜入しようとした時点で気が付いてそう。すぐに足止めされそう。……あぁ、それは目的にしてもいいか。
自分の中で一応の決着がついた。そこでちょうどサンドイッチも食べ終える。紅茶で口の中をすっきりさせてから、話し始めていく。
「一番危ないのはエースよね? それなら私がひきつけられるかもしれないわ」
「前回のアリスの妹だから、かい?」
「え、妹ぉ!?」
グレイの確認するような重たい口調を、ミカの素っ頓狂な叫びがかき消した。
「……ああ、言ってなかったね」
「妹、って、妹!? ネネは知ってたのかよ?」
「きの、夢で……ぐぅ」
「な、仲間はずれなんてずりぃーじゃんかよ」
「……そこなの?」
ミカは前回のアリスとの関係より、一人だけ知らなかったことの方が嫌だったらしい。
「と、いうか、ミカは知らなかったの?」
「あー、前回のアリスの記憶って、最近戻ってきたんだよな?」
自分でもよくわかってないのか、語尾が疑問形に上がってる。
いや、聞かれてもわからないんですが?」
「アズールの存在消去が思ったより強力でね、前回のアリスの存在まで結構曖昧になってしまってたんだ。アズールと、ゲーム関係者以外はほとんど覚えてないんじゃないかな」
「え、そうだったの……」
「でもゲームで記憶も戻ったはずだから……その直後くらいは、皆前回のゲームの事を思い出して少しは落ち込んだりしてたこともあるんじゃないかな?」
それで少し思い出した。ジャックが姉さんの家に入らなかったこと、家から出た時に見た表情がつかれていたこと。
前回のアリスを同僚が殺めたことを思い出した? それでジャックは前回のアリスに近寄らなかったのかしら?
「でも、私が妹だってことは、知らないわよね?」
「しらねーし、知ってたとしても前回のこと思い出したのは最近だから、妹だなんだっつわれても現実味ねーっつーか」
「なるほど?」
無かったものを思い出しても、急すぎてうまくつながらないのかな?
「ともかく、私は前回のアリスの妹よ。エースは前回のアリスを殺したとき、結構呆然としてたから、突然『妹です』とか言われたらちょっとくらい動揺するんじゃないかしら?」
しなくても《アリス》だ。私はゲームを放棄してないから、攻撃なんてしてこないだろう。エースの邪魔をしたとしても、殺されないと思いたい。だったら全力で足止めする。できる。やってやる。
「うーん、あんまりお勧めしないけどねぇ」
「そうだなぁ、アリスっつったって、あいつだしな」
「あり、す……危険」
「そんな三人して……」
皆に反対されて、ちょっとへこむ。いい案だと思ったんだけど? 囮になるってチェシャ猫にも言ったしな。
「というか、純粋にね、エースを殴ってやりたいの」
「うん?」「え」「……」
三者三様の聞き間違えたか? みたいな反応を見つつ、シンプルな答えにたどり着いた私は言葉をつないだ。
「たぶん、やり返そうとしてもやり返せないんでしょうけど、でも殴りたいの。姉さんの痛み、少しでも思い知れ、みたいな?」
「君、意外と暴力的な思考回路をしているよ」
「気が合いそうだな」
「それ、だめな、やつ……」
色々言われてるけど気にしない。これで足止めができるなら万々歳。
「チェシャ猫が城探してるうちに、私はエースを足止めて、できたらトカゲさんの場所聞いたり、できなくても時間稼ぎしたり、するわ」
「だが、万が一でも君が死んでしまったら私は目的を果たせない。だから賛成はできない。あのカードは最強だ。何人がかりでも危うい。そして目的が足止めだ。トカゲがどこにいるかもわからない状況では、足止めの方が難しいともいえるね。見つかるまで、できるだけ長く時間を稼がなくてはいけないから。それはわかるね?」
「……ええ。だから私としては、探す方に人数裂いてほしかったのだけれど、グレイはチェシャ猫に協力しないの?」
「トカゲの命より、自分の身の方が可愛いよ」
「ついでに言うなら僕はアリスの身の方が可愛いよ」
ネネからも念を押すように言葉を足されて、ちょっと怯んだ。その話し方よりいつもの方がいいって言ったら直してくれたのに、怖い方の話し方で体が硬くなる。目つきもどことなく鋭い。
「そう、そうね……」
この話しを通すには少し無理があったかな。でも、無理やり家探ししないと、トカゲさんの居場所なんてつかめないと思う。
だいたい、場所が城だ。探すにも兵士や騎士の目が怖い。だったら無理やり突っこんだ方が、やっぱよくない?
あぁ、でも逆に、城だ。探す場所が場所すぎる。広い。どうしよう。
強行突破と囮という言葉に支配された頭は動きが悪くて、ずっと同じ事ばかり考えている。代案を思い浮かべるのではなく、どうやってグレイたちを説得するか。
そんなことでグルグルループしていた頭は、耳に入ってきた音を、言葉として認識するのに少し時間がかかった。
「いや、お姉さん、一時的とはいえ城はお姉さんの家だよ?」
「普通に帰ってくればいいんだよ、お姉さん」
「「というか、まずはカードを頼ってよね??」」




