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迷夢の国のアリス  作者: 影宮ルキ
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願い叶えた彼女の話

 アリスがゲームを放棄した。その噂はすぐに役付たちに知られることとなる。

 城にいると、説得しようとエースもジャックもラビもうるさい。ハートは何も言ってこなかったが、お茶会の回数が減り、無くなり、廊下ですれ違った時に見てくる目がどんどん冷えて行った。

 双子は自分たちのゲームが無視されていたことがわかり、アリスにはご立腹らしい。噂が広まった途端に姿を見せなくなった。

 そう言うわけで城に居づらくなったアリスは、適当に荷物をまとめてアズの森へひきこもった。

 しかしそこでもやはりアリスにゲームはしてもらいたいらしく、ことあるごとにゲームを薦めてくる。アズはアリスに弱いのか、あまり強くは言えないようだが、チェシャ猫は思い切りアリスを睨み付けて、トカゲさんも困ったようにアリスを説得する。

「アリス、ゲームはしないのかい?」

「嫌よ。あなたと一緒にいられなくなるわ」

「だが……」

「なんで? あなたまで私を否定するの?」

「そうではないが……」

「んー、俺さんもさ、アリスにはいてほしいけど~、やっぱゲームはしないと。じゃないとさ~……」

「もうほっとけば? どうせやんないんでしょ。言っても無駄。でもさ、これだけ言っとくよ。俺達をあんたの我がままに付きあわせないでよね」

「なんでよ? 一緒に居られたら、いいじゃない」

「そんな甘いルールあるわけないじゃん。だって……」

「チェシャ猫! やめてくれ。ねぇ、アリス。私がゲームが終わっても一緒に居られる方法を探すから、そしたらゲームをしてくれるかい?」

「それは……もちろんよ」

「そんな方法あるわけ? できない約束は……」

「なんとか、する。でないと……いや、大丈夫だ。何があっても、私はアリスを守るから」

「……」

「アズが守るなら、俺さんも~……」

「は? お前ら、正気? ばっかじゃねぇの! 俺が付き合ってらんねーよ!!」

 この口論から、チェシャ猫はパタリと姿を見せなくなり、どんどんアズの森も雰囲気が悪くなっていった。

 アリスはこんなはずじゃなかったと思っているのか、顔を曇らせているが、アズと話している時はやっぱり幸せそうだった。

 そんなに、好きだったんだ。アズも、この状況には困っているようだが、アリスといるときは幸せそうだ。

 ……羨ましい。アズが少し、憎らしい。私のせいではあるんだけど、なんか、悔しい。

 しばらくそんな生活が続いていた。そんなある時、アリスがエースと出会う。

「アリス」

「いやよ、私帰らない」

「まだ何も言っていないんだがな? まぁ、それで正解だ」

 ちょうど、一人でアズの森を出ていた時だった。アズは家を持っていない。

 じゃあどう暮らしているんだと言う感じだが、そこはファンタジー世界。人間らしい生活はしていない。トカゲさんやチェシャ猫はちゃんと人間みたいに家を持ったりして生活しているらしいけど、アズは妖精みたいな感じらしい。自然に生きていた。

 だからアリスは街に行ってお風呂に入ったり、食料を調達したりしていたのだ。当時のアズは森から出られたけれど、それくらいの事は自分でやるとアリス自身が決めていた。だから、アリスは今、一人だった。

 今回はお風呂に行った帰り道、街からもアズの森からも離れていた場所でエースは待ち構えていたのだ。傍にマントで姿を隠した人影もたっているが、気配を消し、言葉も発しないのでアリスの目には映らないようだった。

 アリスは、目の前の敵に釘づけである。

「もどらなくてもいい。だが、ゲームはやるべきだ」

「いや、いや。ゲームが終わったら帰らなきゃいけないわ。そんなの、嫌よ」

「どうしてもか?」

「どうしても、よ」

「そうか……残念だ」

 そういうと、エースは剣を抜く。

「え、ちょっと、エース?」

 エースは何も言わず、アリスに近づいて行った。

「何、してるの? だって、あなたは私のカードでしょ? 裏切るの!?」

 アリスのその言葉で、エースははっきりと表情を変える。とても、苦しそうな、悲しそうな表情だ。空気が凍るほど、傷ついた表情だった。

 だがそれも一瞬。次の瞬間には表情を消し、そして剣を構える。

「女王の命令により、異物を排除する。悪く思うな」

「嫌! ウソツキ! だましたのね! 最低! 大嫌い!!」

「信じられなかったのが悪い」

 『目は口ほどにものを言う』と言うのがわかるほど、エースは泣きそうな視線を、喚くアリスに向けた。こらえきれない悲しみを、偽れない視線だけに乗せていた。

 エースは一瞬で間合いを詰める。アリスには、突然目の前にエースがいたように見えただろう。

 呆然と目を見開いていると、横から誰かに突き飛ばされ、泥と草で汚れながら転げた。

 がきんっ、という金属音が聞こえた。

「アリス! 逃げて!」

 その言葉で我に返ったアリスが見たのは、トカゲさんがナイフで剣を何とか受け止めているところだった。

 エースは無表情だが、トカゲさんは必死の形相だ。素人目にもトカゲさんよりエースの方が強いことがわかる。

 アリスもそれを心配して、逃げるに逃げられないようだ。

「でも!」

「はやっ、く! 行け!!」

 いつもだれてるトカゲさんの命令口調に、アリスは弾かれたように立ち上がる。そしてそのままアズの森の方へ駆けて行った。

 エースをそれを横目で追い、トカゲさんを蹴り飛ばして邪魔を排除する。

「がはっ」

 一瞬で足止めを退かしたエースは、すぐにアリスを目指し走る。

「まっ……」

 動けない体を引きずって、トカゲさんはエースを追おうとするが、手を伸ばすのがやっとだった。

 それでは全然届かない。

 まだ視界に映るアリスの背に、エースが切りかかったのが見えた。

 トカゲさんの目から涙が溢れた。それから気を失ったのか、トカゲさんの体から力が抜けて動かなくなる。

 エースの方に近づいてみると、背中がぱっくりと割れたアリスが、地面に身を伏せていた。その体からはたくさんの血が溢れ、辺り一帯とエースを真っ赤に染め上げていた。

 もう、動かない。アリスは死んだ。殺された。

 唯一の救いは、一瞬で死んだこと? 苦しまなかっただろうこと?

 ……。

「だから、ちゅうい、しただろう? ゲームを、しなくては、いけないんだ。それがルールだ。まもらなくては……」

 エースが暗い瞳でアリスをじっと見続ける。

 エースが、エースが、エースが……。

 こいつが姉さんを、コロシタノ?

 頭の中が真っ赤になって、クラリとするけれど、理解が追い付かなくて逆に冷静になる。

 エースが殺した。でも、その前に私が殺してた。ここでエースに殺されたのも、元は私が姉さんを殺したから。だから結局、一番の悪は私……。

 その場の誰もが動かない中、森の方からアズとチェシャ猫が現れた。

 アズは顔を真っ青にして、アリスに駆け寄った。そしてそっと触れる。あまり強く触ると、バラバラになってしまいそうなほど、アリスは強く切り込まれていた。

「……」

 何も言えないアズを残して、チェシャ猫はいったん消えた。そしてグレイを連れてまたいきなり現れる。

「……あぁ……」

 その惨状を見て、グレイは重いため息をついて、帽子を深くかぶりなおす。

 そして呆然として何かつぶやき続けるエースの肩を叩いて、アリスの方に近寄った。

「《イモムシ》、どうする? 私は何をすればいいかな?」

 呆然とアリスに触れていたアズに、グレイが問いかける。アズは顔を上げないままに、そっと呟くように答えた。

「体をつなげてやってくれないか? これじゃあ、動かそうにも動かせない。それとできれば、綺麗にしてやってほしい。命ない物だったら、できるだろう?」

「その言い方は……いや、何も言うまいよ」

 そう言うとグレイはどこからか分厚い本を取り出し、ページを開いて何かを呟き始めた。

 すると白い光がアリスを包み、しばらくするとアリスについていた血がなくなり、裂けていた傷も消え、まるで元通りなったかのようになった。

 しかしアリスに命はなく、本当の人形に見える。

 力なく伏せられていた体を抱き上げ、アズはそっと立ち上がった。

「ありがとう、これでアリスを運んであげられるよ。後、もう一つお願いを聞いてくれるなら、ビルの手当てもお願いする。あの子もやってくれてるだろうけど」

 そう言ってアズはチェシャ猫に視線をやった。チェシャ猫はアリスなんかどうでもいいようで、すでにトカゲさんの手当てを始めている。

「わかっているさ。安心してくれ、そっちはね」

 グレイは笑顔を浮かべる気になれないのか、私の知ってるいつもとは違い、重たい声でアズと話す。それほど、グレイにも、アリスの死は重かったということだろう。

「アズール……」

 アリスの目に入らなかった、マントの人物がエースの傍に立つ。マントのフードを外して、涙をこらえていつも以上に真っ赤に染まった目をアリスに向けた。

 ラビ。そうだ、見殺しにしたとか、目の前で、とか言っていた。本当に、加害者サイドにいたわけ。……そう。

 女王陛下の命令で?

 そう、なら、確かにこれは、ラビを拒絶してしまいそうだ。でも、今の私は情報過多で何も考える気が起きない。後で、情報を整理しないと。……それでどうなるかなんてわからないけれど。

「謝れません。謝ることこそ傷つけそうです。でも、ですが……宰相である私が止められていれば、と、そう思います」

「それは無理だろう。ゲームを放棄したのはアリスだ。それなら正さねばならない。女王陛下が何をせずとも、そのうち何か罰があっただろう。だからね、謝罪は不要だ。私にも、アリスにも。それにどうも、私が惑わせてしまったようだしね。私も嬉しくなかったわけじゃないんだ。こんなに求められて……。でも、もっと説得すればよかった。もっと違う道を見つければよかった。もっと早く対策を立てていればよかった。って、いろいろ考えてしまうんだ。……もう遅いね」

 そう言ってアズは表情を消して、重々しく口を開いた。

「アリスは死んだ。それにより今回のゲームは幕引きとする。特殊な終わり方だが、仕方がない。これに関しては、女王陛下から追って沙汰があるだろう。……以上だ」

 アリスに深くかかわったものとしての責任なのか、それとも大人としてなのか、アズはゲームの終わりを告げた。しかし、それが終わるとくしゃりと、泣き笑いの表情を見せた。そして、腕の中にいるアリスを見下ろす。

「本当は、くやしい、くやしいよ白兎。けれどね、恨みも憎みもしないよ。君も、泣いているからね。私は、彼女を生かそうと思うよ。この我がまま、許してくれるかい?」

 そう言ってアズは森に足を向ける。ラビは堪えきれず涙をこぼし、アズへ道を譲ることで返事とした。

 ラビの近くにいたエースの横を通り過ぎる時に少し立ち止まって、アズはそっと言葉を漏らす。

「君には同情するよ。損な役割だね。でも、すまない。今の私は、君を責めてしまいそうだ」

 今度こそアズは歩き去った。アリスを抱いた、その背が遠のく。

 同時にアリスの記憶も遠のいていく。本棚の世界が近づいてきて、私はアリスの記憶から戻って来た。

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