夢叶った彼女の話
一番目のアリス……正直興味はある。
一番最初に何があったのか。その時からこのゲームは理不尽でおかしなものだったのか。最初のアリスはどういう人物だったのか。
そして、そう。現実に帰ったアリス。これは重要。ゲームに勝ったアリスの事を知りたい。
ゲームも代ごとに違うらしいし、参考にならないかもしれない。それでも、ちゃんと帰れるって希望が持てる。
でも……。
「ねえ、すべてのゲームの記憶があるのよね?」
「うん? そうだよ。ただ、すべての記憶だから膨大だ。見たい記憶があるならみせてもいいけど、探すのに手間取るかもしれないよ。何せ、“帽子屋”でさえその数は把握していないんだ。数えるのが億劫でね」
「古いから、埋まっちゃうんでしょう? だったら、簡単に見つかるかもしれないわ」
「……あぁ」
何かに気が付いたかのように、グレイは歩みを止めた。そして私と目を合わせる。
私はグレイの目を見て、はっきりこう言った。
「私、前回のアリスの記憶が見たいわ」
ラビに大体は聞いている。でも、ちゃんと全部を知りたい・見たい・聞きたかった。でも、一番目のアリスの事は、帽子屋が話すとも言ってたな……。ここで聞かなかったらもう聞けないかしら?
グレイは少し考え込むように顎に手を当てた。その後、両手で私の頬を挟み込み、顔を真正面から覗き込んでくる。
「ねぇ、アリス。私は今君に、これ以上ないくらい罪悪感を抱いている」
グレイの告白は突然だった。
え、なんで?
「理由は、言いたくない。言えないと言うのもあるけれど、きっと君にはすぐにネタばらしとして降りかかってくる程度のルールだ。例えば、君が前回のアリスの記憶を見たら、一瞬で分かる程度の、ね。」
「ごめんちょっと、意味がわからない」
「わからなくていい。わかってほしくない。……私は悪人なんだけれど、君を利用しようとしているし、これから傷つけるかもしれない悪人なんだけれど……。でも、今、私は君が結構気に入ってしまったんだ。同情、かもしれない。憧れ、かもしれない。そんな君に、嫌われるのは、わかっていても少し辛い」
グレイの瞳は暗く沈んでいる。狂気ではない。姉に向けるあの嫌な暗さじゃなくて、本当に悲しんでいるかのような暗さだ。
どうして? 何に悲しんでるわけ?
「なんで私があなたを嫌うって決めつけているの?」
「……見れば、わかるね。私は嫌だけど、君は多分、見た方がいいんだ。知ったほうがいいんだ。でもやっぱり知らない方がいいかもしれない。どうだろう。もうよくわからなくなってきてしまったよ」
泣きそうに顔をゆがめて、グレイは私の手を取って歩き出す。さっき向かっていた方向とは真逆、さっきまで歩いてきた道を戻って行った。
「ねぇ、私がわからないんだけど」
「帽子屋は、カードを手に入れられたら一番目のアリスの記憶を見せることが推奨されている。でも、別にルールじゃないからね、何でもいいんだ。アリスが望むなら、誰の記憶でもいいんだ」
質問に答えてはくれない。でも、はぐらかしているというより、やっぱり言いにくいって感じがする。
少しだけ歩いて、グレイが足を止めた。私から手を放して、本棚から一冊の本を取り出す。
「これが前回のアリスの記憶だよ。読めば映像として認識できると思う。物語として、ちゃんと頭に入ってくるよ」
そう言って手渡されたのは、図鑑サイズの本だった。いわゆるアンティークな感じで、赤い皮っぽい表紙に金のアルファベットで文字が刻まれている。
英語だと思うけど、普通に日本語として伝わってきた。題名は『グレイ・アイアール アリス二人目』。
記録者とその人のあったアリスを記録する感じなのかな? ってことは、前回のアリスはグレイにとって二人目?
本を開くと同時に、その本の中に入っていくような不思議な感覚がした。本棚だらけの世界が遠くなり、アリスの記憶の世界が近くなった。
完全にアリスの記憶に入りきる直前、グレイの声が私の耳に届く。
「……ごめんね」
なんで謝ったし……?
その理由はアリスの記憶を見ていくうちに、すぐに分かった。
まず始めに、私は森の中に立っていた。手を見てみると半透明で、漫画とかによくあるかもしれない、幽霊状態になっていた。
記憶を見るって、追体験、みたいな? ちがうな。幽霊として傍観できる、って感じかしら?
記録しているのは《帽子屋》であるから、グレイの視点でしか見れないと思っていた。でもここは、記憶が確かなら、アリスが最初にこっちの世界に来るところだ。穴に落ちて、変な小部屋から出てきたところ。変な喋る花がいるところ。
こんな最初の所だと、たぶんグレイはまだ会えないはずなんだけどな?
疑問で首をかしげていると、視界に白い耳が引っ掛かる。あ、ラビだ。
今はゲームの説明中のようで、隣にアリスもいる。
……アリス……アリス? あれが?
金髪碧眼、私と似たようなアリス衣装。私よりももっと小さくて、無邪気に笑うあの感じ……。
あの子、アズのゲームの時にあったあの小さい子だ。不思議な大樹の中の家にいた、あの子だ。
え、あの子が前回のアリス? あれ、でも、殺されてたんじゃ……? じゃあなんで会えたの? それに、前回のアリスがいるなら、今回はいらなかったんじゃない?
疑問は深まるけれど、とりあえずその子に近づいてみる。
ちょうど説明が終わったのか、ラビが立ち去った。
一人取り残されたアリスは、楽しそうにしていたが、何か思い出したかのように困った顔をした。
「あら、ゲームはいいけど、私、帰れるのかしら? ……あそこから落ちたら無事だとは思えないんだけど……うーん? ちがうのかしら? あれは夢?」
一人でぶつぶつと呟いている。
落ちるってなんの事? アレかな? ラビと一緒に落ちたあの穴? でもそれなら今生きてるんだし、生死の不安はないと思うんだけど。
「……生きてたら、仲直りできるかしら。お姉ちゃんが悪かったからって、謝っても遅いのかしら? ねぇ、私のアリス……」
私のアリス。そのフレーズを聞いて、何故かどきりとする。何かを、思い出しかけたけど、それをつかめずにもやもやした。
それと、落ちる、仲直り、おねえちゃん、その単語に不安が加速する。
じわりじわりと、夢の中で見た姉妹の姉の顔と、今目の前にいるお人形のような可愛らしいアリスの顔が重なって行った。
え、いや、嘘、でしょ……?
あの姉妹は日本人だった。もちろん黒髪黒目で、白っぽい方だったけど黄色人種で、可愛い方だったけどここまで完璧ではなくて……。
でも、頭じゃなく直感で理解した。
ありえない、けど、おねえちゃん……だ。
何で気が付かなかったんだろう。私、姉さんに会ったんだ。アズのゲームで、もう、会えないって思ってたのに……あってたんだ……。
会えて嬉しい気持ちが涙として溢れる。思わず口を覆って、嗚咽を隠す。
なんで、どうして、嬉しい、あぁ、でも!
これは前回のアリスの記憶。そして前回のアリスは殺されたって。でも私は会っている。なら姉さんは生きている?
わけがわからない。喜んでいいのか、ぬか喜びなのか、頭が混乱してその場に頽れた。
グレイが謝ったのはこういう事? 前回のアリスが私の姉だと知っていた? なのに言わなかったから謝った? それとも守れなかったから謝った? 見殺しにしたから謝った?
嫌嫌嫌! 理解できないしたくない。生きてる? 生きてて? また会いたいよ、お姉ちゃん……!!
私が地面に伏している間に、アリスは諦めたように手を打って先を歩く。
私を残して、歩いて行く。




