いらない赤
「もうさ、何があったかわかんないけど、少し思ったのは……え、本当にお姉さん?」
今更だけど、そんな子供のころに分かれたのにわかるものなのか?
「それはわかるよ。……君にはわからないかもしれないけれど、この目の持ち主は姉だって、この目玉が知ってるからね?」
うん、わからない。
「けど100%確信があるってこと?」
「そうだね」
うーん、ならそうだ。どうしようもないな。
「突撃しても知らないって言われるんじゃ、女王様として接するほかないわね?」
「そう、だから殺してあげてほしいんだ。優しい姉に戻れないなら、殺して終わりにしてあげたい」
戻せないなら終わりに。やっぱそれは勝手なんじゃないかしら? ハートの意思はないわけ?
でも、そう……お姉さんの心がないってことになるわけ? なら優しかったお姉さんのためを思うなら、今の女王様は否定するべきなの?
よくわからない。
「記憶を戻す方法とかないわけ?」
「君、何か思いつくかい?」
「……ないわね」
「つまりはそういうことだ。私だって、いろいろ試さなかったわけじゃないよ。ただ、昔の姉はいなくなってしまったように思えて、ね……」
なるほど?
私から何か言っても聞いてもらえなそうだな。本当に、手詰まり。
「困ったわね」
「困ったね」
そのまま無言で、二人してカードをめくったり裏返したりする。どのペアもそろわない。
「手詰まりだね。じゃあ、少し話題でも変えようか。次は私に何を聞く?」
何を聞く? 何を聞こうか。
「あなたのゲームは、結局何なの?」
神経衰弱のゲームをして、話をしようとは言われたけど、詳しいことは言われたっけ?
グレイは私にかけてみる、みたいなこと言ってたから、ハートへの対応策を考えればいいのかと思ってたけど、話かえていいの?
「さぁ? もう少ししたら、君に質問でもしよう。その問いに対する、君の答え次第でどうするか決めるかな」
「そう……」
まずはいろいろ知ってほしいのかしら? グレイについて? この世界について?
「じゃあ、エースについて何知ってる?」
ちょうどめくったカードはダイヤのエース。スペードのエースの場所は知っているけど、めくる気にはなれずに適当な一枚を裏返す。
ハートのジャック。……そろわない。
あの人もどうしてるかな。どっちの味方になるかな?
「……スペードのエースというカードは、特別なカードだ。ジョーカーは二枚ある。けれど、綺麗な装飾の施されたエースはスペード一枚だ。いろいろあるカードの中で、スペードのエースだけは仲間はずれ」
わざと外したのを見透かして、グレイはニヤニヤ笑いながら、わざわざ身を乗り出してスペードのエースをめくる。自分に近いカードめくればいいのに。こっち来なくてもいいじゃない。
「これって税金のためって話でしょ? つまり、もとはただのエースだったわけじゃない」
席に戻る途中でダイヤのエースも拾い、やっとペアをそろえたグレイは不思議そうに首をかしげた。
「おや? 君の世界ではそうなのかい? 私たちの世界では、最初からスペードのエースは装飾的だったよ。……でも、そうだね。君の話の方が理解できる。わざわざ最初から一枚だけ装飾的なんて普通ないよねぇ。不思議だ」
今気が付いた新発見に、グレイはスペードのエースをまじまじと見る。さらに光にすかしてみたり、裏返してみたりまでしている。
「歴史が伝わってないだけじゃなくて?」
理由が伝わらないなんてこと、まぁ、ないとは言い切れないはず。
「その可能性はないわけじゃないけれど、低いのだよね。少なくともこの世界に役付が存在した時にはないかな。まぁ、世界と同時に役付も作られたわけじゃないかもしれないから、言いきれはしないのだけれど」
やっとスペードのエースから目を離したグレイが、こっちを見てまた首をかしげた。
それからまだ自分の番だったことに気が付いて、カードに手を伸ばす。
「なんでそんな昔の事に確信持てるわけ? ……実はそんなに昔じゃないとか?」
役付が現れ始めた時のことに確信が持てるのは意味がわからない。記録があるとか? でもこの世界の記録媒体には映像記録とかなさそうだし、信用できなそうだけど。
「いや、昔と言えば昔なんじゃないのかい? この世界の暦では、百年以上は余裕で続いているね」
グレイは、今度はペアがそろわなかったようで、そっとカードを戻す。
「じゃあなんでそんなに確信が?」
「ふふふっ、秘密だよ。まぁ、君が勝てば教えてあげられるけど?」
まったく意味がわからない。
「まぁ、ともかく、スペードのエースは特別なんだ。仲間はずれ。無条件でアリスの味方をするけれど、敵にもなる」
本当は言ってはいけないんだけれど、と、グレイは顔をしかめながらグレイは話しを続けようとする。
「え、ちょっと。いいの?」
カードに伸ばしかけた手を思わず引っ込めた。
「ペナルティはくらうけれど、仕方がない。というか、君も気が付き始めてるだろう? だから多少は、大目に見てもらえるはずだ。たぶんね」
そう言っても少し怖いのか、グレイは誤魔化すように紅茶に手を伸ばす。その手が震えているような気がした。
「君は簡単に姉を諦めてくれなそうだから、だから、私も少しくらい身銭を切らなくてはね」
いつも気取っている感じのグレイには似合わず、ヤケ酒かのように紅茶を一気に煽った。紅茶狂いがもったいない飲み方するなんて、驚きだわ。
「スペードのエースは女王陛下の狗、つまり、君の完全な味方にはならない。これも一種のゲームだ。君がちゃんとした正解を出して、女王陛下からスペードのエースを奪い取らなくてはいけないと言うルールだね」
するっと新しい紅茶の準備をし始める彼は、平静を装っているけれど、かちゃかちゃと食器のぶつかる音が大きいから怯えているんだろうなと感じる。
「その正解って?」
まぁ、答えだから教えてはくれないだろうなとは思うけど、とりあえず聞いてみた。
ついでにさっきひっこめた手を伸ばして、カードをめくる。あ、そろった。
「……ヒントはもらってるはずだよ?」
ちょっと予想外の答えが返ってくる。次のカードをめくる手が止めた。
「え?」
「本人からも……たぶん、彼を心配している騎士からも」
「エースと、ジャック?」
はて、なんか言われたっけか? ……あぁ、ダメだ。少なくともエースの言葉に信じられるヒントがあったとは思えなくなってる。女王の狗とか聞いたら余計。
イラッとして選ばずにカードをめくる。そろわない。
「疑心暗鬼にとらわれすぎると、君が鬼になってしまうよ? 気を付けて」
新しい紅茶の香りを楽しみながら、グレイはこちらに笑いかけてくる。どっちかというと苦笑だ。
「ふーん」
聞く耳持ちたくない気分だけど、聞かないとだめっぽい。なんか悔しいみたいな?
「ジャックは、エースのこと知ってて、それでもエースの味方するのかしら?」
「それはどうかな? 彼は彼で、いろいろ考えているからね。どう選択するかは、私にはわからない」
そうしてグレイはカードをめくる。
「まぁ、でも……結局は君次第だと思うけれど?」
私に見えるように向きを変えたカードは、ハートのジャック。
……ねぇ、さっきから、狙ってません? 実はこれ裏側の模様がそれぞれ違うって言う、いかさま用のトランプなんじゃないの?
「違うよ。君、さっきハートのジャック開けてたじゃない。忘れた?」
また顔バレしたようで。……そう言えば開けたわね。だから思い出したんだし。やだ、鳥頭。
グレイの次のカードはダイヤのクイーン。ハズレだけど、それこそ狙ってやってるようにしか見えない。
てか、ねぇ、私の方にジャック置かないでよ。わざわざ場所替えなくたっていいじゃん……。
「ふふっ、ハートのジャック、取れるといいね?」
「はいはい。結局あれね? 口説き落とせってやつ」
「そう言う事。だって君は主人公だから」
主人公、主人公か……。
主人公でも、神ではないわけで。なら、どうしたらいいだろう。どうしたらハッピーエンドになれるだろう。
神様だったら、ちゃんと素敵なハッピーエンド作れたかもしれないのに。
「アリス、大丈夫。私はハッピーエンドが見たいと言う、君の方が好ましいと思うよ」
クスッと笑いかけてくれるグレイがいい人に見えて、あぁ、疲れてるんだなって感じた。
うん、緊張しっぱなしも同然だった気がする。ちょっと、疲れてる。
「じゃあ、そんなアリスに、私から問題だ」
あ、やっと……?




