痛くて辛い幸せ
何を聞く、何を聞くか……。
「あなたのお姉さんって?」
「……直球だなぁ。もう少し捻ってほしいものだったけど」
白けたようなため息をついて、手物とカードをめくった。けれどカードを確認する間もなくまた裏返す。
「ちょっと、見えなかったんだけど?」
「見る必要があったかい? 私はないね。ただの手慰みだよ」
「あーさいですか」
それじゃあゲームになってない、と言いたいけれど反論はしない。だってこっちのゲームはしてもしなくてもいいものだから、グレイの言ってることももっともだと感じる。
「……この目、君どう思った?」
そっと焼けただれた後に触れて、グレイは問いかけてきた。
「痛かった?」
「ふふっ、そうだね、痛かった、はず……。熱湯をかけられたらしくてね、気を失っても叫び続けたと聞いたよ。でも私はその時の記憶がないんだ」
おかしいね、と笑うグレイだけど、私は笑えない。
それって、その痛みに精神が堪えられなかったんじゃないの? 人間は辛すぎると忘れて自分を守るんだって、聞いたことがある。
……私もかな? 忘れてる記憶は、とってもつらい記憶? だったら、忘れたままでもいいかな。帰らなくてもいいかな……。でもこの世界も結構辛い。
あぁ、どっちがましだろう。
「私はね、生まれた時から《帽子屋》だったんだ。赤子なのに泣きやしない、年よりじみた落ち着いた眼で見てくる。それを気味悪く思ってね、あるとき母親は堪え切れず、私に湯をかけた。と、いう噂だ。まぁ、何をしても私の役が変わるわけでもないし、関係ないのだけれどね」
役持ちは殺せないって笑うグレイが、私は今気味わるい。
少し目をそらしてカードをめくる。ハズレ。話に集中してるから、カードなんて覚えてやしない。たぶん合ってなかったと、かろうじて思う程度。
「それで片目はドロドロさ。でも今はあっただろう? あれはね、姉の目玉だ」
姉の目玉? え、え??
帽子の影に隠された目を見ようとして、裂けたように笑うグレイを直視してしまう。
あぁ、不気味!
「ここまで聞いて、この目を見て、誰かを思い出さないかい?」
思い出す? 思い出す……。
「ハート……」
私の知ってる片目しかないのなんて、ハートくらい。でも、そうだ。そう言えば。
あの綺麗な夜明け色は、彼女の色だ。
だけど想像がつかない。グレイが好きなお姉さんが、ハート? あの怖い女王陛下が?
「昔は、女王じゃなかったんだ。ただの町娘……むしろちょっと貧しいくらいだった」
グレイは遠い目をして、昔を懐かしむようにほのかな笑みを口に乗せた。
楽しい思い出に浸っているのか、かーどをめくる手が止まっている。
「私は乳飲み子である時から、ちゃんと自我があってね……どう言えばいいか、まぁ、十歳程度の分別があったのだと思うよ。さすがに詳しいことはわからないけれど、幼いながらに人間としての思考をしていた」
赤ん坊の時から人間としての思考、とは。泣いたりしなかったみたいだし、無駄に騒いだりしなかったってことかな?
泣かない子供ってだけでも微妙なのに、大人みたいな顔されたらそれはさすがにビビるかもしれない。
「だから母は私に近づかなかった。育児放棄だね。それを生かしてくれたのが姉だ。どこからかミルクをもらってきて、服を変え、散歩に連れ出して、世話をしてくれた。……どうだい? いい姉だろう? 育児放棄するような親よりはよっぽど」
「……そうね。とってもいいお姉さんに聞こえるわ」
でもハートと結びつかない。いや、でも、気にいった人には優しくしてくれないでも? 気のせいか。
私にはそれなりの優しさがあったみたいだけど、あれはきっとおもちゃ感覚だった気が今はする。
だとしたら、何が?
「……」
ふと気が付いたように、グレイが適当に二枚カードをめくる。ハートのクイーンと、スペードのキング。
狙ってやってんのかよ、と言いたくなるクイーンのカードだけど、まだ出てなかったはず。実はカード全部見えてる疑惑が浮上。
「ふふっ、半眼で見ないでおくれよ。偶然だよ」
そう言ってグレイはスペードのキングを裏返す。
「ある時城の騎士がうちに来た。王の命令だと。姉が次のクイーンとなったらしい。私が目玉を失って、まだ火傷が治りきらない時だ。……私はその時七つ。姉は十二位だった気がする」
グレイはクイーンのカードを、名残惜しげに裏返した。
「姉は去った。行くのはいいが、私の傷を何とかするようにと騎士に頼み込んで。王には力がある。魔法とか言うね。クイーンの願いだ。無下にはされなかった。そうして私は姉の目玉を手に入れた。その後の姐の事はわからない。私もすぐ家を出た。姉のいないあの家にいても辛いだけだったからね」
これだけ聞くと、弟のために犠牲になったお姉さん感がすごい。
命令だったわけだし、女王になるのは決定だったみたいだけど、どうだろう。弟の目を直すためにいったような気がする。
魔法とか言われてもよくわからないのが正直なとこだ。でもすぐにやったみたい? だったら、本当に急に騎士が来て、目を置いて、行った? そんな突然の事で、ハートは何を思ったんだろう?
まったく理解できない。
「ねぇ、女王になると変な教育でもされるわけ? なんでそんな悲劇のヒロインみたいな、お優しいお姉さまが女王様みたいな迫力満点になるの?」
「ふふっ、女王様だから女王様みたいナノは正解だと思うけれど? でも、そうなんだ。そこがわからない。何があったのか、知りたいが、どうもダメなんだ」
ダメってなんだよ。
思わずめくりかけたカードごと、ずるっと滑る。……マンガみたいにガクッとしちゃったよ。
適当にカードを直して、二枚裏返してそのまま元に戻した。焦ってたから本当に数字見てない。
「気を付けてくれよ? 三枚以上めくったら何か罰ゲームでもしてもらおうかな?」
「そんな殺生な」
今それどころじゃないんだけどな?
「冗談だよ」
グレイの口が面白そうに歪んだ。
絶対抗議しなかったらやらせる気だったよこいつ。
「……で、ダメな理由だけどね、どうも記憶がないようなんだ?」
「記憶がぁ? 何? アズなの?」
とある森のイモムシさんを思い出す。
「アズなの? って新しい問いかけ方だね? それはともかく、なんというか、昔の生活、弟の私、城に入った直後、それらをさりげなく聞いてみたが、知らないの一点張りだった。嘘をついてるようにも見えなくてね。城にいる役付、役無し両方にいろいろ聞いたが、皆今の女王陛下の事しか知らなかった。貧しい町娘の姐の事なんて知らないんだよ」
……教育が終わるまで隠されてた? だから周りの人は知らない?
熱湯をかけられたグレイみたいに、その教育が辛くて昔の事を忘れた? 女王陛下には、昔の町娘の記憶はいらないから消された? 魔法があればそんなこともできそうだけど。
「私にとって、とても痛い記憶ではあるけど、姉が助けてくれた幸せの記憶でもあるんだ。だから大切な物なのに、それが相手にないなんて……気が付いた時はショックだったよ……」
記憶がないのが本当だったら、弟です! と訴えかけてもハッピーエンドにならなさそう。
って、なんで記憶無いのが嘘じゃないってわかるのかね?
「だって私、情報屋だよ? 相手の言葉の真偽を見抜けないと仕事にならないからね!」
また顔に書いてありましたかそうですか。いい加減この顔バレ何とかしたいなーむりかなー。
「それなりにその手の見わけには自信がある。それに城の関係者に聞いた情報が一致しているのに、すべて嘘だとは思えない。誰か一人でもぼろ出していいはずになるからね」
それはごもっとも。
じゃあ、本当にとっかかりが見つからないじゃんか。どうしてくれようこのムリゲー。




