狂気の笑い
狂気じみた笑みは変わらずに、三日月のように唇を吊り上げたグレイが真正面から私を見つめる。
視線を感じることはよくあったけど、まともに目を合わせるのは初めてだ。今、彼の目は生き生きと輝いている。
そう、生き生きと……、私を嘲るように。
笑っているけど、目は笑ってない。そこに映るのは見下し、蔑み、怒りと、憎しみ……悲しみ? なんかよくわかんないけど、地雷を踏み抜いたことはわかる。
これ、大丈夫か? 全力でダメな気しかしない。
「……お願いって?」
あー、のどカラカラ。声がかすれる。まだ朝起きてちょっとした支度しかしてないし……コンディションは最悪。笑うしかないわ。
無理やり頭動かして、水分とらないとって思う。飲みたくはなかったけど、仕方なしに紅茶を手に取る。……味なんて感じないかと思ったけど、くそっ、美味しいじゃないか。冷めてるのに美味しいってなんだ。腹立つな。
「あっはは! 聞いてしまうのかい? 聞いたら……知らないことはできないよ?」
彼も紅茶を手に取った。けれど一口飲んで、顔をしかめる。グレイの紅茶は冷めたら美味しくないやつだったらしい。
紅茶党にはおいしくない紅茶は許せなかったらしく、ようやく変な笑いを収めてくれた。よかった。……よかった? 不気味な笑いが消えたのは、なんかほっとする。
また帽子を被って、新しく紅茶を淹れなおし始める。むすっと口を、さっきとは逆のへの字に曲げていた。
「知らないことになんてしないわよ」
「叶えては?」
「それはお願い次第なんじゃない?」
「ケチだなぁ」
「ケチとかそういう問題なの?」
……? なんかグレイの口調が子供っぽい気がする。気のせい? 何か企んでそうでトテモコワイ。
「じゃあ、人を殺してって言ったら?」
世間話でもするように、唐突に、軽い調子で、紅茶を淹れながら、彼はそう言った。
「……なんですって?」
殺す? 私が? 私が誰かを殺すことがグレイのお願いなの? それがハッピーエンド?
それは……笑っちゃうかもしれないわね。傍から見て、絶対ハッピーエンドに見えないわ。私がそれをグレイに望めない。だって、私は殺したくなんてないし、そんなのハッピーエンドじゃないって私が思っちゃったから。
でも……
「どうして? こういっちゃ悪いけど、あんたたちの方が専門じゃないの?」
グレイから聞いたんだ。ミカとネネは殺し屋なんでしょ? だったら、武器も持ったことない小娘なんかに頼まないわよね? 私じゃないといけない理由でもあんの?
紅茶を淹れ終えたグレイは、イスに深く座って紅茶に口をつけた。そして少しため息をついて、後ろに向かって手を振った。
「ミカ、ネネ……二人きりにしてくれ」
「なっ!?」「……っぅ」
ミカは耳をピンと立てて、ネネは目を見開いて抗議の声を漏らす。
「待ってくれよ! 俺ら邪魔してなかったろ!?」
「二人きり、不安。アリスに何かあると困る」
背後から詰め寄る二人だったが、グレイはちらりとも振り返らなかった。椅子の背にもたれて紅茶の香りを楽しむ、そのままの恰好でもう一度告げる。
「二人きりにしてくれ」
「「……」」
沈黙が落ちる。
ミカとネネが動かない限り、グレイも動かないと気が付いたのか、ネネがミカの袖を引っ張った。
「行こう」
「でも……」
「行くよ。……アリスに傷つけてみろ。殺す」
無理やりミカの袖を引っ張って邸の方へ歩き出したネネ。最後にグレイに釘をさすことも忘れない。
「ネネ、グレイに殺すなんて言うなよ……!」
ミカは最後の一言に文句を言いながらも、しぶしぶグレイから離れて行った。
完全に二人の姿が消えた頃、グレイがティーカップから口を離す。
「……姉をね、殺してほしいんだ」
何で私に頼むかの、答えかしら? いや、答えになってないか。
「お姉さん?」
そんな存在知らない、と訴えるように見てみるが、グレイはこちらを見ていない。ぼんやりとした、うつろな雰囲気で呟くように言葉を紡ぐ。
「姉はね、私の事を覚えてないみたいだけど、私は覚えてる。優しい人だったんだ。でも、もうだめなんだ。変わってしまった。だから、殺して、終わりにしてあげたい。終わりにしないと来ない、ハッピーエンドもあるって、私は思うよ」
両端の上がった唇は笑みの形に見えるけど、ところどころ歪んでいた。泣きそうに、引き結ぶのを我慢してるみたい。
「あの人はとてもとても強くて、棘に覆われた薔薇みたいに手が出せない。だから、私たちじゃだめなんだ。君だったら、棘に刺される心配はないからね」
「なんでそんな心配がないの?」
私は強いわけじゃない。
「秘密。……私の話を聞いて?」
唇に人差し指を当てる。その姿はなんか色っぽいっていうの? ドキッとした。
……なんか、なんか……誰だっけ? あぁ、女王様……? あの目は……?
ぼんやり、完全に形になる前にグレイの話はまた始まる。
「だからね、あの人を殺すために、私は企み事をするんだよ。ねぇ、アリス、ゲームをしよう。私が君のカードになる時は、あの人をちゃんと殺してあげられる時だ。そうでないなら……私は私の命を懸けてでも、あの人を殺すよ。君なんか知らない。私はあの人にハッピーエンドを届けたいからね」
笑いの形が諦めたような、乾いた笑いに変わった。
イラッとする。なんだろう。無性に殴りたい。殴った上に胸倉つかんで揺さぶりたい。そんなハッピーエンドあってたまるか。
そんな小説、読んでて楽しいよ? 嫌いじゃない。メリーバッドエンド、だっけ? あれ、結構好きだよ。むしろ大好物かも。でもさ、現実だったらやっぱりみんなが笑えるようなハッピーエンドを目指したいじゃん? 甘いかもしれないけどさ。
すぅーっと息を吸って、飲み込む。頭に酸素を行き渡らせるイメージで。
大丈夫、目はもう覚めた。さぁ、頑張ろう。
「いいわ。ゲームしましょう」
その言葉を聞いて、グレイはにんまり笑う。
「あの人を殺してくれる?」
「そんなわけあるか。私には無理よ」
断言すると、次は嘲笑に変わった。
「そう。じゃあ、君が私の企み事の駒になってくれ」
「それもお断り」
今度は真顔に変わる。その代りに私が口の端を吊り上げた。グレイみたいに完璧には笑えないけど、少しでも仮面の役割を果たしますように。
「あんたの話、めちゃくちゃだわ。ずいぶん自分勝手なのね。もっと、まともな方法探そうとは思わないの? かわいそうな人」
これで合ってるかわからない。けど、このままよりはいいような気がした。
緊張で力を籠めすぎた手が、もう開きそうにない。それくらい固まってしまっている。それでも、何とか最後の言葉を押し出した。
「認めて、私を。あんたの駒になんてならない。私のカードになって。そして一緒に探しましょう。殺さなくてもいい、本物のハッピーエンドを!!」




