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迷夢の国のアリス  作者: 影宮ルキ
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涙の効用

 アズ、今、トカゲさん、いきてる……?

「ど、ゆ……こと?」

 チェシャ猫も呆然として聞き返す。

「詳しいことは帽子屋に聞いて。一枚噛んでるはずだよ」

「嘘……」

「嘘じゃない。あの子のカード、なんか細工がしてあった。けど、あの子にそんな芸当できるはずない。だったら……」

「嘘、嘘だ!! そいつ庇うために嘘ついてんだ!!」

 アズのセリフをぶった切って、小さな子供がイヤイヤするように、猫耳をふさいでうずくまる。ぎゅっと自分の耳を握りしめて、見てるこっちが痛いほどに力をこめた。

「……君は、どっちなの?」

 静かに、アズがチェシャ猫に問う。

「っ?」

 大きな声を張り上げたわけじゃないのに、その問いはすっとチェシャ猫の耳に入ったようだ。ピクリと体を震わせて、ゆっくり顔をアズに向ける。

「生きてるんだよ? それは、いいことでしょう?」

 それを聞いた瞬間、チェシャ猫の目から涙がボロッとこぼれた。ぼたぼたと、瞬きをする必要ないくらいにおちていく。

「ほ、んと……? 生きてるの? ビル、またあえる……?」

「それは約束できないけど、希望はあるよ」

「……うぅ、うあ、あぁああぁぁぁぁああ!!」

 チェシャ猫は突然、喉が張り裂けそうなくらいに叫び声をあげる。

 大声をあげて、ボロボロ泣いて、鼻をズビズビ言わせて、子供みたいな泣き方だったけど、笑う気にはなれない。

 なんか、見てる方が気分悪い。不愉快。うるさい。

 罪悪感で、胸が痛い。

「アリスのせいじゃない。僕たちのせいだ」

 ぼんやりチェシャ猫を眺めてたら、アズがそう言って慰めてくれる。

「ゲームが始まらなかったら、こんなことにはなってないんでしょう? 日常を、過ごしてたんでしょう?」

「それはどうかな。ゲームがなかったら、僕らは役付にはなってない。役付だから、かなり意思を尊重してもらえる。人形のような日常が幸せかというと、それは違う。少なくとも僕はね?」

 役付だから意思を尊重してもらえる? 人形のような日常?

「それは、ハートに有無を言わさず首を斬られるメイドさんたちみたいなこと?」

「……そうだね。でも、女王がいなきゃメイドもいない。だから、うん。ゲームがなかったら、僕たち全員が存在してなかったってことかな」

 不幸がないと存在してられないなんて、なんて理不尽。ありえない。こんな世界、居たくない。

「幸せがあるから不幸があって、不幸があるから今を幸せと思えるんだ。大丈夫、チェシャ猫は立ち直る。そしたらビルを助け出す。それでハッピーエンドだよ」

 アズの手が私の頭を撫でる。でも、チェシャ猫から視線は外せなかった。


 チェシャ猫が泣きやむまで、どんだけかかったのかはわからない。ぼんやりしてたら、いつの間にかアズとチェシャ猫が口論していた。

「だめだよ」

「なんっで! 捕まってんだろ? 助けないと!!」

「わざとつかまったのに? 君はビルの意思をぶち壊しにする気?」

「それっ、は……」

 まぁ、うん。いないなら捕まってると考えるよね。そしたら助け出さないと、だよね。

 でもトカゲさんは自分から行ったんなら、のこのこ行っちゃまずいよね。

 ……私は手は出せない、か。

「だから帽子屋に話を聞きに行って。私も少し気になる」

「……わかった」

「ちゃんとアリスの護衛をしておくれよ?」

「っ……」

「し・て・お・く・れ・よ?」

「………………チッ」

「それは了承ととっていいんだね?」

「あぁ、好きにしろよ!! やってやんよ!!」

 ……そんな無理に送ってもらわなくてもいいんだけど。てか、移動しなくていいんだけど。

 さすがにアズが話をまとめたんだから、これ以上面倒にする気はない。お口チャック。うん、私空気読める子。

 完全に不貞腐れて、自棄になったチェシャ猫が私の近くにしゃがみ込む。背中を向けて、私の方をちらちらと振り返ってきた。

 ……何の儀式だ?

「乗れよ察しろよ!!」

 ……おぶされってか。わかんねぇよ。オラ立てよ、とかそういう感じかと思ってたよ。本当に護衛してくれる感じなの? え、気遣ってくれんの? 紳士かよ。意外だなオイ。

 心の中でいろいろ突っこんでるけど、困惑しかないよ? え、本当に乗っていいの?

 ちらっとアズを伺うと、ニヤニヤしながら頷いてきた。……楽しんでる?

 じりじりと動いて、恐る恐るチェシャ猫の肩に手をかける。

「遅い」

 肩に置いた手をグイッと引っ張られて、強制的に体を持ち上げられる。急に体が浮いてめっちゃ驚いた。ちょっと気持ち悪い。

「喋んなよ? 舌噛むぞ。ちゃんとつかまってろ」

「うん……」

「……じゃあな、アズール」

「また。アリスもまたね」

「またね……?」

 にやにやしながら手を振るアズに見送られて、それから……それから記憶がない。

 体ががくんと揺れて、アップダウンして、ジェットコースター以上にぐらんぐらんして……いつの間にか帽子屋邸についてた。

 うん、猫だったね。まともな道じゃないね。木の上とかヒョイヒョイしてたよ? 身軽だよね。荷物(わたし)あるのにね。すごいね。

 ……すごい、気持ち悪い……。

 てか、早くない? 私が頭グラングランしてるだけ? それとも猫だから? 猫の近道でも使ったのかな? 私が歩く三倍くらい早く着いた気がするんだけど。

 あぁ、なんでもいい。気持ち悪い……。

「ちょっと、大丈夫? 吐かないでよね」

「うぅ……」

 たぶん自分の身を心配したんだろうけど、チェシャ猫が言葉をかけてくれる。

 あぁ、この人、根は善人的な感じな気がする。

 でもちょっと、喋る気起きない。うえ……。

「帽子屋さーん。お届け物でーす」

 帽子屋邸の玄関を蹴ってノックをしながら、そう声をかけた。

 お届け物、私ですね。マジで運搬って感じなんだけど。いや、普通の荷物の方がもっといい扱い受けてる気がする。天地無用とか? いや、ひっくり返ってはなかったけど、だいぶ雑だったよ?

 あれぇ? これ合ってる?

 完全に脱力してる。頭も脱力? あはは~。疲れた。

 扉の向こうでカタカタ音がした。扉開いた。グレイ出てきた。

「チェシャ猫か、い……? アリス!?」

 珍しくグレイが焦った声をあげた。

 何に驚いたんだ? そんなに死んでる顔だったかな? それともチェシャ猫が私を連れてるから驚いたのかな? ……そっちの方がいい。さすがに私の形相で驚かれたくない。だって、ねぇ? そこまで女子辞めてないつもりなんだ。うん……。

 そうだよ。きっとそうだよ。だってミカ達が報告してるはずだもんね! 襲撃色々……。

「この子酔ったみたい。車酔いならぬ猫酔い?」

 鼻で笑ったような声も聞こえたけど、ちゃんと説明してくれるチェシャ猫はやっぱ律儀なんだと思うんだ。

「……まぁ、上がってくれ。アリスには、落ち着くようなハーブティーでも淹れようか」

「……」

 お礼は言いたいけど、口開いたら吐きそう。すまんなグレイ。

 グレイは私たちをリビングっぽい所へ案内してくれた。飴色の家具と少し黄みがかった白を基調とした、落ち着いた空間だ。なんか、お貴族様感ある。でも趣味がいいのか、落ち着く。

「あぁ、チェシャ猫」

「何?」

「冗談が言えるほど回復したようでよかったよ」

 お茶の準備をしながら、グレイはこちらを振り返らずにそう言った。

 隣の椅子に座ったチェシャ猫が絶句する。

「……」

「少しは、軽くなったのかな?」

「……泣いたら、少し、すっきりした。それに……」

 ポツリポツリと言葉を落とす。それに、に続く言葉は、生きてるってわかったから? かな? 生きてなかったら、今私はここにいないんだろうね。

「うん、うん……。聞きたいことがあるんだろう? 後で、包み隠さず話すと約束しよう。少し待っていてくれないか?」

 この人は千里眼か? それともサトリって妖怪? なんでもバレバレでこわいわぁ。

 チェシャ猫は少し固まった後、口をバカにしたような笑みの形に歪ませた。

「はっ、オミトオシってわけ? いいぜ、約束するなら信じてやる。でもいつだ? 後でっていつ?」

 グレイがお茶を三人分用意した。気持ち悪さマックスだったので、落ち着くらしいから真っ先に手を伸ばす。

 あー、スーッとする匂いがする。確かにこれはなんか良さそう。根拠ないけど、良さそう。

「……アリス、すまないね。ミカが今入浴中でね」

「は?」

 唐突に私に話しかけられても困るんですけど。しかも何? その急な話の転換の仕方は? やっと飲み込めそうになったお茶を吹き出すとこだったじゃないですかヤダー。

「ミカが上がったら傷の手当ても含めて、アリスの事をお願いするよ」

「いや、別に放っておいてもらって大丈夫です。傷も唾つけときゃ治る」

「傷が残ってしまったら大変だし、放っておいたら痛いのが長引くよ。それは嫌だろう?」

 そう言われると少し悩む。痛いのは好きじゃない。でも面倒もどっこいどっこい。

 さて、どうしようか……。

「ミカからいろいろ聞いてね。もしかしたらと思って部屋の用意だけはしておいたから」

「それはありがとうございます」

「……」

「……」

 帽子に隠れた目とにらめっこ。

 もしかしたら? もしかしたらってなんだろう。逃げ出すのも想像されてたのか。ふーん。

 でもミカに任せるのはちょっとな……。やっぱ面倒だし、どうしよう。 

「ねぇ、早めに答えてやってくんない? てか、俺これから帽子屋さんと話したいの。察して、消えて」

 察して、消える……?

 あぁ、邪魔だから用事を言いつける的なアレか。なら、いっか。仕方ない。……仕方ない? いや、このまま部屋に引きこもればいいんじゃ?

 あー、そっか。グレイだもんね。私が折れるまでずっとにらめっこしそう。

 はぁ、そうだね、なんだかんだ気遣ってくれてたし、チェシャ猫のお願い聞こうか。

「……私がその話に参加できる可能性は?」

 ミカに引き渡されるのも嫌だけど、ちょっと話の内容が気になる。というか、私だってトカゲさんのこと気になる。

「ダメだよ」「皆無」

 取りつく島もない。おーけー。悪あがきもやめよう。眠いし。

「わかった」

「よかった。じゃあ、ミカはすぐ上がると思うから……それを飲んで少し待っていておくれ」

「了解」

 さて、腹くくろうか。

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