サプライズ
綺麗な景色を見た。ふわふわ光が舞って、幻想的な景色。
最初は夢かと思っていたが、ぼんやりずっと見つめてて、目が渇いてきたので現実だと理解する。
「……ん?」
あれ? 私どうしたんだっけ? 走って逃げて……ここ何処?
下を見ると大きな葉っぱのようなものに寝かされていたようで、体はどこも痛くない。少し休んだからか、ちょっとだるいがその程度だ。
体を起こして、葉っぱに腰掛ける。そういえば、このでっかい葉っぱ、どこかで見たような……。
「起きた? アリス」
「アズ……?」
煙管を片手にもったアズが、私の顔を上から覗き込んできた。
あぁ、ここアズの森だ。……私がいたのって、けっこう遠いとこだったんだけど……え、ここまで走ってきちゃったの? 火事場の馬鹿力すごい。やばい。
「アリス一人で走ってる感じがしてね、驚いちゃった。だからここまで招いたんだよ。実際に走ったのは半分くらいじゃないかな?」
へー。ワンダーランドパワー? いつでもショートカットできたら楽なのにね。
……ショートカットできたなら、あの二人も完璧にまけたかな?
「しかも途中で倒れるから……さすがに肝が冷えたよ」
「ここまで運んでくれたの?」
「そのままにしておけないだろ?」
「……ありがとう」
森の中で倒れっぱなしだったら死んでたかな? それともチェシャ猫に見つかって、殺されてたかな?
どっちでもいいや。助かった。……助かった……。
「浮かない顔だね」
ミントの香りがする紫煙を吐き出しながら、アズは悲しい顔をした。
「チェシャ猫に襲われたんだって?」
「っ」
なんでみんなはっきり言うかな。気が付いてくれないの? 言われたくないってオーラ出してるつもりなんだけどな。
というか、情報早くない? あれ、なんでアズまでそのこと知ってるの?
「まあ、あの猫の考えてることはわからなくはないけど……」
あ、そういえばアズのゲームにトカゲさん関わってたもんね。共通の友人的な感じでチェシャ猫とも仲良かったのかな? だったら私、アズにも嫌われちゃうのかな?
「でも、うーん……アリス、カードみせてもらってもいい?」
「何?」
「カード、見せて。ビルのだけでいい」
どうして? 気軽に見せちゃいけないの、知ってるでしょ? なんでそんなこというの?
あぁ、信じられない。
「……不安? だったら君が持ってて、表面だけ見せてくれればいい。それならまだマシでしょう?」
触らないならいい? ……いっか。だってアズは私にカード開けてくれたんだもんね? いいよね?
そっとポケットからカードを出して、トカゲさんのカードを探した。
あ、最後の一枚、色づいてる。やっぱさっきの二人のうちどっちかが、役付なんだ。一般人とか言って、ウソツキだね……。
見つけたトカゲさんのカードを表にして見せた。
「……ふーん? これは……? あぁ、そういう……。ありがとう」
最初は不思議そうに、次に苦い表情になって、最後は困ったように笑った。
なんだろう? 何かわかったの? 気になる、けど、まぁ、どうでもいっか。どうせあの人は戻ってこない。
もうよさそうだったのでカードをしまうと、アズが嫌なことを訊ねてくる。
「そういえば、なんで一人で走ってるのかなぁ……? 危険だよ?」
「……」
だって犯人疑惑の人と一緒にいられないじゃない。なんて言えないけど。
「……女王陛下と一緒にいたくないわけでもあるの?」
「なんでハート?」
「ん? ちがうのか」
「?」
どっからハートの名前が出てきたのかわからないけど、アズにはそれが一番納得できる名前だったようだ。
今は逆に首をかしげている。
「じゃあどうして一人になっているんだい? 騎士様が逃がしてはくれないだろう? 帽子屋連中もだが……」
煙管を口から離して、本格的に考え始める。まぁ、私から口を開く気はないから、正解を見つける確率は低いだろう。
だって、守ってくれる存在から逃げ出したなんて、普通思わないじゃない?
はぁ、少し寝たみたいだけど、まだ疲れてる。寝てもいいかな?
辺りは淡いピンクや水色の光がふわふわ舞っている。蛍みたいだけど、本体の姿は見えない。ただの光なのかな?
それに生えてるキノコも光ってる。……そういえばここ、周りは木より草っぽいのばっかりなんだけど、どこからあのキノコは生えてるんだろう……?
光る色々なもののせいで、十分明るいけど……全然眠れる。明るいと眠気は来づらいとか聞くけど、めっちゃ眠い。
「アリス? ちょっと、ここはあんまり寝るのに適してないよ? 城に帰るといい」
「嫌よ」
舟をこぎ出す前に、目の前で手を振って注意を向けさせられる。
帰りたくないから一人で走ってんのに、察してちょうだいよ。まったく。
「アズだってここにいるじゃない。ここに住んでるんでしょ? この葉っぱ、やらかいし、別に寝心地悪くなさそうよ」
なんだかわからない肉厚の葉っぱは、適度な弾力で私の体を支えてくれている。柔らかいだけの高級ベッドよりもある意味寝心地よさそうだ。枕がないのは残念だけど、十分十分。
「いや、君、女の子でしょう……。野宿みたいなことしない方がいいし、僕はまた別だよ」
困ったように笑うけど、別にいいじゃん。私、気にしないし。
煙管を加えて、腕組みをして、アズは本気で何かを考え始めた。また?
「うーん、ともかく城に帰りたくないんだね?」
「そうね」
「そっか……じゃあ帽子屋邸にでも世話になるといい。邸自体は広いし……君一人くらい飛び込んでもなんともないだろう。毎日まともに掃除しているとは思えないけど、一部屋くらいすぐにきれいにできるから、あの男は」
「えー、いいわよ」
「よくないって」
「でももう歩きたくないし」
体力使い果たしたみたいで、座っているのすらだるい。少し足をぶらつかせると、なんか痛みが走った。
膝小僧がずる向けだ。そういや倒れたんだっけ? もう固まってるけど、血がドロドロになってぐちゃぐちゃだ。スカートがちょうど膝を隠すくらいだから、すれて痛い。確認するために少しめくった分を、さらに上にあげておく。
これ洗わないとだめかなー。だめだよなー。
「うわっ……痛そうだね……」
いきなりスカートめくったからか、アズの顔が少し赤い。でも顔はすごくしかめてる。笑う。
「痛い。だから寝ようそうしよう」
「いや、『だから』の使い方おかしいよね? 途中までしか送れないけど、帽子屋邸の方に行こう? 迎えに来てくれるよきっと」
「いいよ。唾つけときゃ治るって」
「君、本当に女の子……?」
呆れたようにため息をつくアズ。
でもそんなこと言われたって困る。動く気はない。話し相手になってるだけマシと思って勘弁してくれ。今すぐぶっ倒れたいんだ本当は。
「……あぁ、ちょうどいい。じゃあそいつに送ってもらえばいいでしょう?」
「あいつ……?」
アズがすっと視線を流す。何があるかよくわかんないけど、よくよく見れば、浮いてる光たちが底だけ避けている。だからそこだけ暗いんだ。だから見えないんだね。
「ずっと隠れてるつもりかい? 隠れて機会をうかがってるの? でも、僕がいる限り無理だよ。わかってるでしょう? ねぇ……チェシャ猫?」
茂みが揺れた。……あ、違った。私が葉っぱから落ちたんだ。お尻痛い。手も痛い。
あれ? なんで私後ずさってんだろう。視線は茂みから外してない。でも地面に手をついて、体を後ろにスライドさせようともがいてる。
……なんて無様な。それでも止められない。え、あれ? なんで?
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
「落ち着いてアリス。僕がいるよ。君の、カード。だから僕が君を守るよ。僕の命に代えたってね」
温かい手、が、背中を撫でる。あ、ったかい。あたたかい。さむい。こわい。
「ちゃんと息して。ちゃんと吐いて、じゃないと吸えないよ」
視界がゆがむ。きもちわるい。うるさい。耳元でドクドク……あ、耳の中で? 私の心臓の音? 血の流れる音。
「なんでそいつ庇うの。ビルの一番はあんただったじゃん」
アズが見た茂みから、私は目を離してない。なのにいつの間にかあの、血色の帽子の、あの人がいた。
チェシャ猫。
私を殺す人?
もう何でもいいやって思ったけど、やっぱり怖いよ。体が逃げ出す。怖いよ、怖いよぉ……!!
「僕は、彼女のために行動してもいいって言ってくれる、アリスの味方だよ」
「確かにそうかもしれないけど、でも!! そいつがいなきゃ、ビルは死ななかった!!」
「……死んでないよ?」
「は?」「え?」
チェシャ猫が勢いをなくし、怒りに膨らんでいた尻尾を力なく垂れさせる。私は息を忘れた。それくらい二人で驚いた。
いま、アズ、なんて言った……?




