信じる価値
最初に動き出したのは、ジャックだった。彼はいつも和まして……和ませようとしてくれる。でも、ごめん。今日は無理。
「え、えぇっとぉ、アリス。大丈夫だったぁ? 襲われたって聞いたんだけどぉ」
「別に」
「あー、うん。無事ならよかったんだけどぉ……」
本当にごめん。心配してくれてるのはわかるし、嬉しいけど、喋りかけないでほしい。
「アリス」
隣から声がかけられる。ミカを見ると、耳が完全に萎れていた。目もなんか潤んでるし、なんか私が悪者な気分。
「さっきの、宿題の答えって……」
わかりやすすぎるからだろう、ミカは答えが何か、なんとなく気が付いたんだろう。それで、心配してる? 余計なお世話よ?
「復讐って、一番生きる希望じゃない?」
それだけ言えば、十分でしょ?
「希望じゃ……ねぇよ……っ」
なんであなたが泣きそうになるの? なんであなたが苦しそうな顔するの? なんであなたが……? 関係ないでしょ?
「アリス、玄関までお送りしマース……」
羽をばさばさいわせずに移動もできるんだ、って感じで、ドードーさんはおとなしく私たちを案内してくれた。
葬式みたいな重苦しい雰囲気の中、私たちは静かに移動する。
「じゃあ、アリス。また会いまショー?」
「……」
首をかしげて、困ったような笑みで見送ってくれたドードーさんに、無言で頭を下げてからさっさと歩き始める。失礼かもだったけど、もう、知らない。
「騎士様、アリスよろしく。……アリス、ごめんな。また……」
何でミカが謝るのかわからなかったけど、問い詰める元気もないからただ見送る。
あぁ、今度、元気が戻ったら、そしたら……ちゃんと謝ろう。ミカとネネに、守ってくれてありがとうって言わないと。あぁ、ディーとダムにも……。
「……アリスぅ、一人になりたいのかもだけどぉ、まだ城までちょっとあるからあんまり一人で先にいかないでぇ?」
気を使ってるのか、恐る恐ると言った調子でジャックが声をかけてくる。それで歩く速さがいつも以上だったことに気が付いた。
でも、それで遅くなりはしなかった。だって、ねぇ?
トカゲさんを殺したかもしれない人が後ろにいるんだもん。怖いのか、怒ってるのか、自分でもよくわからなくなってるけど、近くにいたくない。それはわかる。
エースは優しかったし? もし私のカン違いだったら、嫌だし。エースに暴言なんてはきたくないし。
だからジャックにも放っておいてほしい。エースとジャックは近いんだから。
無言で足を進める私に、何を言っても無駄だと悟ったのかジャックは私のすぐ後ろをついてくる。ストーカーされてる気分で微妙にそわそわするけど、仕方ないか。むしろ意見を尊重してくれてるんだから、感謝するべきなんだろうね。
「アリス……」
なのになんであなたは尊重してくれないの? エース、その名前を呼ばないで。
「……」
「アリス」
無視をしたら、さっきよりも強く名前を呼ばれる。
何で察してくれないの?
「エースぅ……」
ジャックがちょっと非難めいて、エースの名前を呼んだ。ジャックは、いつもは空気読まないだけで、読む能力には恵まれてるんだろうなぁ。
「アリス、俺が怖いか?」
でもこの人は読んでくれない。読めないの? 今のこの私のイライラ。ねぇ、何で話しかけてくんのよ。
しかも、何? 怖いか? 知らねぇよ。ふざけんなよ……。
いつの間にか足が止まっていた。手は握りしめていて、爪が掌に食い込んでるみたい。歯もくいしばっていて、顎が痛い。
「チェシャ猫が、来たんだろう?」
「エースぅ……?」
「チェシャ猫と、仲がよかったからな……トカゲは」
「エース!!」
ジャックがとがめたが、もう遅い。エースは言い切っていた。トカゲさんが今回の件の理由だと、分かっている証拠だ。
誰から何を聞いたのか知らないけど、わざわざ言うってことは、何かやましいことでもあるわけ?
くるりと振り返って、ジャックを押しのけて、エースの前にずんずん歩み寄る。その勢いのまま、私は相手の胸ぐらをつかみあげた。
「あなたがやったの?」
「……」
「あなたがトカゲさんを殺したの!?」
エースは無言のまま私に引き寄せられている。かなり身長差があるからすごい屈まないといけないのに、エースは私のなすがままだ。
目の前にあるエースの顔は、泣きそうに見える。涙をこらえているように見える。傷ついて見える。
なんであんたがそんな顔すんだよ。やっぱ悪者は私かよ……!!
「俺を恨むか?」
「そんな権利、私にない」
「……責めればいい」
「その権利も、ない……!!」
そうだよ、チェシャ猫言ってたじゃん。私だよ。私のせいだよ!!
「私がいなかったらいいんでしょ!? よかったんだよ!! 全部全部私のせい!! なんでもっと早く死ななかったの!? やっぱもっと早くすれば……っ!!」
「アリス、いい加減にしてぇ!!」
エースをつかんでいた手に、手刀が落とされた。あんまり痛くはなかったけど、反射的なあれなのか、手が開く。そして無理やりエースから引きはがされた。
「ねぇ、ちょっとぉ、アリス? 言っていいことと悪いことがあるよぉ!」
暴れたかったけど、それすらも許されない。
え、なにこれ怖い。動かない。関節決めてる的なアレなの? 痛くないけど、手が全く動かせない。
「アリス、それでも、頼む。信じてくれ。他には何も言えないが、信じてほしい」
エースが目の前で跪いて、頭を垂れる。いわゆる騎士っぽい礼だ。
「はぁ!? なにそれ? 認めるってこと? あんたがトカゲさんを殺したって、認めるってこと!?」
意味がわからない。とにかく癇に障る? イライラする。
違う。私が欲しいのは、そんな言葉じゃない。
「アリスぅ、ちょ、おちついてぇ!?」
動かせる限り、全力で暴れた。拘束を解きたいけど、さすが荒事に慣れてる騎士様。びくともしない。
それでもエースに近づきたかった。可能なら、その顔を殴りたかった。そうじゃなくても、欲しいのは丁寧な態度じゃない。そのお綺麗な姿勢、ぐちゃぐちゃにしてやりたかった。
「ふざけんなよ! だったら否定しろよ! 説明しろよ!! 何もなしに信じてくれだぁ? ありえねぇっつうの!!」
そう、私が欲しいのは否定だ。一言『違う』って言ってくれれば、私はあんたを信じられる。違くなくても、仕方なかったんだ、とかなら、許せはしなくとも信じられる。
でも、なんで? なんで何も言ってくれないの……ッ!!
暴れながら叫ぶのは、体力を使う。息が切れて、ぜぇぜぇ言いながら、自分を捕まえてるジャックの手に体重を預けた。
少し息を整えて、思いっきりエースを睨み付ける。見えてなくても、視線を感じればいい。チェシャ猫の視線に射抜かれた時を思い出して、そのくらいの力を目に込めた。
すっと息を吸って、たぶん、言っちゃいけない言葉を押し出した。
「今のあなたに、信じる価値なんてないわ」
ピシッと音がしそうな感じに、空気が固まった。
エースが手を握りしめて、全身に変な力が入っているのがわかった。ジャックも、私を拘束している手に力がこもる。ギリギリ締めつけられて、手首が折れそうなくらいだ。
「い、いたっ……!」
「あ、ごめん……」
呆然としたようにそう呟いて、私の拘束が緩まった。
あ、今なら逃げられる。そう思ったら、躊躇せずに行動に移っていた。
ジャックの手を払いのけて、二人に背を向けて逃げ出す。
「あ……あぁ! まってぇ! アリ……エースぅ! 動いてぇ!」
火事場の馬鹿力みたいなあれなのか、疲れていたはずなのに今までで一番速く走れたような気がする。あぁ、こんなに速く長く走れる! ジャックがエースに気を取られて、すぐに追いかけられなかったのもラッキーだった。
横道にそれて、森に入って、とにかく走った。
ここがどこだかわからないけど、あの二人からちゃんと逃げ切れたんだ。
「あはっ、あはははは……」
口から乾いた笑いが漏れる。
もうやだ。意味わかんない。考えたくもないし。疲れた。眠いんだよ。そうだ、帰ったらお風呂入って、すぐ寝ようと思ってたんだ。でももう動きたくないや。
頭がフワフワして、足から崩れ落ちた。痛くない。それくらい眠かった。
おやすみなさい。もう、さよならしたいの。はやくかえらないと。だって、まってる。ねぇ、まっててよ。おねがい、いかないで、おいてかないで……。




