ハズレのアタリ
なんかもう、これしか思いつかなかった。壊れて、戻らない……。
本当に、トカゲさんは、どうなったんだろう? 本当に壊れちゃったの? もう、あえないの……?
「命、ですの? それが答えですの?」
マリーさんが表情をなくして、確認を取る。
無言でいたら、肯定ととられたようだ。
「では、間違いですわ。正解は、卵」
そう言ってマリーさんは手をひらめかせる。宙に浮く丸をなぞるようにクルリとすると、いつの間にか手のひらにはイースターエッグに似た卵が出現していた。
視界の端でウサミミがピクリと揺れたが、今更こんな手品みたいなことに驚くか? 双子の大鎌の方が迫力あるし、心臓に悪いと思う。いろんな意味で。
卵の表面はパステルカラーを使っているから優しい印象だが、細かく模様が書き込まれ、美しく色づけされている。芸術品と言っていいものだ。売ってたら、きっと高値だろう……。
それをマリーさんは高く持ち上げ、そして、ためらいなく机の上に落とした。
ぐしゃりという音とともに卵がつぶれ、中身と欠片が交じり合う無残な姿へと変わる。イースターエッグとは違い、中身を出したものじゃなかったようだ。
「落ちて、割れて、もう元には戻せませんの。あなた、命は落っこちませんわ」
確かに。命なんて抽象的なもの、物理的には壊れないか。
卵、割れちゃったの。……じゃあガラスでも? あぁ、あれはとかして戻せるの?
私は卵を眺める。黄色に汚された淡い色は、もうぐちゃぐちゃだ。あぁ、これはもう戻せない。絶対だ。
「でも、そう、命……ですか。わたくし、そんなこと思い付きもしませんでしたわ。それがあなたの答えなんですのね」
ふむふむ、と何度か頷いて、彼女はふわっと微笑んだ。卵の上に手をかざすと、次の瞬間にはもう見えなくなっていた。さすがワンダーランド。
「このゲーム、ドローでいいですわ」
「……?」
嬉しいっちゃ嬉しいけど、怪しい。無料より安いものはない感じ?
しかも今は、何でも悪い方に考えたくなる。だから、ねぇ? 何か騙そうとでもしているの?
「実はわたくし、この卵と言う答えが納得いってませんの。だって、それなら人間の頭でも問題ないのではなくて?」
確かに……落ちて、壊れて、元に戻せない? 頭って……それだけが落ちた時点で、私の答えは前提から終わってる気がするけど。
まぁ、でも、卵・だ・け、は確かに納得いかないかも。他にも考えられそうじゃん? って感じで……。
「でもドローでは、どうしたらいいか迷いますわね」
マリーさんはそう言うと、口元に手を当てて考え込んだ。
居心地悪そうにミカが身じろぐ。
「あの、夫人……」
「黙ってらして。わたくし、真剣に悩んでいますのよ」
「う、はい……」
ずっと悩んで、黙ってるから、眠くなってきた。
もう、疲れてるんだから、早くしてほしい……。
「ご主人、来ましたヨー?」
うつらうつらしてると、ドードーさんがマリーさんに声をかける。……どのくらいたった? てか、来たって? あぁ、伝書鳩? ってことは、この会話も終りね。やっと、どうにかなるわけ。
「あなた、行ってきて頂戴」
「アイアイサー!!」
羽を無駄にばさばさいわせながら、ドードーさんは席を立った。
「では、アリス。わたくし決めましたわ。帽子屋の行動には目を瞑りますの。で、一つ宿題を出しますわ」
「宿題?」
急に何を言い出すのかと、眠気で半分しか開かない目を使って睨み付ける。
「えぇ、宿題ですわ。見つけて来てください。わたくしが出す問題の、あなたなりの答えを」
「私なりの答え? 何? 道徳の授業みたいなことでもするつもりなんです?」
自分の返事に、思わず鼻で笑ってしまう。
もし本当に道徳的な問題だったら、どうしよう。ばかばかしすぎて、考える気にもならないかもしれない。「どっちも正解だね」とか、「そんな答えは酷いやつだ」とか、そういうこと? ありえない!
答えのない問題なんて、ただ神経すり減らすだけじゃない。あぁ、おっかしい!
イライラしながら、マリーさんを眺める。でも何も言ってくれない。怒ってる様子はないけど、嫌がらせのだんまりかしら?
そういう私の雰囲気を察したのか、視界の端でブラウンの耳が落ち着きなく揺れる。
ごめんね、ミカ。私今、私以外のことが考えられない。
重たい沈黙の中、突然扉が開かれた。
「お待たせぇ~……って……あれぇ?」
能天気そうな声が聞こえて、部屋の空気に気が付いて、戸惑う。
「えっとぉ、お、お邪魔だったかなぁ?」
「だと思うなら黙ればいいんじゃないか?」
「ひっどぉい、エースぅ……」
軽い声と、真面目な声が会話をする後ろでは、ばさばさと無駄に大きな羽音が響いている。
でもマリーさんと私は動かなかった。ミカも、そちらを気にしている様子ではあったけど、動くに動けない様子だった。
「お迎えのようですわね。騎士様二人。それなら危険はないでしょうね」
「……そうですね」
「……」
「……で、何も言わないんですか? 何も言わないつもりですか?」
どんどん眉間にしわが寄っていく。舌打ちでもしたい気分だ。
「でも、道徳は嫌なのでしょう?」
「どうせ、それがないと、私はゲームをできないんでしょ?」
「そうですわね。口説き落としてくれてもいいんですのよ?」
「……」
マリーさんは余裕だ。私は焦ってる。
謝ったほうがいい? いや、無理。気分的に、やってられない。じゃあ、どうしよう?
「いいですわ。可愛そうな子。今回は、大目に見ますわ」
困ったように笑って、マリーさんは言った。
反論したいことはあったけど、さすがに黙る。これ以上面倒を増やすのは得策じゃない。
「ねぇ、あの猫はね、わたくしの可愛い猫ですの。あなた、見つけてくださいな、あの子にかける言葉」
一瞬、何かに耐えるように、唇を引き結んだ。その後、何事もなかったように口に笑みをのせて、マリーさんは続けた。
「わたくし、何も言えませんでしたわ。あの方の帽子を握りしめて、声を殺して泣くあの子に、何も言ってあげられませんでしたの。だから、あなた、見つけてください。あの子にかける言葉。わたくしには、無理でしたから……」
これは、何を持って正解となるゲームだろう。しかも、チェシャ猫は私を恨んでる。それなのに、私がかける言葉を見つけるの? おかしくない?
負ける確率が高すぎる。
「……生きる気力をつけるような言葉? それなら私にも見つけられるかもね」
私が発する言葉でいいなら、見つかる。きっと。
「……あら、意外ですわ。無理だとは、言いませんのね?」
「宿題じゃなくて、今ここでいってもいいくらいよ」
「……いいですわ。やめておきますの。でも、アリス、ちゃんと考えておいてくださいましね。答えが決まっても、本当にそれでいいのか、ずっと考えてくださいまし」
何かを祈るように、マリーさんは手を組んだ。そしてそっと目を騎士二人に向ける。
「女王陛下の狗と、筆頭騎士様の二人でお迎えですか。これなら、さすがにあの子も手出しできませんわね」
席を立って、背筋を伸ばしたその姿は、人を従える側の姿勢だった。さっきまでのチェシャ猫を気にする女性の姿はどこかへ消えている。
「迎え、ご苦労様ですわ。どうぞ、連れてお帰りなさい。……三月ウサギ、今回のことは大目に見ると、帽子屋に伝えなさい」
「「はっ」」「はいっ」
マリーさんの言葉に、呼ばれた三人はハキハキした返事を返す。
「わたくしはこれで……あぁ、アリス」
部屋を出ようと歩き始めた彼女は、思い出したように私を振り返った。
「あなたの答え、なんとなく予想できますわ。でも、本当にそれでいいんですの?」
「うるさい」
私の低く押し殺した暴言に、マリーさんはただ目を伏せた。
文句があるなら言えばいいのに。
「わたくし、これで失礼いたしますわ……。ドードー、あと頼みます」
「わ、っかりましたー……」
全身で悲しいオーラを出しているマリーさんにつられたのか、ドードーさんも元気がない。完全に羽を下ろしている。
マリーさんが出ていって、重苦しいだけの沈黙が残った。
えぇ、えぇ、わかってますとも。私のせい私のせい。だから? なに? あぁ、むしゃくしゃする。腹が立つ。
もう、何がどうだっていいのよ。くそがっ。




