表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷夢の国のアリス  作者: 影宮ルキ
69/102

スキップ

 ふわりとほほ笑むマリーさんが、やっと説教を途切れさせてくれたので、ミカはそっと口を開いた。

「グレイが何を考えてるか、俺にはわかりません。けど、俺はグレイについていくって決めてますんで」

 なんでここまで崇拝してんだろ? あの人は、いい人ってわけじゃない。間違ったことだってするでしょ、人間なんだから。

 それなのに、なんで? 私にはわからない。ミカの方がわからない。

 もうやだ、全部わからない。

「あらそう。でもね、それで納得しろ、と言うのは無理な話ですわ」

「はい。なので、手紙を預かってます」

「手紙?」

 ミカがポケットから、少ししわになった手紙を取り出す。それを見て、マリーさんが眉をしかめる。私も首をかしげた。

 え、なに? 手紙? と言うことは、この状況を予想してたってことよね? ルールに触れてるって思われる事を、予想してたってことよね?

 そこまでして? 面倒事はお嫌いじゃなかったの? そこまでしてくれるほど、信用されたとは思えない。

 グレイに、何かあったんだ。

「拝見しますわ」

 厳しい表情のまま、マリーさんは手紙を受け取り、読み始める。読み進めるたびに、眉間のしわが深くなっていった。

 手紙は二枚。重ねて閉じて、マリーさんは大きく息をついた。

「なるほど、困った状況ですわね。今回のゲームは複雑ですわ。裏切り者がいますのね? 世界を裏切ろうとしてる、とんでもない大悪党が」

 世界を裏切るってなんだろう。ルールを破ったってことかしら? でも、それならグレイはどうなるの? グレイが裏切り者? 

「えぇ、えぇ……よろしいですわ。今回のアリスはとてもかわいそうですもの」

 私は可愛そう? 私のせいで、周りの方が可愛そうなことになっているんじゃない? ねぇ、私は害悪よ? そうでしょ? 

 じゃなかったら、どうして私に殺意が向けられるのよ……?

「アリス、アリス! しっかりしなさい」

 もうだめだ。気分が上がらない。どんどん表情が死んでいくのがわかる。その死んだ表情を、呼ばれたから、という反射のようなものでマリーさんに向けた。

「あなたのせいじゃありませんわ」

「……なにがあったか知ってるんですか?」

「……知りません。チェシャが言うには、血だまりに、あの方の帽子だけが残されていた、と。どうやって血を落とせばいいのか、泣きつかれましたわ。その後、敵討ちに行くと言ってましたの。ゲームなんてあるからいけないって言ってましたわ。心配して探してみれば……少し、遅かったですわね。申し訳ありませんわ」

 そう言って頭を下げるマリーさんを、何も感じずに見つめる。

 あぁ、あの帽子、形見ってこと? だから、ちゃんとポケットに入れたんだ。漫画とかだと、あぁいう時、地面に投げつけたりするじゃない? 

 仲良しだったんだ? あんなに怒るほど? 私は、敵なんだ……?

「あなたが手を下したわけではありませんわ。チェシャ猫の怒りは見当違いですの」

「そう、でしょうか……?」

「遺体は見つかっていないそうよ。だからきっと生きてますわ」

「血だまりって言ってましたよね? どのくらいですか?」

 無理やりな慰めに聞こえて、私は口の端を吊り上げた。

 いらない。そんな薬にならない慰めなんていらない。

 罰したければ、罰すればいいじゃん! 私のことは許さなくたっていいじゃない!! もう、たくさんよ!! 何も考えたくない。知らない。勝手にすればいい。どうでもいい!!

「……よろしいですわ。アリス、カードを出してくださいますか?」

 私は何も答えない。

 隣でミカがすごく心配してるのがわかる。……だからぁ? 視線が煩わしい。

「カードを見る癖をつけなくてはいけませんよ?」

「あなたは役付ってことでしょうか?」

 へらへら笑いながら答える。なにもおかしくないけれど、勝手に口が弧を描くんだ。

 あぁ、最後の役付見つけたんだ……よ……あれ? 違う。

 そうだよね、最後、だ。色ついてないのは一枚のはず……。でも目の前には役付であろう人物が二人。意味がわからない。

「わたくしも、ドードーも、ただの一般人ですわ。そんなたいそうな役、もらっていませんの」

 カードを出さない私だが、マリーさんは気にしていないのか、話を続ける。

「最後の一枚はクラブの8、かしら?」

 カードを見てもいないのに、するっと最後の一枚だろうカードを当てた。

「そうですね」

 まぁ、彼女たちの担当がそのカードなら、当てて当たり前かもしれないか。……彼女たち? ディーとダムみたいに二人で一枚なの? いや、でもあの二人は同じ役名だったし……一般人って? どういうことなんだろう?

「では、ゲームしませんこと?」

「?」

 え、そんなの聞いてない。

 思わずミカを睨み付けた。ミカも心なしか、少し顔が青ざめている。

「あの、夫人……?」

「黙りなさい。わたくしはアリスとゲームしますのよ?」

「ご主人? 何でゲームするデスカ?」

 ドードーさんまで首をかしげている。

「わたくし、少々怒っておりますの。帽子屋にですわ。アリスには可愛そうですが、ルール違反ギリギリのことさせますのよ? だから、本物のゲームの前に、もう一つゲームを要求しますわ」

 なるほど。グレイのせいってわけかしら? もう一回ミカを睨み付けてしまうけど、これ以上ないくらいに体を縮めて、耳を垂れさせているから放っておくことにする。さすがに、いじめたくはない。

 一息だけついて、前に向き直る。

「いいわ。やりましょう」

「その調子ですわ」

 マリーさんはにこっと微笑む。でも、あぁ、その目は笑ってない。まるでガラス球だ。なんで気づかなかったんだろう。

 彼女の笑みはほとんど完璧だった。

「では、謎々を一つ。それにお答えくださいね。間違ったら、あなたの隣の人のご主人様に罰がいくだけですわ。あなたは気を楽にしていてよろしいのです」

 視界の端に移るミカの肩がびっくぅ! と揺れる。

 負けられない。もうこんなゲームやりたくないもの。とっとと終わらせてやる。

 それに、グレイに罰が言ったら、こっちに八つ当たりが来そうだもの。

 少し悩んで、マリーさんは口を開く。

「ハンプティ・ダンプティが塀に座った。けれど風にあおられ落っこちた。この世で一番の権力者、この世で一番のお金持ち、この世で一番の知識人、この世で一番の力持ちが加わっても、ハンプティ・ダンプティを元の通りに戻せなかった。さて、ハンプティ・ダンプティとはいったいなんだったのでしょうか?」

 ハンプティ・ダンプティ? これ、誰かってことよね? ……いや、人? 物? それもよくわからない。

 とりあえず、落ちて、壊れた、の? それで、元には戻らなかった、と……。

 うーん、なにかしら……?

「これは難しいかしら?」

 マリーさんが、私の顔を覗き込むように見つめた。

「たくさん悩んで、答えが出ないなんて困りますわ。ですので、制限時間を設けさせていただきますわね」

「最初は何も言ってなかったじゃないですか」

「わたくし、そこまで気が長い方ではありませんの。それにきっとすぐ、伝書鳩が来ますわ。その前には終らせないと」

 急にそんなこと言われても困る。さらさら理由を述べられて、腹が立つ。

 この人、自分のルールを押し付けてくる人だ。頭の固い大人みたいな。子供の私には、受け入れられないタイプ。

「まだそんなに待つかわからないじゃないですか」

「でもダメですわ。この問題は、あなた、悩みそうなんですもの」

「理不尽ですね」

「あら、今更ですわ? この世界のゲームは、理不尽なものがほとんどのはず。それとも今まで甘やかされてでも来ましたの? それなら、今までがよすぎたのですわ」

 あぁ、むかつく。何よ。まだゲームは半分もやってないのよ。

 でも、でも! 確かにそうだ。この世界のゲームは理不尽だ。ゲームと言うよりも、この世界が。連れて来られた時から理不尽がいっぱいだったはずなのよ。

 周りは優しくて、イライラすることもあったけど、楽しかったから忘れてた。

 だめよ。私は帰らないといけないの。絶対よ。あの、記憶の通りなら、私は決めたはずなんだから。元の世界で、やらなきゃいけないことがあったはずなんだから。

「制限時間は三分ですわ。じっくり、悩んでくださいね」

 マリーさんが砂時計をテーブルの上に置く。

 どこがじっくりよ。

 でも、考えないと。

 壊れたら元に戻らない。絶対に。なんで?

 元に戻らないもの、流れ? 時間?

 時間は壊れないし、時計は直せる。粉々だったら無理かもだけど、絶対じゃない。

 というか、形あるものいつかは壊れるわ。風化だってするでしょう。じゃあ何でもよくない? 

 でも、それじゃあ謎々にならない。だとしたら、人間? いや、この場合は……。

「命」

 深く考えず、その言葉が滑り出た。出てから、あぁ、と納得する。

 ヒトは、元には戻れない。生きてるものは戻らない。壊れてしまったら、戻らない。

 トカゲさんは、戻らない……?

「それが、あなたの答えですのね……?」

 マリーさんの言葉と一緒に、砂時計の最後の砂が落ち切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ