凍る
キャスケットさんが片手で銃をこっちに向けたまま、帽子を脱いで、ズボンのポケットに無理やり押し込んだ。
中から現れた色彩に、違う、とやっとわかった。だって、その人はいつも違う帽子だったから。だってその帽子は、半分くらい血に濡れたその帽子は、あの人のだったから……。ちゃんと見れば服装とかで分かったはずだけど、恐怖で、帽子と、殺意のこもった目にだけ注目してしまったから……。
目に鮮やかなマゼンダ髪は、ずっと帽子をかぶっていたのにもかかわらずはねまくっている。その髪の間からのぞく、ぴんと立った三角形の猫耳。金色のピアスがジャラジャラとついていて、痛そうだ。耳がぴくっとするたびに軽く、高い澄んだ音が鳴る。後ろにも、同じ状況の尻尾が見えた。痛そう。
光が入って黄金色に輝く目が、キャスケットさん……トカゲさんとそっくりな目が、私を睨みつける。吊り上って、縦長の瞳孔は収縮して、視線で殺せるなら私は何回死んでるんだろうってくらい。強く、強く怒ってる。それを、私に向けてる。
え、なんで? 私、なんかしたっけ……?
「とぼけた顔しないでよ。何もわかってませんって顔をさぁ!」
あ、この声……怒りのせいでいつもより低い、押し殺したような声だけど、これ、ハンチングさんだ。
牙をむき出しにして、キャスケットさん改め、ハンチングさんが吠える。
あ、桃色で、金色の目で、耳に魚のピアスしてる。もしかして、ハンチングさんが、トカゲさんの言ってた、チェシャ猫? なんだ、案外近くに役付が……。
そうやって考え事をして呆けていたら、またうるさい音がなって、銀の鎖が波打った。
あぁ、うるさいのは鎖の音。それと、ハンチングさんが銃を撃った音。
「あぁ! 腹立つ!! 守られて、いい気分? オヒメサマぁ!!」
「黙れ、猫がッ!!」
ネネが聞いたことない乱暴な口調で、押し殺した声で、銀の鎖を操る。今の所、攻撃はしないで防御に徹しているみたい。だけど……いや、もう考えたくない、な。
思考を放棄して、ただ戦況を眺める。
「チェシャ猫! 何してんだよ!?」
「新しい遊びのつもり? それにしてはやりすぎじゃない?」
双子も構えてはいるけど、ネネの鎖があれば十分防げるので、今の所積極的に動く気はないらしい。でもネネとハンチングさんの間では、戦闘が本格化し始めてる……。
ミカはなぜか私を抱く腕に力をこめた。ネネの強さを信頼してるなら、警戒しなくても……、と思ってミカを見上げた。すると何か辛そうに、眉間にしわを寄せている。それから、私の視線に気が付いたのか、ハンチングさんの視線を隠すように抱き方を変えた。
「アリス、ここはあいつらに任せて城に行くか」
提案、というより、そうしなきゃダメだ、って感じ。でも、なんで? もう私頭働かないのよ。狙われてるの? どうして? それが気になる。むしろそれしかないから、帰りたくない。
結末を見たい。
それを口にする猶予は与えられなかった。そっと体の向きを変えられてしまう。
「逃げんのかよぉ!!」
ハンチングさんの叫びが背後から聞こえる。
「ビルを殺したくせに!!」
え?
体が硬直した。私が、殺した?
ビル、ビル……聞いたことが……あ! トカゲさん? トカゲさん! 違う、それを知ってちゃいけないはずなんだ。トカゲさんと会ったのがばれるからって、内緒のはずなんだ。
でもなんで? トカゲさん? 私が殺した?
エース……? もしかして、見つかった、の……? いや、でも殺したなんて、嘘だ。エースがそんなことするはずない……でしょ?
そうよ。それに、だったら私関係ないじゃない? じゃあ、なに?
いや、私が会いに行ったから? だから見つかった? 一人で森から帰れば見つからなかった?
聞きたい。聞いていいの? トカゲさんとの約束破る? でも殺したって何!?
どんどん激化する戦闘音に負けないように、声を張り上げた。
「ミカ! 下して!!」
「ダメだ」
「おろして!!!!」
めちゃくちゃに暴れたつもりだけど、びくともしない。さすが、荒事に慣れてる感じ? でも少しくらい止まってくれてもいいじゃない!!
「ハンチングさん! 何!? 殺したって何!? だ、誰かに何があったの!!??」
打開策が思いつかなくて、知らない人アピールだけしておく。白々しいとは思うけど、完全に約束を破ることはできなかった。
「『誰か』? 『誰か』!? ふざけんなよ!! さっきの帽子に見覚えあんだろ? 今更他人のふりしてんじゃねぇよ!!」
叫んで、裏返ったその声は、もはや悲鳴だった。涙まじりの声で、聞いてるこっちが痛いくらい。
そんなに強く恨むなら、その言葉は真実って証明?
……ほん、と、うに……? しんじゃったの……? わたしの、せいで……?
やっとハンチングさんの言葉を飲み込む……というよりは、受け入れてしまい、私の心が凍っていく。すべてが凍りつきそうになる前に、気が付いたネネが慌てて私を逃がすように動いた。
「ミカ、走れ!!」
「おうよ!」
ネネの声が鋭く響く。ミカはいい返事をして走り出……そうとした。
走り出す前に、ネネよりも鋭い声がミカの動きを止めた。
「止まりなさい三月ウサギ。あなたたち、全員ですわ」
鋭いけど、重い。そして叫んではいないのに、よく通る。少し高めの、女声だ。幼い気がする。
ちょうどミカの背後にいるのか、見えない。戦況も見えない。わかるのは音だけだ。
新キャラの声が聞こえてくると、鎖の音も銃の音も一切聞こえて来なくなった。誰? 強い人なの? 怖い人なの?
「何をしていますの、猫……」
声が呆れの色を乗せた。
「あなたは自分から接触するような駒じゃないでしょう?」
「……っせえ」
「なんですの?」
「うっせぇっつってんだよ!! あんたに何がわかるんだよこの糞ババァ!!」
瞬間、空気が凍りついたのがわかる。あ、これ知ってる。メイドさんが、ハートの前で失敗した時の空気だ。
つまり、ヤバい。
「あっはははは! ご主人様にたてつくなんて、いい度胸じゃないですかー! ミー、驚きデース!!」
新キャラは二人だったのか、耳障りな高い笑い声が届く。
「でも、女性にババアはいけませーん! お仕置きデース!!」
ばっさばっさ、という鳥の羽音が聞こえてきた。かなり大きい鳥なのか、羽音も大きい。迫力がある感じがする。
「ざけんな! さわんな!!」
「ご主人! この駄猫どうしまーすカ?」
「そうですわね……」
突然のことに固まっていたけれど、そんな場合じゃなかった。今がチャンス! と、ミカの腕の中から抜け出す。
「あ、ちょっ」
ミカが慌てたように私に手を伸ばすが、何とか切り抜けた。
そして、新キャラ二人と目が合う。
「あら……アリスですわ」
「アリスでーす」
一人は薄桃色の髪をツインテールにして、レモンイエローのロリータに身を包んだ、正真正銘のロリ。ギリギリ小学生くらいにみえる。目はライムグリーンかな。丸くて、キラキラと輝いて、かわいらしい。
こっちがお嬢様口調の子だ。
二人目はなんだかワイルドな雰囲気。てか、うん……。茶色のばさばさした髪は肩過ぎ位まで。目はチェシャ猫みたいな金茶色。トカゲさんとも似てる。歳は、二十前半くらいかな? 小顔で、綺麗って言うより可愛い感じの、女性? 私があった中では珍しく、まな板だ。だから性別判定に自信が無くなってきた。でも可愛いから女の人だよね。たぶん。
まだ、ここまではいい。まだ、いいんだ……。
服が……チューブトップって言うの? 肩紐がなくて、ちょっとへそ出しちゃう感じの上と、下は超短いホットパンツ? その二つとも、なんかの毛皮でできてるみたいで、ごわごわしてる。
……ねぇ、ほんとにそんな服装でいいの? 最低限の布面積しかなくない?
でもね、そんなことより驚くことが……。
背中から生えてるのは猛禽類みたいな翼、足はなんだろ……肉食獣……ライオンみたいな……あぁ、意味がわからない……。しかもそれがキャスケットさんの肩に食い込んで、動けないように拘束している。鋭い爪が肉に刺さっているのか、じわじわシャツが赤くなっていく。
いや、ウサミミとかならまだわかったし、安全じゃない? ただの飾りじゃん? でも翼と足って何……? しかも足が凶悪なんだけど……。せめてただの鳥だったらよかったのにね。
「ごきげんよう、アリス。わたくし、“侯爵夫人”のマリー・ダイナですわ。以後お見知りおきを」
「ミー、“グリフォン”のドードーでーす! よろしくデース!!」
お嬢様は優雅な一礼を、ワイルドな人は片手を振って、名乗りを上げる。
……って、あの……この名乗り方知ってるぞ。役職名も一緒に言ってますよね……?
二人とも役付だろうか……?




