焦り
目が覚めた。前にも見たな、この景色。帽子屋邸の部屋だっけ……。
外はまだ明るくて、もうすぐ女王陛下のお気に入りの時間だ。早く帰らないと、エースが心配する。
「おそよう、アリス」
グレイの声が聞こえる。こいつホントタイミングよすぎないか? 何? 計ってんの? 起きた瞬間出てこようとか、扉の前で待ってたりすんの?
振り返って微妙な目を向けていたら、クスッと笑われてしまう。
「ネネが教えてくれたんだ。あの子は人の眠りに敏感だから、なんとなく感じ取れるそうだよ」
おぉ、なんてファンタジー。超能力者かな?
「アリス、君が今どんな顔をしているか、わかるかい?」
「わかるわけないじゃない」
「だろうね。きっとミカには寝起きで不機嫌な顔、とでも言われそうな顔だよ」
おう、喧嘩売ってんのか?
「でも私は、君の目が死んでる、とでも言おうか」
「っ」
夢の内容をぼんやりと覚えている。そのせいか、言葉が心臓を抉るようだった。
忘れたの。忘れたんだよ。思い出させんな……頼むから……。
それがあの人の願いでもあるんだから……!!
「君は、思い出しているのだろう? 君の忘れた記憶。どれほどまで取り戻したんだい?」
「さぁ、何のことか、わかんないわ」
今回の夢、カード、一番じゃないけど、かなり大事なやつだった。だから、きっと私は……? あれ?
「その目は初対面の時に似ているね。君は笑ったような顔をして、目は決して動きはしなかった。でも最近はそれなりに楽しそうだったよ。今は? 君自身、今はどう思っているんだい?」
見えないくせに、その眼光は鋭くて。私を射抜くように見つめてくるから、怖くて。
「私、は……」
私は、どうだろう? 何を思ってた? どのくらい思い出したの? 私は夢の内容を知ってるわ。覚えているはずよ。それはなんなの? 記憶よ。でもどんな? それがなんだったの?
ぐるぐるする。頭がパンクしそうだ。無理に思い出そうとするから。
「君は思い出さなくてはいけないよ」
なんでそんなこというの? 忘れたままでいいじゃない。忘れたかったから、忘れたのよ。
「帰りたいんだろう?」
「かえ、る……?」
「そう、君は帰りたい、いや、帰らないといけないと言っていた。記憶がなくて、どこに帰ろうとしているいるんだい?」
ひゅっ、と喉が鳴る。嫌な汗がにじみ出る。
そうだ、私は帰らなくてはいけない。なんで記憶を忘れてるの? 逃げたからだよ。夢の中でも言われた。
向き、合えって? 逃げるなって、言いたいの?
血が出そうなほどに唇をかみしめて、グレイを睨む。
「あなた、何を知ってるの……?」
「何も。何も知らないから、君に教えてもらわないといけない。君はただの“アリス”ではないようだから」
「は?」
散々アリスだと言っていて? 急にアリスじゃないの? いや、ただの、ってなに?
「白兎はアリスを間違えない。けれど、それはどうしてだろう? 私たちは理由を知らない。君はイレギュラーだ。普通の“アリス”ではない。ではなぜそんなことが起こったか? 私はそれを知りたい。知るために、君の記憶がきっと必要なんだよ」
何を根拠にそんなこと言っているんだか。
でも……そうだ。私は思い出さないといけない。それはきっと、義務だ。逃げ出したいけど、それじゃあダメなんだ。
「いいわ。わかった。思い出す。思い出したことは話すし、思い出す努力もするわ。でもね、思い出すにはカードが必要よ。だってカードを開くたびに夢見てるんだもの」
思い出すために、話を整理したいこともあるだろう。その時にグレイに話せばいい。私も声に出せばまとめやすくなるだろうし、グレイと話せば彼もまとめてくれるだろう。グレイも聞きたいんだし、一石二鳥というやつだ。
でもそのためにはゲームをすすめないと。でないと、記憶の欠片さえ手に入らない。
「カード、ゲーム……。今開いているカードはいくつだい?」
「えっと、ディーとダムでしょ? それから、エースと、アズ、の、三枚……?」
トカゲさんのカードは結局どうなってるんだろう。カッコ仮すぎて扱いに困るんだけど。
「その三枚か……もう一人、誰かにカードを開けてもら……待て、カードを見せてもらえないか?」
何か切羽詰まったような声をしているから、うっかりカードを渡してしまった。やっぱり警戒心持たないとだめだよね! 皆の命とか言われてんだからね! 簡単に渡しちゃだめよ、私……。
真剣な様子でカードを一枚ずつめくっていくから、わたしまでなんか緊張してきちゃう……。
「そうか……“白兎”と……あぁ……」
全部見終わったら、なんか独り言をつぶやき始めてしまった。私はどうしたらいいんだろう。
困り果てていると部屋をノックする音が聞こえた。
「グレイ? アリス……は起きてるよな? 大丈夫か? 入ってもいいか?」
ミカの声だった。むしろ入ってきてくださいお願いします。
「大丈夫よ! グレイが大丈夫かは知らないけど!!」
「え、グレイに何かあったのか??」
部屋に入ってきたミカは、片手にティーセットをのせたトレイを持っていた。……ウエイターさんみたい。あ、ウエイトレスか……。
「グレーイ? どうしたんだ?」
てきぱきと、ベッドの横に小さなテーブルを持ってきて、紅茶の支度をするミカ。だが視線はグレイに合わせたままである。……熟練度が違うよね!!
「ミカ、鳥と夫人は街中だったか……?」
「え? あー、うん、そうだな。……ちょっと待てよ、介入する気か?」
「しない。が、こちらもそろそろ限界だ。何とかしてもらおう」
「マジかよー……俺あの人たち苦手なんだよな……」
「ならネネにでも行ってもらおうか。正直、もうなりふり構ってはいられないんだが」
「うーん、なら帰りにでも寄るか? もちろん、アリスがよければだけど」
と言って、ミカはこちらを振り返る。
いや、急に話を振られても困るんですけど?
「はい、紅茶。ミルクと砂糖は?」
「あ、両方たっぷりで」
「りょうかーい」
「あぁ、せっかくの香りと味が……!!」
「うるさいわよ紅茶狂い。私は今マイルドな気分なの」
紅茶はストレートが一番と思っている紅茶党の目の前で働く暴挙。うん、少しすっきり。え、八つ当たり? ちがうわよ??
グレイはしょんぼりしながらも、カードを返してきた。そしてそのまま本題に戻る。
「もう一人、カードを開けてくれ。……いや、開けるまではしなくていい。接点を作ってくれ。たぶん、会ったことのない役付の手がかりを教えるから、そちらを何とかしてほしい」
「ごっふっ」
危うく紅茶を吹き出しかけた。吹き出しはしなかったけど、むせる。
「げほっごほっ」
「気をつけろよ?」
大天使ミカエルが私の背中をやさしく撫でてくれる。あぁ、気遣いが身に染みるぜ。
「あ、ありがとっ……。てか、なんで急に手がかりを教える気になったのよ」
「とっととゲームを終わらせたい気分になったんだ。もちろん、カードを開けられるに越したことはないのだが……」
「なんで急に……」
グレイの声色から、いつもの余裕を感じられない。楽しいものを目の前にして焦ると言うよりも、不安から怯えているような雰囲気を感じられる。
「思った以上に君がイレギュラーだったんだ。私の想定の範囲外である気がする。いや、そうなんだ。確かに、そうなんだ……。そしてそれは、とても危険だ……」
舌打ちでもしそうな、苦々しそうな口調だ。ぼそぼそと、心ここにあらずと言った調子につぶやきはじめる。
え、なにそれ、私が悪いの? 私だって巻き込まれた側だったんですけど?
ぶちぎれそうになるのを我慢して、紅茶で一息つく。今回は吹き出さないし、むせない。
「まあ、なんでもいい。私たちはルールに従うだけだしね。でも、グッドエンドを目指さなくてはいけないんだ。もしくはトゥルーエンドを」
少しすると、自分で意識を取り戻したようだ。まだ夢の中、と言った感じではあったけど、決心したような声音で重々しく告げる。
「なんでもいいわ。わかったわよ。どうせ私もカード集めなきゃなんないわけだし?」
「あぁ。と、いうわけだ。さっそく帰り道に手がかりの場所に寄るか? 今日は疲れたというのなら、また今度ミカが案内するだろうけど」
「おうよ」
ミカが任せろ、というように胸を叩く。……無駄に大きな胸を……。
こんなこと考えてる時点でお察しなんだけど……うん、とても疲れた。でもなー、どうしようか……。
「手がかりだけなんでしょ? いきなりゲームが始まったりしないわよね?」
「しないんじゃねぇかな。会えるかどうかもわからないんだぜ? とりあえず会えるようなら会ってみる、って感じで寄るだけだ」
「え、そんな感じなの?」
「んー、あの人神出鬼没だから……」
そう言うミカの表情が青ざめて見えるのは気のせい……だと思いたい。そうだよね! もう日が暮れたよ! 暮れちゃったから!! だから暗く見えるだけだよねそうだよね!!
「じゃあ、寄ってみたいわ」
「よし、あいつらにも言っとく。……ぜってぇ粗相のないようにって……」
青ざめたように見える顔に、さらに悲壮な表情が加わる。
私は一体どこに寄ろうとしてるのカナー?




