悲愛
はい、どうもアリスです。ただいま夜、トカゲさんと会った日からしばらく経ちました。
私は薄くてふわっとしたネグリジェ? 的なかわいらしいピンクの寝間着をハートからいただいたので、それを着ています。
趣味じゃねー。ジャージが一番だよ……。
でもお城だしね。オーコーキゾクとやらだしね。ジャージなんてモノ、ここにはないヨ。お願いしたら手に入れてくれそうだけど、それを着て歩く勇気はないヨ。
いや、歩かないけどさ。
で、そんなかわいらしいものが似合わない私はベッドの上で胡坐をかいて座っている。え? スカートだけど何か? 部屋に一人だから問題なし。
目の前にカードを並べて腕を組んで考え事をする。
そういえば、カードほとんど……ってか、一枚以外全部色づいてるんだよね。いや、三枚は黒塗りでよくわかんないんだけどね。
でもトランプだとしたら、ジャックとクイーンとキングよね。ってことは、キングは見てないから……全部で色づいてないのは二枚だけってことかしら?
持ってるのがスペードのエース。クラブの十。カッコ仮でダイヤの七、でいいのかな?
むむっ、順調じゃない? って言いたいんだけど、一枚誰が役持ちか知らないカードがある。他は多分把握できてると思うんだけど……。
「困ったわねぇ。誰よ、ダイヤの二って……」
知らない間に色づいていた。おそらく、城を家出したあたりの話。
「ハンチングさん……なわけないわよねぇ……? 地味だし……」
でも無駄にグレイとかと仲よさそうだったしなぁ~……どうなのかしら?
「あ、あとチェシャ猫! 誰よ!?」
チェシャ猫って役がある。
グレイは帽子屋で、ミカは三月ウサギで、ネネは眠りネズミ。そんな感じでチェシャ猫がいる。
「で、それだけ知らされてどうやって探せって言うのかしら……?」
三人はわかりやすかったけど、トカゲとかわかりづらかったわよ!? 猫? 猫なの? 猫耳探せばいいの!?
まだあってないのかも、このダイヤの二がそのチェシャ猫なのかもわからない。
「だーもっ!! イライラするなぁ!!」
まだまだ道のりは長い……がくっ。
こんこんっ
部屋のドアがノックされる。
「はーい?」
メイドさんかな? いや、でも夜だよ? なんか急用でも……?
「アリス、私です。ラビです。少しお話よろしいでしょうか?」
体がピシッと固まる。
変態がこんな時間に一体何の用……。
「あー、うん、ちょっと待って着替えるから」
こんな薄っぺらいひらひらでよく知らない男の前に出るのはだめよね。さすがにそれくらいの常識はあるのよ私。
「あぁ、面倒でしたら明日でも……」
「今しか時間ないんじゃないの? ちょっと待っててすぐだから!!」
いくら変態だって一応、たぶん、おそらく、常識くらいあるでしょう! こんな時間に来るってことは、それくらいしか時間がなかったってことじゃないの?
忙しいのはひと段落したみたいだけど、姿をそんな見かけないのは変わってないし……。
「アリス、優しいですね。ありがとうございます」
ぱぱっと着替えてカードをしまってラビを招き入れる。
ま、リボンとか今はいらないわよね。アリス装備みたいだけど。
「失礼します……」
ドアの外にいたラビは……超瀕死!!
いつも元気に立っている耳はお疲れ気味に垂れていて、目の下にも隈。少々やつれたような……?
「だ、大丈夫!? 休んだりしてる!? 仕事やりすぎじゃない!?」
「大丈夫です。なんだか久しぶりな気がしますね」
かわいた笑いを浮かべるラビがとてもかわいそうに見える。変態だけど、大目に見て、甘やかしてしまいたくなる。
「そ、そうね! でもそれよりも休んだ方がいいと思うんだけど!?」
「いえ、アリスの顔が見たかったので」
「あ、あらそぉ!? ちょ、ちょっと待ってね! メイドさんに紅茶とかお願いして……」
「いいえ。少し話がしたかっただけですので……。よろしければ一緒に庭でも散歩しませんか?」
完全にぱにくってドモりまくりな私を落ち着かせるような声のトーンで、ラビはそう提案してきた。
「夜のバラ園も素敵ですよ。陛下の趣味で、赤バラしかありませんが」
「で、でも……」
「私のお願い、聞いてくれませんか?」
ちょっと困ったように首をかしげて苦笑いするラビに、そりゃもう頷くしかないでしょうよ。
「わかったわ。じゃあ、行きましょう?」
「ありがとうございます」
夜のバラ園も確かにきれいで、でもいつもはお茶会以外にはちゃんと来て見たことがなかったわね。もったいなかった。
「ラビ、ホントに大丈夫なわけ?」
少し後ろをついて歩く私、少し前を歩くラビ。だからちょっとふらついてるのがよくわかる。
「えぇ、大丈夫ですよ」
「本当? ちゃんと休みなさいよ?」
「もちろんです。明日は昼過ぎまで寝てやりますよ!」
そんなこといって日が上るまで仕事してそうなのがラビなのよね……。
「カード集めの方はどうですか? 順調ですか?」
バラの迷路をゆっくり歩いて、ラビは振り返らずにそう聞いてきた。
「どうかしら。一応三枚手に入れたけど、まだあってない人もいるし、チェシャ猫のこともわからないし……」
「三枚、ですか。チェシャ猫……そうですね、クセの強い役持ちが多いですから。頑張ってくださいね」
「……あんたはどうなのよ。私のこと、認めてくれないの?」
「私は……」
そこでラビは止まって振り返った。私も止まってラビの目を見つめる。
真っ赤な瞳はガラス球みたいで、けれどそんな無機質な感じじゃない。めい一杯に悲しみをたたえて、潤んだ血のように真っ赤な瞳だった。
「ラビ?」
しばらく何も言わなかったので、心配になって呼びかける。
まさか、目を開けたまんま寝てたりしないでしょうね?
「アリス……」
ラビが私の名前を呼ぶ。
「ねぇ、アリス、私はあなたの目に、どうやって映っていますか?」
「え?」
「私は、汚れているでしょうか? 穢れているでしょうか?」
顔が泣きそうに歪んだ。
「ラビ?」
「私は白くいたかった。白のままでいたかった。初代の“白兎”がそうであったように、純粋に“アリス”を想っていたかった」
ラビは私に触れようとして、少し手を伸ばしたが、触れる直前で手を引っ込めて、そのまま抱き込む。
「私は白ではありません。赤く汚れています。抗うこともせず、流されて、今では沼にはまっているのです。抜け出したいとも思いました。今はもうそれを願うには汚れすぎていて、でも諦めきれずに……」
ラビの方は震えていた。泣いてるの? ねぇ、どうして?
絞り出した声はあまりにも悲痛で。聞いてるこちらの心が引き裂かれて血が流れ出しそうなほどだった。
「けれど、アリス。それでも貴方は私を愛してくれるでしょうか?」




