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迷夢の国のアリス  作者: 影宮ルキ
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迷惑ゲーム・アリスゲーム

 緑の木々に、カラフルなキノコ。パンの蝶々に、喋る花。

 これぞまさにワンダーランド。

「……頭痛くなる光景……」

 後ろを振り返るが通った扉はすでに消えていた。閉じ込められるのと同じでホラーゲームの定番。

「行くしかないか。もともと帰り道なんてないわけだし……ちっ」

 人の手が入っていないような森だが、歩きやすくて助かった。

「あら? ニンゲンだわ」

「いやねぇ、こんなところに」

「勝手に森に入らないでほしいわねぇ……」

 いえ、連れてきたのは変態のウサギです。

 そう言ってもいいものか、謎な花に。……花だよね?

「ねぇ、もしかして……あれってアリスじゃない?」

「アリス? アリスなの?」

 やめてその名前で呼ばないで!!

 喉まで出かかった言葉。なんでどうしてそう思う?

 思考を振り切るように走り出した彼女。


 少し開けた広場のような場所、転がった丸太をベンチがわりに座り、彼は待っていた。

「遅いです。やっぱり駄目だったんでしょうか……?」

 手にした懐中時計を気にする。一秒一秒気にしている。

「はぁ……」

 ぱちん、とふたを閉じ、懐にしまう。

「時間がもうありません。諦めますか……」

 立ち上がって前を向く。

「何を諦めるって?」

「っ!!」

 草食動物であるウサギは、警戒心が強いはずで、気配に敏感のはずだったが……完全に後ろを取られた。

「ありsぐふっ!!」

 めりっ、という音が聞こえた気がした。

「……」

 彼女が無言でウサギの顔面に、跳び蹴りをくらわせたのだ。

 異常なほどの身体能力。助走をつけていたとはいえ、あんなにも高く跳べるものなのだろうか?

「い、痛……」

 吹っ飛ばされたウサギ。字面でいえば動物愛護団体にでも訴えられそうだ。

×××(ピーーーー)

 真顔で中指を立てつつ抑揚なく言った言葉。

「放送禁止ですよそれ!?」

「もう一回やっていい? 次はその鼻へし折ってあげる」

「ダメに決まってますよ!! 何するんですか!!」

 飛び起きて距離を取る。警戒のせいか耳がぴくぴく動き回っている。

「跳び蹴り?」

「そんなこと聞いてるんじゃありません!! なんでそんなことするんですか!!」

「腹が立ったから?」

「ひ、ひど……」

「いきなり変な場所に引きずり込んだやつに言われたくない。さっさと家に帰せ!」

「それは無理ですよ!」

「……」

 無言で足を一歩後ろに下げ、蹴りを放つ体勢に……

「ちょっと待ってください! あなたが帰らなかったんですよ!?」

「……どういう意味?」

 一度蹴りはやめることに。

「書きましたでしょう? あなたが自ら選び、こちらへ来てもらう必要があったと」

 確かにそんな意味合いのモノは書いてあった気がする。紙は破り捨ててしまったため確認できないが。

「さっき扉をくぐるとき、私に会いたいとか思いませんでした?」

「……まぁ、あなたを殴りたいとは思ったわね」

「つまりこっちに来なくてはいけない、と」

「そうなるかもしれないわね」

「それですよ」

「どれ?」

 あったまおかしーんじゃねーの?

「あなたが本当にこちらに来たくないのなら、あの扉をくぐったら元の世界に戻るはずだったのです」

「……もう一度言ってもらえる?」

「本当にこちらへ来たくなかったのなら、さっきまでのは夢だったのかと思うほどあっけなく、元の世界に帰れたはずですよ?」

「……なんだって?」

 思わず口調が荒くなる。

「私はあなたを怒らせるようなこと書きましたね? そこに行きつく前も」

「ええ」

「私に言い返したいとか、蹴りたいとか思いませんでした?」

「思った」

「……でしょうね」

 蹴られた頬が熱い。口の中も切れた。これからの食事が辛そうだ。

「でもそれは私に会わないといけませんね? ということは、私に会いたかった。つまりこちらへ来なければならない」

「……」

「そしてあの扉は本当に拒絶したらあなたを家に帰してくれる。だから私はそれを阻みたかったのです」

「だから、私を怒らせたくて、ちゅーとか……?」

「あ、それはほんの冗談です」

「ウソツキ!! 私の傷ついた時間を返せ!!」

「嘘などついていませんよ! 私、私があなたにキスをした、とかなんて言いましたっけ?」

「……憶えてないけど……」

「私はあなたに嘘はつきません。誓いましょう」

「いらない」

「即答ですか……」

「って、ちょっと待って。あれがラストチャンスとか言わないわよね?」

「ラストチャンス?」

「物語的に考えて、あれが家に帰るための最後のチャンスだったんだよぉwwwとか、言わないわよね?」

「……言いません。ついでに言えば、言ったとしてもそんな言い方しません」

「よかっ「ですが」たぁ……って何よ? 人の括弧にまで入ってこないでもらえない?」

「括弧とか言わないでくださいよ……」

「うるさい」

「はぁ……まぁ、いいです。……無条件に帰れるのはあれが最後でした」

「……どういうこと?」

「それは私があなたをここへ連れてきた、その理由にもなります。最初から話しましょう。……どうぞ、そこに座って?」

 さっきまで座っていた丸太を指さす。

「話長くなる?」

 丸太は意外と頑丈で、座っても転げ落ちるようなことにはならなそうだった。

「できるだけ簡潔にまとめるつもりですが、あなたにわかるように話すとなると……」

「なにそれ? 私が頭悪いって?」

 拳を軽く握って威嚇すると、ウサギは慌てて首を振った。

「違います違います違います違います!!」

「じゃぁ、何かしら?」

「あなたの常識とここの常識はおそらく全く違うという話です!!」

「ハぁ?」

「……こほん、とにかく話します。ちゃんと聞いてください」

「了承。……あ、いや、その前に」

「どうしました?」

「名前」

「へ?」

「あなたの名前。あ、私は……」

 あれ? 私は……?

「……申し訳ありません、遅くなりました」

 戸惑っている彼女を見ていないのか、遅くなった詫びを言う。

「私、“白兎”のラビ・ホワイトと申します。以後お見知りおきを、アリス」

 右手を胸にあて、軽く礼をする。

「ちょっと待って。私はアリスじゃない!」

 なんでそう思った? 冷静な部分がそう言ってるのが頭の隅で分かる。でも押さえられなかった。何故か叫んでしまった。

「……あなたはアリスではないのですか?」

「私はっ……!!」

 私は……?

「……」

 さっきもつまった。

 私、私は……私、は……!?

「……アリス?」

「……違う!! けど、思い出せない……」

 勢いをつけて否定はする。が、その後が出てこない。

「思い出せない?」

「私、何してたの? 私誰? ここ何処? え、あれ? なんで? 何も思い出せないの? なんで? なんで? なんで何でナンデナンデナンデ?」

「アリス!」

「違う。私はアリスじゃない! じゃあ、誰? 私は誰なの……っ!?」

「落ち着いてください!!」

 思い切り肩を揺すられた。

「っ」

「……あなたは記憶がないんですか?」

「分からない。なにもかも、分からない……」

 確かにあった。絶対あった。何があったのかわからないけど、あったんだ。何かが。記憶? 思い出? 全部、全部全部全部! わからない……何も、ない……

「落ち着いてください。大丈夫です」

「何がっ」

「大丈夫って言ったら大丈夫なんです。まずは落ち着いてください。あなたが落ち着いてくれないと、私は何も話せないでしょう?」

 頭が撫でられる。温かい、大きな手のひらだった。

「……分かった」

 ほっとする。腹立つくらい、心が静まる。

 しょうがない、わかんない。少し、おいておこう……

 現実逃避かもしれないが、今はそれが最善のように思えた。

「よかった……」

 ふわっと微笑まれる。

 美人の笑顔はそれだけで最強兵器ではないでしょうか? 破壊力ぱねぇ。

「どうしました?」

「別に……」

 美形ずりー。少しでいいからのその美しさ分けてくれー。

「えーっと、話しても大丈夫ですか?」

「どうぞ」

「では、えーっと、あなたはアリスじゃないと言いましたが」

「私はアリスって名前じゃない。思い出せないけど違う。絶対違う」

 それだけは心が全身全霊で拒否している。なぜだろうか?

「そうですか。……でも、あなたはアリスですよ。私が間違うはずありません」

「すごい自信ですこと」

「ええ。これだけは譲れないほど、ですよ」

「イミワカンナイ」

「いいえ。わかりますよ、私には」

「……」

「あなたはアリスです。《物語の主人公(アリス)》なんですよ」

 そう言って、ラビはふわっと、悲しそうに笑った。

「?」

「まぁ、そうやって納得していただくしかありませんね。今は」

 さっきの笑みは一瞬で、次、瞬きをしたら消えていた。

「……分かった」

「よかった。これ以上の説明を求められましてもどうしようもありませんでしたよ」

「……」

「では、あなたを呼んだ理由を説明させていただきますね」

「……!」

 これでやっと、家に帰る手がかりが……。

「あなたが呼ばれたのは……ゲームに参加していただくためですよ、アリス」

 沈黙。

「……ハ?」

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