いまだ一歩手前の入り口
目が覚めると、屋内だった。倒れていたようだ。
屋根は闇に隠れるほど高く、壁には蝋燭が等間隔につけられ、床はフカフカのカーペット。
「あの変態、今度見つけたら跳び蹴りくらわしてやろうかしら?」
物騒な発言しつつ起き上がり、辺りを見回す。
全体的に暗い印象な、廊下と思われる場所。一本道だ。
「ちっ」
変態いねぇし。これじゃどっち行っていいか……
かたんっ……
「ん?」
かすかに音が聞こえた。空耳かもしれないが……
「行くしかねぇじゃないのよ」
音が鳴ったらしき方へと足を進める。
歩きながら自分の服装を見る。
「……」
水色のワンピースに白いエプロンの飾り。青と白のボーダーのニーハイソックスに、黒のストラップ付の靴。頭にはリボンもついている様子。全体的に可愛い感じ。
「こんなひらひら趣味じゃねー。着替えさせたのがあの変態だとしたら……コロス」
ここは夢の国補正であってほしいところ……。絶対……。
そんなこんなで少し開けた、小部屋のような場所にたどり着く。
ガラスの小さなテーブルに、小瓶とメッセージカードとちいさな鍵が置いてあった。壁にはカーテンが。
「んー? ナニナニ? 私は扉の先で待っています。あなたを置いて行ってしまって申し訳ありません。ですがそうする必要があったのです。あなたが自分で選んで、こちらに来てもらう必要が……って、連れ込んだのどこのどいつだ? あ?」
衝動的にメッセージカードを叩き付け、ようとしたが、虚しくなってやめた。読み進めることにする。
『P.S.寝顔、素敵でした。思わず食べてしまいたくなるほど、ね? 代わりにキスするくらい、許してくださいますよね? 無防備なあなたがいけないんですよ?』
「……あの変態、やっぱ一発殴る。ぼこぼこにする」
メッセージカードは今度こそ、八つ裂きにし、床に投げつけた。その後何回も踏みつけて、ぐりぐりにして、とりあえず思いつく限りずたずたにしてみた。少しすっきり? いいや、まだ、まだだ。あの変態にこのメッセージカードのような目に合わせてやりたい……というか、合わせてやるから覚悟しとけよ……?
小瓶を見る。小瓶についていた札には『私をお飲み』。……怪しいから保留。
鍵、とりあえずポケットに突っ込んでおく。
壁のカーテンを調べる。小さな扉を発見した。
「鍵はここにか。でも小さいな。入れ……ないな。うん……だったら……脱出ゲーム的には、あとは、あの小瓶か」
『私をお飲み』……自己主張激しいこいつを、飲む……? ホラーゲームだったら死ぬ可能性も……。
「夢の国じゃなくて、悪夢の国? ……それは困る。まだ死にたくないかもしれないし……」
セーブできたらな……人生にリセットもないんやで! って怒られそうだけど……って、誰に?
観察してみる。乳白色の液体が入っている。大きさは、香水瓶ほど?
匂いを嗅いでみる。オレンジと蜂蜜のような匂いがする。
なめてみる。甘い。けど、くどくはない。さわやかな甘み。
飲んでみる。一口だけ。……?
「苦しくなったりはしないけど……さすがワンダーランド。背が小さくなるとは……しかも服ごと」
身長的に、小学生低学年ほどだろうか? 小さいと思ったテーブルと同じくらいの背になった。
小さくなってみるとわかること。テーブルの足元に、手のひらサイズの小さな箱が置いてあった。中にはこれまた小さな、カラフルなクッキーが。ふたの裏には『私をお食べ』。
「自己主張が激しい食べ物多いな」
このクッキーもおそらく害はないと信じたい。でもまた小さくなったら鍵を持つのも大変になりそうなので、保留。
鍵は小さくならなかった。小さな鍵が、少し大きなカギに見える。
「これくらいなら入れんだろ。……ゲーム的には、このクッキーが大きくなるためのアイテムだと信じる。ゲームだったら、これ以上小さくなれない、とか出そうだけど、そうならなかった時のために、一応保留。小瓶と一緒に持っていこう。あと、なんか忘れものある? ……ない? よし、いける」
扉は小さくなった姿でも四つん這いにならないと入れなかった。
「ちっ、ぜってぇ設計ミスだろ」
いや、ウサギなら通れるかもしれない……なんて、考えすぎか?
……外は、おとぎ話のような森でした……。これでは二足歩行のウサギなんて、普通でしょう。
……足を踏み入れてはいけない森でした。後悔は、後から悔やむから後悔というのです。後悔するときはいつも、手遅れなのです……。