ワンダーランドへ強制連行
「……え?」
気が付いたとき、彼女は暖かな木漏れ日の下にいた。
光を反射して煌めくのは、月光の銀髪。瞳は吸い込まれそうな深海の青。肌は人形のような滑らかな白。壊れそうな、本当にお人形のように、目に光のない少女。それは目覚めたばかりとかそういうわけではないだろう。
なんで、どうして? 私はさっきまで……?
「……何してたんだっけ?」
思い出せない。覚えてない。何もない……。
ここはどこ、私はだれ?
「私は……?」
「急がなきゃ、急がなきゃ!!」
「ん?」
目の前を白いウサギが、赤いチェックの服を着たウサギが、よく見たらメガネもかけているウサギが、二本足で立ち、その手には大きそうな時計を見ながら、しゃべりながら、横切った。
「……」
混乱した頭でもわかる。この世界に、人間の言葉をしゃべって、二足歩行で走りながら、メガネをかけ、時計を理解し、急いでいるウサギなんて存在しない。つまり……
「なるほど。これは夢。わかった。じゃあもう一眠りしたらちゃんとわけのわかる現実に戻るはず。ダイジョブダイジョブおけおけ……」
そうして横になって、眠りにつこうとしたとき……
「ちょっと待ってください! 全然オッケーじゃないです!!」
「……」
片目を開けて、様子をうかがう。
「…………」
よし、寝よう。
「待ってくださいってば! 起きてください!!」
「やだ」
「なんで!? なんでです!?」
「だって目の前に変質者がいるから」
さっき様子をうかがった時に、目の前には青年がいた。そう、青年だ。その時点でできればもう現実逃避ものだ。独り言を聞かれた挙句、近くに寄られて眠ろうとしていた顔を見られた。……ヤダなにそれ恥ずかし。
しかも、その青年は超絶美形。雪のように白い髪は、肩よりも長くて、リボンで一つにくくっていた。瞳はありえないほどきれいな、ルビーの赤。しゃがみこんでいたから身長はわからないが、きっと高いと思う。なんとなく。美形だし。服はさっきのウサギと同じものだろう、赤いチェックの……ちがう、そこじゃない。そう、ウサギだ。一番気にすべきことはウサギだ。
その青年の頭には、ぴんと立った、白いウサギ耳が生えていた……
「へ、変質者? も、もしかしなくても、私のことですか?」
「あなた以外に誰がいるの?」
「……私は変質者じゃありません」
「……いきなり現れて、コスプレして、無防備な女子に近づく男のどこが変質者じゃないの?」
「前二つはまあ、しょうがないとしましても、最後の一つはここで寝ているあなたがいけないんじゃないですか!!」
「えぇー?」
「もうっ! それに、あなたはここで寝ている場合じゃないんです! 時間がないんですってば!!」
「時間?」
「そうですよ。早くしないと間に合いません。さあ、行きましょう?」
「……」
変質者の謎の言葉にうなずいてはいけない。そして、知らない人にはついてかない。変質者ならなおのこと。これ常識。
ちなみに今の会話、すべて目を瞑って行っている。
「嫌」
「我がまま言わないでください……」
「わがままはあなた」
「……どうしてもですか?」
「もちろん」
「……仕方ありませんね。手荒な真似はしたくなかったのですが、時間がありませんから」
「え? え!?」
いきなり現れた変質者が、いきなり抱き上げてきた。姫様抱っこ……っ!?
「な、放して!!」
「あんまり暴れないで!」
「これが暴れないでいられるか!!」
「仕方ないじゃないですかぁ! あなたがはい、と言ってくれないからぁ!」
「お前みたいなやつについて行っちゃいけないなんて、子供でも分かるわ!!」
「えぇー!?」
「お・ろ・せ!!」
「無理ですよっと!!」
変質者がどこかに飛び降りた。
「!?」
大きな穴だった。とっても大きくて、深い……
「な、何これ!?」
「ワンダーランドへの入り口ですよっ」
「何がワンダーランド!?」
いつの間にか彼女は変質者から離れていた。落ちた衝撃だろうか?
深い深い穴。底が見えない。
「いや、ワンダーランドってか、死者の国への入り口!?」
「死にませんよ。その辺がワンダーランド補正です」
「どんな!?」
「いやぁ、まあ、夢の国補正ってことで?」
「雑!!」
「ああ、ほら、そんな雑談をしていたら、あっという間につきますよっと」
はるか下の方に光が見えてきた。
「!? いやぁ、まだ死にたくないかも!!」
「かもって……、自分の命、もう少し重く見てくださいよ……」
「いやぁ!!」
恐怖からか、もう許容量オーバーだったのか、そこで彼女は気を失った。