一傑
町が華咲く江戸時代、町は夜も盛りにて人々が行きかい、朱色に染められた爛漫橋≪らんまんばし≫の欄干が灯火にゆらゆらと映される。
その灯火の横にまた一つ、映し出される女影があった。
遊女のような派手な簪、血のように紅く艶を放つ絹着物。そして男物の黒無地の中羽織を纏い、刀をぶら下げて居る。奇妙な格好であった。
女の肌は死体のように青白く、目は墨のように真っ黒だ。
道行く人は始めはギョッとし、そして見惚れ、恐れ、そそくさと橋から立ち退いていった。いつの間にか女と町人の間には見えない仕切りができ、女の近くを避けて行った。
その中で齢10、11であろうか、女の陰でよく見えないが、髪を結んで笠を被った可愛らしげな童が一人、その怪しげな女の前に立ち出でて、じっと見つめた。
「おねぇさん、探しものをしとるのですが」と童が言う。
女は意外そうな、怪訝そうな顔で子供をみる。興味が無い風で目をそらし、暗闇を映す墨のような川を見つめた。
「小富士見橋のおねぇさんですよね、人の通らなくなってしもうた」
小富士見橋、とはここ爛漫橋から1町離れたところにある橋である。
人行き交いの多い橋であったが、死体のように青白い肌をした女が夜な夜な現れると云う事で次第に気味悪がれ、最近はめっきり人が通らない。
「会いたい人といふのがその小富士見橋のお姉さんでしてね、昨日会いにいったらいないってもんで、あちこち聞いて、目方立てて来たらいたんです」
童の目が灯火に映りてらてらと輝く。女はやっと口を開いた。女の癖なのだろう、厳しい、棘の刺さるような口調で言う。
「嬢ちゃんはおうちへ帰りなさい。夜の町は危ない。可愛い顔女の子の血を吸いたくて我慢しとるおばさんもおるのですよ」
そう言うと笑みを浮かべた。お歯黒で染められた歯の中でも犬歯は異常に鋭く尖り、まるで獲物を喰った狼のようであった。
童は叫び声をあげず、相変わらず動かない。女はすこしばかりか面喰らった。
不貞腐れて童は、
「わしは男です。童女じゃないです」と言う。
女はそうか、すまなかった、度胸のある男じゃ、達者でな、と言い立ち去ろうとした。
ふと、陰から外れて童の顔が灯火に照らされた。女は息を飲んだ。
顔は青白く死体のようで、目は黒々として闇夜のよう。耳は尖り、女とも見間違ごう程顔は整って日本人形のようだった。少年は笑った。
「八傑から一足して九傑の吸血鬼の一人となりました。よろしくお願い申し上げます」
紅色の唇から覗かせた牙は灯火で明るくきらきらと尖っていた。
半年に一回更新できたらいいなァ