「黒いオトコ」
そのオトコは暗い店内でもサングラスを外さなかった。miyako達の席には見知らぬ黒いスーツスタイルのオトコが座り、ゆっくりとタバコを燻らせていた。オトコは第二ボタンまで外した黒いシャツに今風なあごひげの細身の30歳前後。格好が違えば爽やかな短髪で煌びやかな店内でそこだけ時間が止まっていたのではないかと思うほど漆黒でダーティーで危険な香りがした。
miyakoは少し離れたところからその黒い男を眺めていた。テーブルの上にはmiyakoの飲みかけのカシスオレンジがクラブのライトに照らされて赤黒くひときわ異彩を放っていた。
覚悟を決めてmiyakoは黒いオトコの向かいにドスンと座りオトコを見ないようにストローで自分のカクテルを思い切り吸った。オトコの視線を感じたがわざと無視してオトコが消えるのを待った。
黒いオトコは何か口に出そうとしてmiyakoを見つめたが少し思い直してそのままその席に留まった。
それから何曲か音楽が流れ続け、傍目には恋人の様に映ったのかもう誰ももうmiyakoに声をかける若い男はいなかった。
タバコの香りと香水と汗と酒と女の髪の毛など色々な香りが大きな音楽と喧騒とホロ酔いの自分の胸の鼓動といろんなものが混ざり合ってmiyakoは幸せな気持ちになっていた。それは本当に不思議な感覚で懐かしいのと優しく暖かいものに包まれるその感覚は「いま、ここにいること」が奇跡的でとても愛おしいものに思えてきてmiyakoはすべてを抱きしめてあげたい気持ちになった。
店内に切ない、とても切ないバラードが流れてmiyakoとそのオトコは丸いテーブルを挟んでただその時間を一緒に過ごしていた。