me too
くあ、と小さなあくびを漏らしフィニはいつものベンチで空を見上げた。
太陽はそろそろ正刻を指す頃だ。
マレイヌ少年をDeleteしたあれからというもの、特にフィニの幸福値に変化は現れなかった。
同時に消去した神典は複写のようだったが、それでも内容自体は本物の世界の違和感となりうる。
一般的に幸福値の変更をすると、それに伴い自分の幸福値が減少するものだった。
そもそも本が偽物だったとしても、少年一人を世界から削除して書き換えたのだから、それなりの変動はあってもいいはずだ。
「それがないとなると、あれは一体……」
眉根を寄せたところに、あの煩わしい声がやってきた。
「おーい、フィニー」
遠くから呼ぶ声に更に顔をしかめ、しょうがないのでそちらを見やる。
左手になにやら袋を引っさげて煩わしい主である、あいつがいた。
「なんだ、またおまえか」
あきらかにそれとわかるため息をつき、げんなりすると、子供のように口をとがらせて非難した。
「いーじゃんかよ俺でも。それよりさ、これ食ってみろよ」
一転してキラキラと目を輝かせてずいっと袋を差し出す。
「何やら香ばしい匂いがするが」
鼻を近づけるも、やはり怪訝そうな目はむけたままである。
「たこ焼きだよたこ焼き」
「たこ焼き?あぁそういえば資料でみたことはあったな。……確か栄養素の生産性の悪いリストに入っていて次第に作られなくなったやつか」
「なんだそれ?よくわかんねぇけど」
そういって一つ爪楊枝で器用にすくい上げ、自分の口の中に放り込んだ。
「いやー、祭りって最近見かけねぇじゃん?屋台もねーしもうこういうの食える機会なくなったかなーなんて思ってたけどさ、あったんだよ!」
「……は?」
(祭り、だと?祭りと呼ばれる類のものは宗教戦争時に全てなくなったはずだ。それに関する記憶も、資料も。第一そのことを知ってるだけでAクラスの削除対象……)
「お前……祭りとやらのことをどこで知ったんだ?」
「へ?祭りっていったら子供の時によくやってただろ。あぁ~お前、いいとこ出っぽいからそういうの行ったことねぇか」
会話が噛み合わない。
今の世界では神仏だの祭りだのという類は知り得ない。
ましてニクルが子供の頃は完全に知るものはいないはず。
出会った時からこいつはこういうやつだったが、今、その知識は非常に危険だ。
そしてこの「たこ焼きなるもの」を販売していた人間も早急に見つけ出さなくては。
「お前、それをどこで手に入れた」
「お、フィニも興味が湧いたか?えっとなぁ、確か外苑通りの一本裏手の道で、油臭い店があるからすぐわかると思うぞ。俺もこのあたりには詳しかったんだけど、こんな店があるなんて知らな……っておい!」
「外苑通りの裏道だな、貴様はそいつを食ってしまうまで動くなよ」
話もそこそこに切り上げ、フィニは走りだした。
神典消去の件もそうだが、最近はイレギュラーばかり起こる。
ソーンとは世界に蓄積されたあらゆる知識のデータベースに接続できる。そして知識は直接脳内にリンクされる。ほとんど知らないことはないはずのだ。
だというのに、既に知る人間すらいない「祭り」だの「たこ焼き」だのというものをどうしてあのバカが知っているのだ。
あいつはイレギュラーだと思っていたが、本当に何かあるのかもしれない。
そのたこ焼き屋とやらを対処処理した後、あいつの頭の中も覗いてみるか。
と、そこまで思考を走らせているとメインストリートの出口まできていた。
外苑通りはメインストリートをぐるりと囲んだ、2層目の商業地点となっている。
メインストリートが小ざっぱりしたモダンな建物が並ぶ場所なら、外苑通りは花や街路樹が多く存在する。
そのひとつ裏道の古ぼけた看板を見つける。
大きな木製の看板で、「春風」と明朝体で書かれている。
錆風のほうが似合うのではと内心思ったが、すぐに余計な雑念を振り払った。
きぃっと音を立てて、古ぼけた木のドアを押し開ける。
「……いらっしゃい」
あまり商売をやる気はなさそうな低い声が飛んできた。
見上げる程の大男だが、彫りの深い垂れ目には気力が感じられない。
店内をひと通り見回すが、メニューらしきものは見当たらなかった。カウンターに腰掛けると、氷の入った水が出された。
男からも声をかけてこないので、意を決して問うてみることにした。
「ここにたこ焼きなるものがあると聞いてきたのだが」
「……ご注文で?」
「まぁ、ひとつ頼む」
「……あいよ」
返事や対話に使うエネルギーを最小限にとどめているのか、実に合理的な店主ではあるが、客商売としてこれはいかがなものだろうか。
目的はたこ焼きを食べることではなく、その技術の入手経路を探ることにあるのだから、特に不満を垂れることはなかった。
「店主、たこ焼きとはどんなものなんだ?」
「……タコの入った焼き物で」
「……すまんがもう少し詳しく知りたいのだが」
「……調理法は企業秘密なんで」
「左様か……」
企業秘密というほどのものだろうか。
うっかり店主の会話のペースに飲まれそうになる。
「店主はいつそのたこ焼きとやらに出会ったのだ?」
「……ちょうど2年前、ですかね」
「誰かに教わったのか?」
「……いえ、なんとなく思いついて作ってみたんでさ」
「……思い、ついた?」
タコの丸焼きをたこ焼きとするのなら安直なネーミングにも納得がいく。
だが、先ほどニクルが持ってきたのは「小麦粉の生地で包まれた丸い形の一口大のもの」であり、外からはタコが入っているかも分からない。
ニクルはそれがたこ焼きだと言った。
例え店主が思いついたとしても、それを「たこ焼き」と呼べるのだろうか。
「オリジナルなのか?」
「……いえ、でもなんとなく覚えていたきがしたんで」
いかに豊富な知識を持っているソーンといえど、さすがに会話が噛み合わずに頭を抱えた。
フィニはその調理法は知っている。
無論、データベースより拾い上げた知識によるものだ。
カウンターから覗くと、丸い小さな穴がいくつも開いた鉄板が置かれている。その中に小麦色の液体を注ぐと、じゅぅっと勢いのある焼き音がした。
近くに置いてあったプラスチックの容器から、いくつか手づかみで持ち、その丸い液体の中に放り込む。
しばらく店主は鉄板を見つめていたが、ふいに錐を取り出し、液体と鉄板の隙間に滑りこませ、円に添って手首を動かす。
小麦色の液体だったものが、薄く焦げ目のついた固形物になったそれが、鉄板の丸みと同じ面を上に向けた。店主は機敏な動作で同じように、他のもひっくり返す。
形の良いたこ焼きを作り上げるには修練が必要――そうデータの中にも注釈があったきがする。
そうして焼きあがったそれを、竹を模した器に盛り付けていく。
6個並んだ球体に、濃い焦げ茶色の液体と乳白色の液体を細く斜め掛けする。
仕上げに細かく刻まれた濃緑色の粉末と、薄い木片のようなものを乗せた。
「……おまち」
相変わらず無愛想な顔と声を向けるが、出されたたこ焼きなるものからは、不思議と食欲を誘う匂いがする。
見ると木片のようなものがゆらゆらと踊っている。たしか鰹節、とかいったか。
あんまりにもじっと凝視するものだからか、さすがに無愛想な店主も訪ねてきた。
「……どうかしましたかね」
「いや、珍しいものだと思ってな……」
これ以上観察するのも無粋な気がしたので、箸で一つつまんで口の中に放り込んだ。
球体が舌先に触れると――。
「――――っ!!!!?」
舌先を切り刻むような痛みが走り、口全体へと熱が一瞬で広がる。
想像以上に熱く、口の中を暴れ回った。
はふはふと焦って口を動かし、吐き出すのも人前なので躊躇われる。
なんとか皮を噛み切るが、とろとろの中身がまたとてつもなく熱かった。
涙目になりながらも、ようやく一つを飲み下した。
コップの水で口の中を癒し、残った5つのたこ焼きをキッと睨みつけた。
そこへ無遠慮な店主が訪ねてくる。
「……お味はお気に召しましたかい」
熱すぎて味なんて分かるか!っと怒鳴りつけたかったが、「まぁ、美味しかった」と若干上ずった声で答えた。
2個目はさほど熱くはなかった。
1個目に時間をかけすぎたのか、やけどした口の中が麻痺してしまったのかは定かではないが。
ほどよい温かみを帯びた個体に、濃いソースとマヨネーズの味が広がる。
磯の香りがするのは青のりか。
確かに美味しく感じる。
が、栄養素はあまりなさそうだ。
生体端末に組み込まれたウインドウを操作して見ると、自分の記憶の中にある材料、製作法、共にたこ焼きの情報と一致する。
気づいたら6個全て完食していた。
普段は必要以上の栄養を摂取しないフィニだが、よっぽどお腹が空いていたのだろうかと首をひねる。
フィニが口にしたのはまた別の疑問だった。
「なぁ店主よ」
「……なんでしょう」
「これは人気メニューなのか?」
「……いえ、ご注文なさったのはお客さんで二人目でさ」
つまりあのバカと、私だけということになる。だがあのバカはどこでこのメニューを知ったのだろう。
元々この店にはメニューなるものが一切置いてない。
「私はニクルという者からたこ焼きのことを教えてもらったのだが、店主はあのバカと知り合いなのか?」
「……この間店の片付けの手伝いをしてもらいまして。……その時に久しぶりにたこ焼きでも食べたいと仰ってましたので、お礼としてお出ししまして」
「ふむ……」
メッセンジャーだけでなく、何でも屋のようなことまでやっているのか、とその生態系にため息をついた。




