hello world
灰色のパーカーのヒモが風になびいた。
丈長の裾から細い足が伸びる。
意味の無い感慨に耽りながら空を仰ぐ。
朝日が昇る頃、少女は寂れた駅のホームにいた。
かつては蒸気機関車が通っていたというが、寂れ、荒れ放題の草木が茂り、かつての様子を見る影もない。
雑木林に囲まれ、佇む駅。
コンクリ土台の足場に、レトロな木造の屋根。すぐ手前にはレールが敷いてある。100年以上放置された、古びたレール。
草むらの中に僅かに見える線路の幅、さらに一つ分向こうは崖となっている。
潮の香りがした。
崖の向こう側、少女の眼前は開けたように海が広がる。
海のすぐ手前には住み慣れた街。見下ろす景色は街全て一望でき、壮観なものだった。
午前5時半。
夜空と朝の境界線は、深い青とオレンジが混ざり込んでいた。
腹部の奥で吸い込み、肩を少し引いて吐き出す。
目線は境界にある。
右手を水平に薙ぐ。
ヴンと音を立てて、空中に薄い膜が広がる。
半透明の膜の上に、規則正しく文字が浮かび上がってきた。
<<wake up>>
パーソナルウィンドウ。
たしかそんな名前だった気がする。
起動すれば空中に画面が表示され、情報の閲覧や記録、他者とのコミュニケーションツールとしても使われる。
生体認識タイプが一般的で、持ち主しか扱うことができない。
少女の右腕にはシンプルすぎる作りの腕輪を身につけていた。
幅1センチほどの黒い腕輪で、真ん中に青いラインが入っている。
他にもペンダントタイプやイヤリングなど、装飾品と複合されてる場合が多い。
空中に映し出された映像に触れる。同じように触れた箇所も移動していく。
幾つもフォルダを辿り、その一つの星を模した背景にハートが描かれたアイコンに触れる。
フォルダのタイトルは「Your Happiness」と記されていた。
ピコン、と音がした後に次の文章が表示される。
≪hello. Happiness value is 43 until today. good luck...≫
それを確認すると、パーソナルウィンドウを収納した。
何気ない日課のようなものだ。
顔を上げると空は、薄い青に塗り替えられつつある。
たんっと地を蹴る。
華奢な身体はふわりと浮かび、駅から飛び降りた。
100年前だったら自殺もいいところだが、荒れ放題の草むらに着地する。
そのまま錆び付いたレールを駆け抜け、海の方へと飛び出した。