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第六話 カザフ戦邂逅

 夜半過ぎに、ギィルとその部下達が、カザフの街の北西の、外壁の警備の薄いところから侵入し、民家の納屋などに密かに忍び込んで隠れた。

 日が上ると同時に、帝国軍の本体が外門を攻め、そこに兵力が集中したところで、ギィル達傭兵団が、手当たり次第に火を放ち、攻撃・抵抗する者をことごとく殺した。

 また、更なる混乱と、士気の低下を狙って、目立った建物をわざと破壊した。いつもならば、この手で大半の者が降伏してきたのだが、カザフの街の住人は違った。

 逆にいきり立ち、奮起し、無謀なまでに勇敢に、勇猛になった。おかげで手加減できなくなってしまった。

 全力で戦い、帝国軍にも少なからぬ被害が出た。団員にも、珍しく戦死者が出て、ギィルは作戦を誤ったかと密かに青ざめた。が、蓋を開けてみれば、圧倒的な勝利だった。だが、誰もが声も出ないほどに疲れきっていた。

 ギィルは戦闘中、途中で大剣の血を拭う暇も無くなり、ほとんどその重さだけで、急所の骨などを叩き割った。決して助からぬ傷を負わせることはできても、即死できるようなきれいな殺し方にこだわる余裕などなかった。殺さなければ、殺される。

 だが、それは戦争というよりは、ただの殺し合いだった。駆け引きや陣形など全く意味のない、ただの混戦で、消耗戦で、潰し合いだった。

 戦闘が激しく、戦況を把握し、指揮をとる余裕などなかった。帝国軍とは一時期連絡が完全に途切れた。

 軍を動かす権限や、その指揮や作戦に口を出す権限などをギィルは持たない。だが、彼らと連動して、もっとスマートにこの戦闘を終わらせるつもりだった。

 カザフは戦略的にはほとんど価値がない。カザフは、セイランス王国、ディカルクェンド帝国、イルウォーク共和国の国境沿いにある街だ。だが、その街道や街はあまり栄えていない。あまりに難所で、軍隊が通るには時間や労力がかかり、目立った産業も工業もなく、土地が痩せているため、糧食の生産も見込めない。商売のうまみも少ない貧しい街であるため、商人や旅芸人もあまり立ち寄らない所だった。

 ディカルクェンド帝国とセイランス王国は、アルティン連峰から流れる大河レガスによって西と東に分け隔てられ、イルウォーク共和国と両国はアルティン連峰を中心とする山々によって南と北に分け隔てられている。

 ディカルクェンドがセイランスに攻め入る橋頭堡としては既に、カザフの北西に位置する、レガス河東岸の城塞都市アセンがあった。ディカルクェンドは、アセンと帝国領を繋ぐ橋をかけ、その対岸にも対となる城塞都市ティールを建設した。

 昔からカザフとの小競り合いはあったのだが、今回の侵攻は、更にセイランス側に圧力をかけ、また、カザフからティール、アセンへ攻め入らせぬよう、牽制する目的だった。したがって、この戦闘は負けてはならないが、勝つ必要もなかった。

 この街を攻め落としても、それを維持する目的や戦略などはない。それに、ここまで破壊してしまっては、再建にも時間と金と労力がかる。セイランス側にも重視されていないこの街は、おそらく放置されるだろう。人馬の死体や死骸は、腐るままに、建物の残骸は風化するままに。住むべき住人を失い、誰にも必要とされない街の行く末は、哀れだ、とギィルは思った。

 それに比べれば、再建され、現在も両国に重視され利用されているアセンは、まだ幸いかもしれない、と思う。

 ギィルの故郷は、セイランス王国領時のアセンだった。今では、一般市民のいない、殺伐とした、最前線の一つである。ギィルの記憶の片隅にある、平穏で活気のある街の風景が、この先ずっと蘇ることはないだろう。

「こんな結果になるたぁな」

 ぼやいた呟きが、ガルンの耳に届いたらしい。

「団長?」

 低い声が響く。意味を問うのではなく、こちらの体調・心情を気遣う声だ。

「なんでもねぇ」

 無様な戦闘だったと思う。せいぜい二十名程度でできることは、些細なものだ。しかし、それほど堅固でもなく、規模も小さい、兵士達の士気の高さ、個々の戦闘能力の高さだけが強みの弱小軍隊など、戦略次第でどうにでも転がせたはずである。

 どう考えても、情報が不足過ぎた、と思う。敗けを認めるよりは死を選ぶという連中だと知っていれば、このような戦闘はしなかった。つまり、最初に捕まえた脱走兵士、少年ダンを、カザフ駐留軍の一般モデルとして見てしまったのだ。

(木を見て森を見ず、というやつかな)

 ダンがいなければ、こんな勝利はしなかった。だが、ダンがいなければ、内部攪乱などの誘惑には取り付かれなかった。適当に外側から攻めて、ほどほどのところで退く。それで終わっていたはずだ。

 今更になって、ギィルは気付いた。

「ダン、カザフ駐留軍は、もしかして王都からの派遣じゃなく、現地で徴兵・調連している連中だったのか?」

「カザフの人間は駐留軍の兵士のことを、戦士と呼んでいた。十七歳になったら、駐留軍兵士になるのは、慣習であると同時に、義務だった。男女は関係ない。検査で肉体的・精神的に問題ないとされれば、拒否はできない。拒否した者は、死んだ後まで後ろ指を差され、戦死すれば勇者に奉り上げられる」

 その言葉で、ギィルはダンの両親は、『戦士』ではなかったのだろう、と察した。

「普通、兵士は志願制だ。本来強制じゃねぇぜ」

「カザフでも志願制だった。ただし、自分達の住む街を自分達の手で守るのは当然だという風潮があった。兵役拒否して、殺されたり追放されたりはしないが、少なくとも住みにくくはなる。知っている例では、店に並んでいる肉を、売り切れだと言われ、売ってもらえない等といった事だ。そして誰もが、それを当然だと思っていた」

「閉鎖的な街だったのか? 外から来た連中に対してはどうだった?」

「言われてみれば、閉鎖的だった。街の外から来た人間は、少なからず軽蔑・軽視されて扱われた。居心地が悪いから、大抵居つかない。販売拒否まではされないが、尊敬はされない。人によっては、暴言を吐く場合もある。特に旅芸人など、物ではなく芸を売る者は軽く扱われた。貴重な品物を運んで来た商人は、丁重だったが、売り物を売った後に長居されては困るという風はあった」

「そりゃ大変だ」

 ギィルは答えながら、先にそうした話を聞いておけば良かったと思う。焦り過ぎたのだ。

 ギィルは振り返り、ダンの額の辺りを見つめる。昨夜、アーネスト・セルラウンが触れた部分は、プラチナブロンドにおおわれて見えない。たぶん、あれに何の意味があったのか、この少年はまだ気付いていない。

 それは目に見えるわけではない。だが、確かにしるしなのだ。それは、アーネスト・セルラウンの所有物になったというしるし、儀式。したがって、その瞬間から、ギィルがダンを殺す権限は剥奪された――ただし、セルラウンの命に逆らって殺すという選択肢はあった。殺してやった方が親切だったかもしれないとも思った。少年はまだ、自分が何を得て、何を失ったかを、知らない。

(義理と人情、ねぇ)

 難しいもんだ、とギィルは心の中で呟いた。

(しかし、まだ旦那に逆らおうとは思えねぇからな)

 止めようと思えば、止められたはずだ。しかし、セルラウンの不興を買う事以上に、優先できなかった。理由はその程度でしかない。

 ギィルは苦笑した。

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