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第三話 悪名

「よぉ、坊や。何を見てるんだ?」

 ギィルの声に、プラチナブロンドの少年は振り返った。

 暗い目をしていた。唇を引き締め、何か深く考え込んでいる。

 少年の顔は確かにギィルの方へ向けられているが、何も見てはいない。しかし、自殺を考えているとか、自暴自棄になっている風はまるでない。

「面白いものでもあったか?」

 振り向いたきりで何の反応もない少年に、少し意地悪な気分になって、ギィルは言った。

「……皆、死んでしまえば良いと思っていた」

「え?」

 ギィルはぎょっとして、少年の顔をまじまじと見た。少年は先ほどとまるで変わらない、暗いけれど静かで落ち着いた表情で、淡々と続ける。

「エレナとカイ以外は、どうだって良かった。俺はこの街に何一つ良い思い出なんか持っていない。俺には両親も兄弟もなく、ずっと厄介者扱いで、役立たず呼ばわりされていた」

「……おい?」

「俺は、カイのように、この街を守りたいと思えなかった。いつも、この街を破壊してやりたいと、思っていた。俺を殴り、役立たずと罵る連中を残らず殺してやりたいと思っていた。……けど」

 ため息をつくように、少年は言う。

「実際、現実になってみると、それほど嬉しくない。……何故だろう」

 ギィルは苦笑する。

「坊や」

 少年はギィルを見つめる。赤い、血の色の瞳だ。凶々しくも、美しい。微かに濡れたその瞳が、きらりと光る。

「名前をまだ聞いてない。いい加減、教えてくれ。俺の名前は、何度も言ったが、ギィル・カーツェン。この先も、付き合う気があるんなら、名前を聞かせてくれ。エレナちゃんを一人ぼっちにする気はねぇんだろ?」

 少年の顔に一層、陰りが宿る。自嘲の笑みが浮かんだ。

「……ダン・クロード」

「へぇ、格好いい名前じゃねぇか」

 ギィルが言っても、少年はにこりともしない。

「……それで、俺はこれからどうなるんです? 捕虜として捕まるのか、機密を守るために殺されるのか、それとも走狗として働かされるのか。まさか、このまま釈放されることは無いでしょう?」

 暗い表情だった。しかし、やけになっているわけではない。既に覚悟を決めているのだ。聡明だ、と言っても良いだろうか、とギィルは思う。だが、まだ青く、かたいな、と思う。その分析と覚悟が、自分の選択肢を狭めてしまっていることに、全く気付いていない。柔軟で自由な考え方ができれば、あるいはもっと自分本位に思考できれば、他の選択肢もあっただろうに、と思い、可哀想に、と思う。しかし、ギィルは少年にその他の選択肢の可能性を示唆してやろうとは思わなかった。

(嫌いじゃねぇが、可愛いげが無いやつだな)

 意地悪ではない。本人がもう覚悟を決めてしまっているなら、こちらも利用しやすい。良心の苛責も少なくて済む。

(実際、厄介な性分だぜ)

 そう思いながら、ギィルは言う。

「人を殺すのも、食わせるのも、色々大変で面倒なんだ。働く気があるってんなら、こき使ってやる。その代わり、お前の可愛い彼女には不自由させないように、面倒みてやる。ちょうど、出資者かつ俺の陰の上司が、大事にしているわがままお嬢様の、話し相手を探しているという話だからな。一石二鳥だろう」

「……え?」

 淡々としていた少年の顔に、初めて動揺と感情の揺らめきが表れた。

「言ってなかったか? 俺達はディカルクェンド帝国軍じゃねぇ。イルウォーク共和国の、『黒の傭兵団』だ」

 その瞬間、少年の顔から全ての表情が削げ落ちた。

「……あの、残虐非道な殺戮集団……?」

 ギィルは苦笑する。だいたい、どういう噂が流れているか知っている。『黒の傭兵団』が通った後は、草木も生えないとか、流血と死体と瓦礫しか残らないとか。武装した者はもちろん、非武装の者でも、容赦なく虐殺するとか。誇張はされているが、半分は事実だと感じているから、苦笑するより他に無い。

 全ての感情が消え失せた後、少年の顔一杯に広がったのは、恐怖だった。しかし、震えながら、少年ダンは、小柄なギィルを睨み付ける。

「エレナは関係ない。彼女には手を出さないでくれ。俺はどうなっても良い。だが、エレナだけは……!」

「安心しろ。『朱のギィル』と呼ばれる俺だが、女子供には優しいって評判なんだよ。ただし、自分に武器を向けられない限りは、だがな」

 ギィルの言葉に、ダンは外した剣の柄を探していた自分に気付いて、硬直した。

「悪いようにはしねぇよ。恨むなとは言わねぇ。恨みたけりゃ、いくらでも恨め。そういうことにゃ慣れちまったからな。今更お前みたいな坊やに恨まれたくらいじゃ、痛くも痒くもねぇ。だから、言ってやる。エレナちゃんが大切なら、悪いこたぁ言わねぇ。俺の言う通りにしとけ。俺はこう見えても親切な男だぜ?」

 まるで悪い大人の見本のような口ぶりだな、とギィルは思い、苦笑する。だが、それが相手にますます物騒な印象を与えたらしく、ダンは更に青ざめ、泣き出しそうな顔になった。

 それを見て、笑い出しそうになりながら、しかし自分の笑顔が相手に好印象を与えないのは自覚しているので、笑いを噛み殺しながら、ギィルは、体格の割には長い手を伸ばして、少年の頭にぽんと乗せる。ぎょっとしたように硬直する少年の頭をぽんぽんと叩き、乱暴に撫で回した。

「!」

 びくりと身体を震わせる少年の頭をがしりと掴み、無理矢理頭を下げさせ、その状態でギィルは言った。

「ガキはガキらしく、ガキっぽく騒いで嘆いてみっともなくあがいた方がかわいく見えんだよ。無理して我慢されたら、いじめたくなんだろ。悪ぃが、うちの連中には人格者なんていねぇんだから、命が惜しけりゃ、そういうやつらの嗜虐心をあおるような真似すんな」

「坊やをいじめてるのは、どう見ても団長ですが」

 突然耳に響いた低音に、ダンはもちろん、ギィルまで飛び上がる。

「おいおい、驚かすなよ。お前の声と面は、予告なしだと心臓に悪いんだよ。デカイ図体のくせに、やたら気配ねぇしよ」

「それより、見つけたなら、遊んでないで、さっさと戻って指示出して下さいよ。あいつらに自由行動させると、ろくな事にならないんですから」

「あぁ、今行く」

 そう言って、ギィルはダンをようやく解放する。少年のひきつった顔を見て、くすりと笑う。

「ま、お前も来い。どうせ他に行くところなんてねぇんだろ?」

 そう言い捨てて、背を向ける。

 しかし悪名ってのは怖いもんだ、とギィルは心の中で呟いた。

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